切り抜きが出回った日
配信が終わった夜。
レンはドロップアイテムの整理をしながら、スマホを見た。
チャンネルの通知が、なぜかずっと鳴っている。
「……なんだ?」
登録者数を確認した。
8人 → 94人
「え‥」
もう一度見た。
94人
「え??なんでさ?!」
◆
原因はすぐにわかった。
SNSのダンジョン動画配信サービスで、一本の切り抜き動画が出回っていた。
そのタイトルはこれだ。
『登録者5人のEランク配信者、コメント欄の謎ロールプレイ勢に導かれてDランク上位モンスターを秒殺する動画』
ちなみに再生数、六万。
「……なんで」
コメント欄を見た。
「コメント欄のロールプレイ勢の民度が高すぎる」
「古代龍バハムートさん普通に有能で草」
「死神ネクロスさんの『今日も仕事なし』が毎回面白い」
「主がいちいちツッコミ入れるのが良い」
「あと雷魔法どこで覚えたんこの人」
「スパチャ一千万のくだり見て腹抱えて笑った」
「登録してきた」
「ほとんどコメント欄が主役になってる……」
レンはしばらく画面を眺めて、それからそっとスマホを置いた。
◆
翌朝。
配信を開始すると、いつもの常連たちが集まった。
そして。
【dungeon_watch】が入室しました
【探索者志望くん】が入室しました
【新規さん1】が入室しました
【新規さん2】が入室しました
【新規さん3】が入室しました
【切り抜き見た】が入室しました
【切り抜き見た2】が入室しました
【切り抜き見た3】が入室しました
視聴者数が、開始三十秒で二十を超えた。
「え、なんか今日多い……」
【切り抜き見た】:切り抜きから来ました
【切り抜き見た2】:同じく
【新規さん1】:死神ネクロスさんいますか
【死神ネクロス】:いる
【新規さん1】:本物だ
【切り抜き見た3】:古代龍バハムートさんに会いたくて来ました
【古代龍バハムート】:……来たのか
【切り抜き見た3】:来ました
【古代龍バハムート】:……そうか
【精霊王シルフィード】:バハムートさんちょっと照れてる!
【古代龍バハムート】:照れていない
「常連さんたちに会いに来てくれた方がいる……なんかすごい状況だ」
【魔王ゼルディア】:我々が目的か
【切り抜き見た2】:半分はそうです
【魔王ゼルディア】:もう半分は?
【切り抜き見た2】:もう半分は配信者さんのツッコミが好きです
【魔王ゼルディア】:なるほど
「ツッコミが好き……」
レンは少し困った顔をしたが、まあいいかと思った。
「えーと、いらっしゃいませ。今日も地下三階に行きます。地味な探索回になるかもしれないですが」
【切り抜き見た】:地味でも見ます
【切り抜き見た3】:見ます
【新規さん1】:見ます
【精霊王シルフィード】:みんな見るって!!うれしい!!
◆
地下三階、中層エリア。
今日は新しい通路の探索だ。
レンが慎重に進んでいると、壁の一部が光っているのに気づいた。
「あ、なんだろうこれ」
近づくと、石の隙間から薄い光が漏れている。
【賢神ソフィア】:魔力の溜まり場だ。掘ればマナストーンが採れる可能性がある
【切り抜き見た2】:賢神ソフィアさんの解説いつも的確すぎる
【賢神ソフィア】:当然だ
【切り抜き見た2】:当然って言える人初めて見た
【探索者志望くん】:ソフィアさんの知識量どこで仕入れたんですか
【賢神ソフィア】:一万年の蓄積だ
【探索者志望くん】:一万年……ロールプレイ設定ガチすぎる
【賢神ソフィア】:いやロールプレイではない
【探索者志望くん】:え
【魔王ゼルディア】:気にするな
【探索者志望くん】:気になりますって!
「ソフィアさん、たまにそういうこと言いますよね」
【賢神ソフィア】:……採掘に集中しろ
「はい、すいません」
(話をそらされた‥)
レンは持ってきた簡易採掘ツールを取り出した。
丁寧に削っていくと、青白く光る石が出てきた。
「あ、出た。マナストーンだ」
【賢神ソフィア】:三つ採れるはずだ。慎重にやれ
【古代龍バハムート】:力を入れすぎると割れる
【精霊王シルフィード】:丁寧に!丁寧に!
【戦神アレス】:やや内角を狙い、力強く叩け
【精霊王シルフィード】:アレスさんは黙って!
【戦神アレス】:なぜだ
【切り抜き見た】:精霊王さんと戦神さんのやりとりが毎回面白い
【切り抜き見た2】:コメント欄だけでコントになってる
一つ目、慎重に取り出す。成功。
二つ目、少しひやっとしたが成功。
三つ目。
「……よし」
きれいに採れた。
【精霊王シルフィード】:やったー!!
【賢神ソフィア】:よし
【切り抜き見た3】:この達成感の共有がいいんだよな
【新規さん1】:分かる。一緒に冒険してる感じがする
レンは三つのマナストーンを袋にしまいながら、コメント欄を見た。
「なんか……すごく増えてますね、今日」
【魔王ゼルディア】:切り抜きが回ったらしい
「見ました。なんでバズったんだろう」
【魔王ゼルディア】:さあな
【古代龍バハムート】:コメント欄のせいだろう
「自分で言う」
【古代龍バハムート】:事実だからな
「まあ、見てくれる人が増えるのは嬉しいです。新しく来てくれた方も、ゆっくりしていってください」
【切り抜き見た】:はい
【切り抜き見た2】:はい
【切り抜き見た3】:はい!
【新規さんたち全員】:はい
【精霊王シルフィード】:みんないい人!!
◆
配信終了。
本日の同時視聴者数:最大三十一人。
チャンネル登録者数:94人 → 247人
「……増えすぎでは?」
レンは画面を見て、しばらく固まった。
昨日まで一桁だったのに。
(何が起きているんだ)
困惑しながらも、悪い気はしなかった。
スマホに通知が来た。
協会の田中係長からだった。
『神代くん、チャンネル伸びてるな。何かあったら相談しろ。以上』
「……係長、見てたのか」
短いメッセージだったが、なんとなく安心した。
◆
分析室では、ユイが切り抜き動画を見ていた。
仕事中だったが、木村さんが送ってきたリンクをついクリックしてしまった。
(六万再生……)
コメント欄を流し見する。
視聴者たちが口を揃えて言っているのは、戦闘の凄さよりコメント欄の面白さだ。
でもユイが気になるのは別のところだった。
(アイアンウルフを倒した動き、改めて見ると……)
スローで確認する。
回避のタイミング、そしえ雷魔法の発動点と剣を叩き込む角度。
(全部、最適解だ)
偶然ではない。かといって計算でもない。
まるで体が勝手に知っているような、そういう動きだ。
ユイはメモに書き込んだ。
【追記:行動パターンに学習の形跡がない。最初から知っているような精度】
書いてから、自分でも少し笑った。
「最初から知ってるって、何をさ‥」
でも消せなかった。
◆
異世界のどこか。
「切り抜きとやらが広まったらしい」とバハムートが言った。
「人間界の情報伝達は速いな」と賢神ソフィアが答えた。
「登録者が二百人を超えた」と魔王ゼルディアが言う。
「まだ二百か」とバハムートが返す。
「まだ、ね」
精霊王シルフィードがにやにやしながら言った。
「これからだよ、これから!」
バハムートは何も言わなかった。
ただ、その口元が、わずかに緩んでいた。




