虚像の王と、終滅の野望
地下格納庫の最奥に鎮座する、分厚い隔壁。
四人の最強探索者たちは互いに頷き合うと、静かにその重い扉を押し開けた。
その先は、これまでの無機質な空間とは打って変わって、まるで中世の城の『玉座の間』を思わせる造りになっていた。
ただし、壁一面を覆っているのは無数のサーバー群であり、床には太い魔力ケーブルが血管のように這い回っている。
そして、部屋の最奥。無数のケーブルが接続された機械の玉座に、一人の男が足を組んで座っていた。
漆黒のローブに、不気味な仮面。
今までモニター越しに散々聞かされてきた、あの『無名の王』の姿だった。
「……随分と待たせてくれたね、英雄諸君」
玉座の男が、変声機を通したような歪な声で口を開いた。
「さあ、決着をつけようか。君たちの無駄な足掻きに、私が自ら引導を渡してあげよう」
男がゆっくりと立ち上がった瞬間、部屋の重力が何倍にも跳ね上がったかのような、悍ましいプレッシャーが四人にのしかかった。
「……来るぞ!」
颯真が白刃を抜き放ち、一瞬で玉座の眼前にまで肉薄する。
S級の神速の抜刀術。だが、無名の王は微塵も動揺することなく、ただ軽く指を弾いた。
ガキィィィィンッ!!
颯真の刃が、無名の王の数センチ手前で『見えない壁』に弾かれた。ただの防壁ではない。空間そのものを歪曲させ、斬撃の軌道を強制的に逸らしたのだ。
「空間魔法……!? いや、魔力の質が違うわ!」
アリサが後方から風の刃を何十発も放つが、それらもすべて無名の王の周囲でチリのように霧散していく。
「無駄だ。私の前では、あらゆる物理法則と魔力式が書き換えられる」
無名の王が右手を振るうと、床を這っていた無数の太いケーブルが、まるで意思を持った大蛇のように持ち上がり、四人に向かって襲いかかってきた。
ただのケーブルではない。一本一本に超高圧の魔力が通っており、触れれば即座に炭化する凶悪な鞭だ。
「サクラさんッ!」
「はい! 《ホーリー・ウォール・全方位》!」
サクラの展開した黄金の障壁が、四方を囲むケーブルの猛攻を間一髪で弾き返す。
だが、相手の出力が異常だった。サクラの額に、すぐに玉の汗が浮かぶ。
「……レンさん、このままじゃ防壁が削り切られます!」
「分かってる! 颯真さん、アリサさん! 一点突破で壁をこじ開けるぞ!」
レンの脳内で『並列思考』がフル稼働し、無名の王の展開する空間歪曲シールドの『綻び』を演算する。
完璧に見える防御も、彼が攻撃に転じる瞬間、わずかコンマ数秒だけ魔力の流れにノイズが走る。そこが唯一の隙だった。
「行くぞッ!」
颯真とアリサが左右に散開し、無名の王の注意を引くように波状攻撃を仕掛ける。
ケーブルの群れが二人のS級を追って蠢いた瞬間、レンの『未来予測』が完璧なルートを弾き出した。
「そこだぁぁぁッ!!」
レンはサクラの『エンチャント・ライト』を受けた剣を構え、一直線に玉座へと踏み込んだ。
炎と雷、そして光の属性を極限まで圧縮した、渾身の刺突。
「……ほう」
無名の王が反応し、空間歪曲シールドの出力を上げようとしたが、レンの速度がそれを上回った。
パリンッ!
