空から降る絶望と、反撃の狼煙
赤紫色に染まった空。
ガラスのようにひび割れた亀裂から、おびただしい数の影が現世へと降り注いでいた。
ステルス輸送機の眼下に広がる東京の市街地は、すでに阿鼻叫喚の地獄と化そうとしていた。
防空サイレンが鳴り響く中、上空から飛来したのは『ワイバーン』や『ガーゴイル』といった飛行型魔物の群れだ。
普段ならダンジョンの下層でしか見られない凶悪なモンスターたちが、ビルの谷間を縫うように飛び回り、逃げ惑う人々をその鋭い爪で狙っている。
「向井さん、機体を限界まで下げてください! 僕たちはここから降ります!」
レンが操縦席へ声をかけると、向井は真っ青な顔で「りょ、了解ッス!」と叫び、操縦桿を強引に押し込んだ。
機体が高度を下げ、後部ハッチが開かれる。強烈な風が吹き込んでくる中、レンは剣を抜き、サクラへと手を差し出した。
「サクラさん、結界の準備をお願いします」
「はいっ! 《落下軽減》!」
サクラが杖を振るい、四人の身体を淡い光が包み込む。
それを合図に、人類最強の四人は上空数百メートルの空へと身を躍らせた。
強風を全身で受けながら、レンの脳内で『並列思考』が瞬時に市街地の被害状況と、魔物の降下ルートを演算していく。
「九条さんは新宿方面の群れを! 霧島さんは渋谷方面をお願いできますか! 僕とサクラさんは、あの亀裂の真下、一番魔物が密集している東京駅周辺を抑えます!」
落下しながらレンが叫ぶと、アリサが神刀を抜き放ちながらウインクを飛ばした。
「あら仕切るじゃない!、任せなさい。民間人に指一本触れさせないわ!」
「俺に指図するな。……だが、一番数が多い獲物は譲ってやる」
颯真は空中で漆黒のコートを翻し、空間を蹴って新宿方面へと流星のように飛んでいった。アリサもまた、風を操り渋谷へと急降下していく。
「……行きますよ、サクラさん!」
レンはサクラの手を引き寄せ、東京駅の巨大な駅舎の上空へと真っ直ぐに落ちていった。
眼下の駅前広場には、数千人規模の群衆が逃げ場を失ってパニックに陥っていた。
その頭上空高くから、数十体のワイバーンが炎のブレスを吐き出そうと狙いを定めている。
「サクラさん、今です!」
「《障壁》――局所展開!」
サクラの杖から放たれた黄金の光が、駅前広場をドーム状に覆い隠す。
直後、ワイバーンたちの口から放たれた灼熱のブレスが結界に降り注いだが、戦神アレスの『不屈の魂』を乗せた絶対防壁は、炎を完全に弾き返し、火の粉一つ群衆には届かせなかった。
「よく防いでくれました。……あとは、僕がやります」
レンは空中で姿勢を制御し、剣を下段に構えた。
相手は空を飛ぶ魔物の群れ。
しかも、広範囲に散らばっている。
一匹ずつ斬り伏せていては、被害の拡大を防ぎきれない。
「《雷火の剣・拡散陣》!」
レンが剣を振るうと、極限まで圧縮された紅蓮の炎と黄金の雷が、数百の『誘導弾』となって空中に展開された。
賢神ソフィアの『未来予測』が、すべてのワイバーンとガーゴイルの飛行軌道を完璧にトレースし、回避不能のタイミングで誘導弾を叩き込む。
ドドドドドドドドォォォォンッ!!
上空で連続する爆発。
雷の麻痺で動きを止められ、炎の槍に貫かれた魔物たちが、次々と光の粒子となって消滅していく。
「すごい……! さすがです、レンさん!」
空中でサクラが歓声を上げる。
二人はそのまま、駅前広場のモニュメントの上へとふわりと着地した。
群衆が、空から舞い降りた二人の姿を見てどよめく。
ダンジョン配信で世界中にその顔を知られている『奇跡のコンビ』の登場に、絶望に染まっていた人々の顔にパッと希望の光が差したのだ。
「レンさん! サクラちゃんだ!」
「助かった……! 俺たち、助かったぞ!」
歓声が湧き上がる中、宙に浮くダンカメのコメント欄も凄まじい勢いで流れ始めていた。
【雷神トール】:ハッハッハ! 見事な制空権の掌握だ! やはり我が雷は群れ相手にこそ輝く!
【戦神アレス】:よくやった小娘! 民草を守る盾こそ、真の戦士の誉れよ!
【賢神ソフィア】:油断するな、少年。空の亀裂からはまだ次々と魔力が供給されている。……三ヶ月間、この規模の襲撃が世界中で続くということだ。
【古代龍バハムート】:……フン。東京湾のあの『塔』を見ろ。あれが境界を破壊する楔だ。
神々の言葉に、レンは東京湾の沖合を見据えた。
漆黒の巨塔『終末の塔』。
あれが世界の境界を破壊し、三ヶ月後にすべてを無に帰す元凶。
「……あれを壊せば、終わるんですよね」
レンが呟くと、バハムートが静かに答えた。
【古代龍バハムート】:物理的な破壊は不可能だ。あの塔は、現世と異世界、両方の法則を重ね合わせて作られている。
……攻略法があるとすれば、塔の内部に広がる『階層』を踏破し、最上階にある制御核を直接破壊するしかあるまい。
「塔の内部が、ダンジョン……」
つまり、ただ待って防衛線を張っているだけでは、三ヶ月後に確実に世界は終わる。
市街地を守りながら、あの絶望的な巨塔を攻略しなければならないのだ。
「……やってやりますよ。僕たちが終わらせるって、決めたんです」
レンは剣についた煤を払い、サクラに向かって力強く頷いた。
「サクラさん。三ヶ月間、かなり過酷な戦いになります。……最後まで、僕の背中を預けてもいいですか」
「もちろんです、レンさん!」
サクラは杖を胸に抱き、満面の笑みで答えた。
「エキシビションの時から、私の命はレンさんに預けてますから!」
その時、レンのインカムに通信が入った。
『――こちらアリサ! 渋谷方面、第一波の制圧完了よ! 九条くんも新宿を片付けたみたい!』
『……フン。雑魚ばかりで欠伸が出る。神代、そっちはどうだ』
「こちらも、東京駅周辺の制圧を完了しました。……皆さん、お疲れ様です」
人類最強の四人による、圧倒的な防衛力。
世界中が絶望の淵に立たされる中、東京という都市は、彼らの力によって初日の防衛戦を完全な勝利で飾ったのだ。
「……まずは、この空の亀裂を塞ぎます。そして、あの塔を攻略する」
レンは、赤紫色に染まった空と、東京湾にそびえ立つ漆黒の塔を睨みつけた。
世界が終わるまで、残り三ヶ月。
防衛戦をこなしながら、人類の存亡を懸けて終末の塔を登る、途方もなく長く過酷な『最後の攻略配信』が、今、静かに幕を開けたのだった。




