絶海の超深層と、分断の電脳迷宮
太平洋に浮かぶ絶海の孤島、硫黄島。
かつては自然豊かな無人島であったはずのその場所は、今や異様な黒い霧に包まれていた。
探索者協会が手配した最新鋭のステルス輸送機が、強風を切り裂いて上空でホバリングを始める。
開かれたハッチから見下ろす島の中心には、直径数百メートルにも及ぶ巨大な『大穴』が口を開けていた。
底が見えないほどの漆黒。
それこそが、過去にS級パーティーを全滅させ、長年封鎖されていた『硫黄島・超深層ゲート』だった。
「……嫌な空気ね。通常のダンジョンとは魔力の質が全く違うわ」
風に髪をなびかせながら、アリサが眉をひそめた。
「当然だ。ダンジョンコアが人為的に書き換えられている。……むせ返るような機械油と、腐った血の匂いが混ざったような悪臭だ」
颯真は不快そうに鼻を鳴らし、漆黒のコートの襟を立てた。
「行こう。あいつらが、この下で待ってる」
レンの瞳に、迷いはなかった。隣に立つサクラも、杖を握りしめて静かに頷く。
四人の最強の探索者たちは、躊躇うことなく輸送機のハッチから、漆黒の大穴へと身を投じた。
◆
ゲートを通過した瞬間の『空間のねじれ』を抜けると、そこは洞窟でも樹海でもなかった。
無機質な金属の壁。
這い回る無数の太いケーブル。至る所で明滅する不気味な赤い光。
まるで、巨大な機械の胎内に飲み込まれたかのような、完全な『電脳迷宮』の景色が広がっていたのだ。
「……これが、ダンジョンの中?」
サクラが信じられないというように周囲を見渡す。
【賢神ソフィア】:ダンジョンコアを物理的にハッキングし、自身の『要塞』として再構築しているのだな。恐るべき技術力だ。現世の人間どもが到達していい領域ではないぞ。
【古代龍バハムート】:……気をつけろ。壁の裏側、床の下、至る所に『命を持たない鉄の化け物』が潜んでいる。
【雷神トール】:フン、鉄屑がなんぼのもんじゃ! レン、派手に雷を落として全部スクラップにしてやれ!
「トールさんの言う通りですね。……歓迎の準備はできてるみたいです」
レンがスッと剣を抜いた。
賢神ソフィアの加護『並列思考』が、壁の奥から急速に接近してくる複数の熱源と魔力反応を捉えていた。
ギギギ、ガシャンッ!
金属の壁が弾け飛び、中から現れたのは、全身を分厚い鋼鉄の装甲で覆い、腕の代わりにガトリング砲やチェーンソーを備えた異形のモンスターたち。
生物と機械が融合したAランク魔物『キメラ・マキナ』の群れだった。
「数は五十。……いや、奥からまだ湧いてくるわね」
アリサが神刀『天風』の柄に手をかける。
「俺の前に立つなよ、神代レン。まとめてスクラップにしてやる」
颯真が一歩前に出ようとした、その瞬間だった。
『――ようこそ、私の箱庭へ』
迷宮のスピーカーというスピーカーから、変声機を通したあの不気味な声が響き渡った。
無名の王。
『神話級を凌いだ君たちの暴力は、確かに脅威だ。だからこそ、真正面から相手をするほど私は馬鹿じゃない』
「……ッ、全員、床から離れろ!!」
レンの『未来予測』が、足元に展開されようとしている緻密で巨大な魔法陣の存在をコンマ一秒前に察知し、叫んだ。
だが、遅かった。
四人の足元の金属床が、突如として『液体』のようにドロリと崩れ落ちたのだ。
物理的な落とし穴ではない。空間そのものを切り取る、超高度な『強制転移トラップ』。
「チッ……!」
落下しながら、颯真が空気を蹴って強引に体勢を立て直そうとする。アリサも風の魔法で滞空しようとした。
だが、転移の光は無慈悲に四人を飲み込んでいく。
『最強の剣士二人には、とっておきの「遊び相手」を用意した。存分に楽しんでくれたまえ、ハッハッハ』
無名の王の嘲笑が遠ざかる。
「レンくん! サクラさん! 絶対に死ぬんじゃないわよ!!」
アリサの叫び声が途切れると同時に、レンの視界は真っ白な光に包まれた。
◆
ドサッ、と重い音を立てて、レンは冷たい金属の床に叩きつけられた。
「痛っ……」
すぐ横で、サクラも床に倒れ込んでいる。
「サクラさん、大丈夫か!?」
「は、はい。なんとか……っ」
レンはサクラを引き起こし、素早く周囲を見渡した。
アリサと颯真の姿はない。
どうやら、転移トラップによって分断されてしまったようだ。
放り出されたのは、ドーム状の巨大な空間だった。
壁はすべて六角形のモニターで覆われており、そのすべてに『無名の王』の不気味な仮面のマークが映し出されている。
『さて。うるさい護衛は消えてもらったよ、神代レンくん』
モニター越しに、無名の王が語りかけてくる。
『君の魔力出力は確かに異常だ。だが、それはあのS級の二人が前衛でヘイトを買ってくれていたからこそ輝くもの。……君のような経験の浅い子供が、Sランク特化の「処刑場」でどこまで生き残れるかな?』
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
ドームの四方の扉が開き、重低音を響かせながら「それ」が姿を現した。
全長十メートルを超える、純白の装甲に包まれた四脚の巨大兵器。
背中には大型の魔力砲門を背負い、四つの赤いセンサーアイがレンとサクラを無機質に見下ろしている。
――超深層の番人、Sランク級自律機動兵器『ホワイト・オーダー』。
【死神ネクロス】:ほう……分断トラップとは古典的だが有効な手だ。S級二人を引き離せば、Eランクのガキなど簡単にすり潰せると思ったか。
【戦神アレス】:馬鹿め。コイツがただのEランクに見えるのか、あの仮面の男は。
神々のコメントは、微塵も焦っていなかった。
それは、レンとサクラも同じだった。
「……随分と、舐められたもんだな」
レンは剣を抜き、軽く首を鳴らした。
かつてなら、Sランクの巨体を前に絶望していただろう。だが、富士樹海で絶望を前に立ち回り、更に九条颯真と背中を預け合った今のレンにとって、この程度の「機械」はもはや恐怖の対象ですらなかった。
「サクラさん。少しだけ、派手にいくよ」
「はいっ! 《エンチャント・ライト》《ヒール・オーラ》!」
サクラの杖から黄金の光が放たれ、レンの身体を包み込む。戦神アレスの『不屈の魂』を通じた完璧な支援が、レンの魔力回路を極限まで活性化させる。
「処刑場、ね。……どっちが処刑されるか、教えてやる」
レンの瞳に、静かな怒りと闘志の炎が灯った。
賢神ソフィアの『未来予測』が、すでに巨大兵器の関節の脆弱性と、魔力砲のチャージ時間を完全に割り出している。
無名の王の想定を遥かに超えた、Eランクの規格外による『蹂躙』が始まろうとしていた。