ガラスの割れるような音と共に、絶対の防御を誇っていた見えない壁が粉砕される。
「これで、終わりだッ!!」
レンの剣が、無名の王の胸を深々と貫いた。
圧倒的な魔力の奔流が、仮面の男の体内を駆け巡り、内側からすべてを焼き尽くす。
勝った。
四人がそう確信した、次の瞬間だった。
『……素晴らしい。実に素晴らしい連携だ』
剣を突き立てられた無名の王が、まったく痛がる素振りも見せずに、クスクスと笑い始めたのだ。
「な……!?」
レンが驚愕に目を見開く。
貫いた剣からは、肉を斬る感触も、血の匂いも一切しなかった。
直後、無名の王の身体が、テレビのノイズのように「ザザッ」とブレ始めた。
胸を貫かれた男の姿が、細かなポリゴンの破片となってパラパラと崩れ落ちていく。
残されたのは、高度な魔力演算装置が組み込まれた、ただの機械のダミー人形だった。
『まさか、私がこんな泥臭い場所に、わざわざ本体を置くとでも思ったのかな?』
玉座の間に、嘲笑を含んだ声が響き渡る。ダミー人形から発せられているのではない。
部屋のスピーカー、いや、空間そのものから直接語りかけてくるような不気味な声だった。
「影、だと……!?」
颯真が忌々しそうに舌打ちをし、剣を納めた。
今まで相手にしていたのは、無名の王の遠隔操作によるただの『アバター(影)』に過ぎなかったのだ。
『君たちは確かに強い。Sランクの機動兵器を粉砕し、私の愛犬もスクラップにしてくれた。……だが、勘違いしないでくれたまえ』
部屋の照明が明滅し、空気がひんやりと冷たくなる。
『君たちの力は、所詮この「現世」という狭い箱庭の中での最強に過ぎない。……私の本体には、まだ足元にも及ばないよ』
「……強がりを言うな。本体を見つけ出して、必ずその仮面を引き剥がしてやる」
レンが虚空を睨みつけながら言い放つと、スピーカー越しの無名の王は愉快そうに笑った。
『ぜひそうしてくれ。……もっとも、君たちに「その時」まで生き残る力があれば、の話だがね』
【古代龍バハムート】:……貴様。ただのコソ泥かと思えば、随分と大口を叩くではないか。
【戦神アレス】:隠れてないで出てこい、下衆め!
【賢神ソフィア】:待て。この男の魔力の質……。ただの人間のものではない。まさか……。
配信のダンカメを通じて、神々がざわめき始める。
それに気づいたのか、無名の王の声のトーンが、一段と低く、そして狂気を孕んだものに変わった。
『……見ているのだろう? 画面の向こう側の「神々」よ』
無名の王の言葉に、レンとサクラは息を呑んだ。
この男は、常連リスナーたちの『正体』に気づいている。
『ダンジョンというシステムを介して、高みの見物を決め込む哀れな存在。……私は、その退屈な盤面をひっくり返す』
「……どういうことだ」
アリサが鋭い声で問う。
『私の目的はただ一つ。……このちっぽけな現世と、神々や魔王が座す「異世界」。その二つの世界を隔てる境界の壁を完全に破壊することだ』
その言葉は、あまりにも常軌を逸していた。
異世界との完全な接続。それが何を意味するのか、探索者である彼らには痛いほど理解できた。
ダンジョンというフィルターを通さず、神話級や魔王軍が直接この世界になだれ込んでくれば、人類は一日と持たずに滅亡する。
『壁を壊し、二つの世界を衝突させる。そこから生まれる圧倒的な破滅と混沌。……私はその終滅の力で世界を蹂躙し、すべてを再構築して絶対的な支配者となる』
無名の王の狂気に満ちた野望が、玉座の間に重く響き渡る。
神々ですら、そのスケールの大きさと狂気に言葉を失っていた。
『硫黄島のサーバーは、ほんの「端末」の一つに過ぎない。計画は、すでに最終段階に入っているよ』
部屋の奥で、時限爆弾のカウントダウンのような赤いランプが点滅を始めた。アジトの自爆シークエンスが起動したのだ。
『今日は楽しかったよ、英雄諸君。そして神々よ。……次に会う時は、世界の終わりの始まりだ』
ザァァァァ……ッ。
ノイズと共に、無名の王の気配が完全に消失した。
「……っ、脱出するぞ!!」
颯真の怒声で、四人は弾かれたようにエレベーターシャフトへと駆け出した。
崩壊していく地下要塞を背に、レンは強く唇を噛み締めていた。
敵は、単なるテロリストではなかった。
この世界そのものを破壊し、異世界をも巻き込んで支配しようとする、底知れない「巨悪」。
最強に至ったはずの彼らの前に、これまでの戦いがただの余興に思えるほどの、真の絶望と巨大な戦いが待ち受けていることを、四人は嫌というほど理解させられていた。




