規格外の蹂躙と、狂った予測データ
ドーム状の処刑場に、耳をつんざくような高周波の駆動音が鳴り響いていた。
無名の王が差し向けた超深層の番人、Sランク級自律機動兵器『ホワイト・オーダー』。
純白の装甲に包まれた四脚の巨体が、背中の大型魔力砲門に極大のエネルギーをチャージし始める。砲口の奥で、空間を歪ませるほどの青白い光が圧縮されていくのが見えた。
『さあ、せいぜい無様に逃げ回ってくれたまえ。君たちの断末魔のデータは、今後の兵器開発の良き礎となるだろうからね』
壁一面のモニターから、無名の王の愉悦に満ちた声が降り注ぐ。
彼らがハッキングによって手に入れた探索者協会のデータによれば、神代レンは特異な魔法を使うだけのEランクであり、佐藤サクラは後衛専門の初級ヒーラーに過ぎない。
神話級の攻撃を凌いだのは、あくまでS級の九条颯真が前衛でヘイトを稼いでいたからだ。そう、彼らの「計算」は完全に弾き出していたのだ。
だが。
青白い魔力砲が臨界点に達しようとしているその瞬間でも、二人は一歩も動いていなかった。
「サクラさん。……あれ、どう思う?」
「そうですね……。魔力の密度も、プレッシャーも、富士樹海で戦った腐死竜の半分以下です。もちろん、あの赤い化け物(アザトースの影)とは比べるまでもありません」
「同感だ。……なんか、拍子抜けだな」
死を目前にした焦燥など、二人の顔には微塵もなかった。
むしろ、退屈そうな、ひどく冷めた目をしていた。
『……強がりを。消し飛べ!』
無名の王が苛立ちと共に叫んだ瞬間、ホワイト・オーダーの砲門から、直径数メートルにも及ぶ青白い魔力極太レーザーが放たれた。
直撃すれば、Aランクの重戦士の盾ごと蒸発させる必殺の砲撃。
それが、レンとサクラを完全に飲み込もうとした。
「《ホーリー・ウォール・展開》」
サクラが、まるで息を吐くように短く唱えた。
瞬間、二人の前方に黄金に輝く光の障壁が展開される。
戦神アレスの『不屈の魂』によって強化され、十万人を守り抜いた大聖域の超圧縮版。
ズドォォォォォォォォンッ!!
青白い極太レーザーが光の障壁に激突する。
だが、サクラの障壁はヒビ一つ入るどころか、揺らぐことすらなく、レーザーの奔流を左右へと完璧に「受け流して」いた。
『……ほう?』
モニターの向こうで、無名の王が素っ頓狂な声を漏らす。
Sランク兵器の主砲を、初級ヒーラーがただの魔法障壁で無傷で防ぐなど、彼の持つどの計算データにも存在しない事象だったからだ。
「サクラさん、ナイス」
レンは短く称賛すると、障壁の裏からスッと姿を消した。
――ズンッ!
空気を切り裂く破裂音。
次にレンが姿を現したのは、ホワイト・オーダーの懐、巨大な四脚の真下だった。
賢神ソフィアの『並列思考』が導き出した、敵のセンサーが最も死角となる最短の踏み込み。
「ッ!? 機動・迎撃モード!」
慌てた無名の王が機械に命令を下す。
ホワイト・オーダーの装甲から無数の小型機銃が展開され、レンに向かって一斉に火を噴いた。
しかし、銃弾が放たれるコンマ一秒前に、レンの身体はすでにそこにはいなかった。
彼の網膜には『未来予測』による無数の光の線が投影されている。
機銃の射角、弾道、タイミング。すべてが完全に「見えて」いた。
「遅いな。……九条さんの剣の、百分の一の速度だ」
銃弾の雨の隙間を、レンは紙一重のステップで優雅にすり抜けていく。
そして、右手には燃え盛る紅蓮の炎を、左手にはバチバチと爆ぜる黄金の雷を顕現させていた。
「《雷火の剣・二重圧縮》」
三属性を融合させるまでもない。
レンは自身の剣に二つの属性を極限まで纏わせると、ホワイト・オーダーの右前脚の関節部――装甲が最も薄くなる接合部に向かって、下から上へとなぎ払った。
ガキィィィィンッ!!
