知ると言う事
カフェを出て、レンとサクラは並んで歩いた。
しばらく無言だった。
先に口を開いたのはサクラだった。
「怖くないんですか、本当に」
「怖くない、というより」
レンは少し空を見た。
「まだ遠い話な気がして。今日やることは今日あるので」
「颯真さんと戦うことになるかもしれないのに」
「なるかもしれないですけど、今日じゃないので」
サクラはため息をついた。
「レンさんって、本当に変わってますね」
「そうですか」
「変わってますよ。でも」
サクラは少し前を向いた。
「それがいいと思います、私は」
「ありがとうございます」
「私、離れないですよ。そういうことになっても」
レンは少し横を向いた。
「離れなくていいです。来てもらえると助かるので」
「助かるって何ですか」とサクラが苦笑いした。
「後衛がいないと死角が増えるので」
「それだけですか?」
「それだけじゃないですけど、うまく言えないので」
サクラはしばらく黙ってから、小さく笑った。
「まあ、いいです」
◆
家に帰ってから、レンはスマホを開いた。
コメ欄を開いて、少し考えてから打った。
「バハムートさん、今日話を聞きました。候補者のこと」
しばらく待つと、返信が来た。
【古代龍バハムート】:そうか
「知っていましたか?」
【古代龍バハムート】:…知っていた
「え、いつからなんですか?!」
【古代龍バハムート】:最初からだ
レンはその返事を見た。
最初から。
(最初から知っていて、ずっと一緒にいてくれた)
「なんで言わなかったんですか」
【古代龍バハムート】:まだその時ではなかった
【古代龍バハムート】:お前が自分で気づく方がいいと思っていた
「そうですか」
【古代龍バハムート】:怒っているか?
「怒ってないです。なんとなく、そういう理由だと思ってたので」
【古代龍バハムート】:……そうか
「一つだけ聞いていいですか」
【古代龍バハムート】:ああ
「バハムートさんたちが僕を選んだのはなぜですか」
長い沈黙があった。
レンはスマホを持ったまま待った。
しばらくして、返信が来た。
【古代龍バハムート】:それは今言えない。
【古代龍バハムート】:ただ一つだけ言う
「はい」
【古代龍バハムート】:後悔していない。お前を選んだことを
レンはその返事を読んで、少し間があってから返信した。
「ありがとうございます」
【古代龍バハムート】:礼はいらない
【古代龍バハムート】:ただ、これからも今日と同じようにやれ
「今日と同じように、というのは」
【古代龍バハムート】:知っても、変わらずに探索に行け。強くなるんだ。
レンはスマホを置いた。
窓の外に夜の空が見えた。
星がいくつか出ている。
(候補者。代行者。制度。颯真と戦うことになるかもしれない)
全部を頭に入れてみた。
重いか、と言われれば重い気もする。
でも不思議と、潰される感じはなかった。
(バハムートさんたちがいる。サクラさんがいる。アリサさんとユイさんがいる。向井さんもいる)
一人じゃない。
それだけで、今夜は十分だった。
◆
颯真はその違いをどう整理すればいいか、まだ分からなかった。
【冥王ハデス】:今日、あの人間に何かを話したのか
「話していない。今日は向こうに動きがあったので観察していました」
【冥王ハデス】:どんな動きだ?
「候補者の話が、人間側に伝わり始めた」
【冥王ハデス】:……そうか
【冥王ハデス】:厄介だな
「そうですね」
颯真は少し間を置いてから言った。
「神代とは戦う前に話した方が良いでしょうか」
【冥王ハデス】:いや話す必要はない。候補者として向き合えばいい
「‥分かりました」
【冥王ハデス】:颯真
「はい」
【冥王ハデス】:揺れているか
颯真は少し考えた。
「揺れてはいないです。ただ」
【冥王ハデス】:ただ?
「整理中です」
【冥王ハデス】:……そうか
ハデスがそれ以上追ってこなかった。
颯真はスマホを置いて、配信ログに戻った。
画面の中でレンが「なんとなく感じてたので」と言っている。
(候補者の話を聞いても、なんとなく感じてたで済ます)
颯真には、それが本当に不思議だった。
自分なら、もっと怒る。もっと混乱する。もっと計算する。
でもレンは「今日と同じようにやります」という顔をしていた。
(本当に変わらないんだな、あいつは)
颯真は少し目を細めた。
その表情が、怒りなのか、呆れなのか、それとも別の何かなのか、颯真自身にも分からなかった。
◆
異世界のどこか。
「レンが聞いてきた」とバハムートが言った。
「候補者のことか」とゼルディアが返す。
「ああ。なぜ選んだのかと聞いてきた」
「答えたのか」
「今日は答えなかった。ただ「後悔していない」とだけ言った」
シルフィードが少し目を潤ませた。
「バハムートさん、それ優しいですね」
「優しくはない。事実を言っただけだ」
「でも優しいです」
「うるさい」
ソフィアが静かに言った。
「レンは受け取り方も自然だった。怒りも混乱もなく、ただ受け取った」
「そうだ」
「颯真とは対照的だ。颯真はまだ整理しようとしている」
「整理できるものではないのにな」とゼルディアが言った。
「それが颯真の性質だ。整理できないものに直面したとき、初めて本当に揺れる」
「そのときが来るか」
「来るだろう」とバハムートが静かに言った。
「そのとき、颯真の隣に誰もいなければ」
「誰もいない」とソフィアが続けた。「ハデスは颯真を支えるつもりはない。役割を果たさせるだけだ」
「レンとは違う」とシルフィードが言った。
「そうだ」とバハムートが答えた。
「颯真さんが可哀想」
「可哀想かどうかは、これからの話だ」
シルフィードが少し黙った。
「バハムートさん、颯真さんのことも心配してますよね」
「していない」
「してます」
「していない」
「してます!」
バハムートは何も言わなかった。
でも否定しなかった。
それが答えだと、全員が分かっていたから。
26/4/19 誤字修正致しました。ご指摘ありがとうございます。