硬質な装甲が、まるで豆腐のように真っ二つに両断される。
火の高熱で金属を溶かし、雷の衝撃で内部回路を破壊する完璧な一撃だった。
『GIIIIIIIIIIッ!?』
右前脚を失った巨大兵器が、バランスを崩して大きく傾く。
『馬鹿な!? ホワイト・オーダーの装甲は、Sランク級の魔力コーティングが施されているはずだ! なぜEランクの剣で斬れる!?』
モニター越しの無名の王の声に、明らかな「恐怖」が混じり始めていた。
【古代龍バハムート】:ハッ、滑稽だな。あの少年の魔力出力を数値で測れると思っているのか。
【賢神ソフィア】:データの盲信は身を滅ぼすぞ、愚か者。今のあの二人は、神話級の残滓とS級の剣士との戦いを経て、次元が一つ上がっているのだ。
【雷神トール】:さあレン! そのままガラクタを叩き割ってやれ!
神々の嘲笑がコメント欄を流れる。
「レンさん! そのまま一気に!」
サクラの声が響き、彼女の杖から放たれた『エンチャント・ライト』の光が、レンの剣にさらなる輝きを付与した。
「ああ、終わらせる!」
レンは傾いた巨大兵器の胴体を蹴り上げ、一気に空中へと跳躍した。
眼下には、必死に体勢を立て直そうとするホワイト・オーダーの背面の魔力コアが、無防備に晒されている。
「これで、スクラップだ」
レンは空中で身体を捻り、炎、雷、そして光の属性を帯びた剣を、重力に任せて真っ直ぐに振り下ろした。
ズパァァァァァァァァァァンッ!!!
閃光が、ドーム内を真っ白に染め上げた。
レンの剣は、ホワイト・オーダーの装甲を紙切れのように引き裂き、中心にある魔力コアを正確に真っ二つに粉砕した。
一拍遅れて、巨大兵器の内部で連鎖爆発が起こる。
だが、その爆発の炎すらも、サクラが即座に展開した光の結界によって完全に封じ込められ、レンに傷一つ負わせることはなかった。
ガラガラと音を立てて崩れ落ちる、鉄屑の山。
Sランク級自律機動兵器の敗北。
戦闘時間は、わずか数分だった。
レンはふわりと床に着地し、剣についた煤を軽く払って鞘に納めた。
ドーム内は、気味が悪いほどの静寂に包まれていた。
壁一面のモニターの向こう側にいるはずの無名の王は、完全に言葉を失っていたのだ。
「……計算違いだったな、無名の王」
レンは、最も近くにあるモニターを見据えて、冷たく言い放った。
「僕たちは、あんたが安全な場所でデータをこねくり回している間に、本物の死線を越えてきたんだ。……こんなおもちゃじゃ、足止めにもならないぞ」
『ハッハッハ、このままで済むと思うなよ……!!』
震える声が響いた直後、壁一面のモニターが一斉にブラックアウトした。
どうやら、あまりの想定外の事態に、こちらへの監視を打ち切って逃走の準備に入ったらしい。
「逃がしません」
サクラが静かに目を閉じ、自身の魔力感知を周囲の金属の壁の奥へと巡らせた。
「……レンさん、壁の向こう、地下へ続くエレベーターシャフトの魔力反応を捉えました。アリサさんたちの反応も、もっと下の方で動いています」
「よし、合流しよう」
レンは、モニターが消えてただの鉄の壁となったドームの一角に向かって歩み寄った。
そして、魔力を込めた拳で、分厚い隔壁を紙袋のようにぶち破った。




