それは複雑な話
アリサからメッセージが来たのは、朝の配信が終わった後だった。
「今日、時間ありますか。天城さんと一緒に話したいことがあって」
「何の話ですか?」
「直接話した方がいいと思って。夕方、協会の近くのカフェで会えませんか?」
「分かりました」
レンはメッセージを閉じて、少し考えた。
アリサが「直接話した方がいい」と言うのは珍しい。
普段はメッセージで済ませることが多い。
(何かある、のはなんとなく分かる)
でも今日の配信があるので、まずはそれをやることにした。
◆
朝の配信は、サクラと二人での探索だった。
地下三階の西エリア、まだ踏んでいない通路を進む。
「今日もよろしくお願いします」
「よろしくお願いします。あ、おにぎり持ってきました」
「ありがとうございます。今日は何ですか」
「昆布と、あと試しに明太子も作ってみました」
「明太子、食べたことないな」
「え、ないんですか」
「コンビニで昆布ばかり選んでたので」
サクラが少し笑った。
「今日は明太子も食べてみてください」
「食べます」
【精霊王シルフィード】:明太子!!!
【古代龍バハムート】:……明太子か
【新規さん】:バハムートさんが明太子に反応した
【古代龍バハムート】:していない
【新規さん】:昆布のときも同じこと言ってた笑
【mukai_b_rank】:バハムートさん、食べ物の話のとき微妙に反応しますよね
【古代龍バハムート】:…………
「バハムートさん、何か食べ物の好みがありますか」
【古代龍バハムート】:ない
【新規さん】:絶対ある
【古代龍バハムート】:…………ない
【精霊王シルフィード】:えへへ!!
「シルフィードさん、知ってそうですね」
【精霊王シルフィード】:へ?えへへ
「やっぱり知ってる」
コメ欄が笑いに包まれた。
バハムートはそれ以上何も言わなかった。
◆
西エリアに入ると、空気が少し変わった。
他のエリアより、魔力の流れが複雑だ。
「なんか、ここ変な感じがします」
「変な感じ、というのは」
「魔力が渦を巻いてる感じ。一方向じゃなくて、色々な方向に流れてる」
【賢神ソフィア】:交差点のようなエリアだ。複数の魔力流が交わっている。魔物の動きが予測しにくくなる
【古代龍バハムート】:感知を広げすぎるな。情報が多すぎると判断が鈍る
「感知を絞る感じですか」
【古代龍バハムート】:そうだ。広く薄く感じるより、近距離に集中しろ
「やってみます」
レンは魔力感知を意識的に絞った。
半径十メートル以内だけに集中する。
渦のような感覚が落ち着いて、近くの気配がはっきりした。
「あ、前方五メートルに二体います。壁の中に潜んでる気がします」
【賢神ソフィア】:ストーンゴーレムだ。石壁と同化して待ち伏せる習性がある
【ダンジョンオタク_ケイ】:感知を絞るだけであれだけ精度が上がるんですね
【mukai_b_rank】:しかも石壁の中に潜んでるのまで分かるの?
「なんとなく、岩じゃない感じがするところが二箇所あって」
【mukai_b_rank】:「なんとなく」で石壁の中の魔物を感知するの、もう慣れてきたとか笑
「サクラさん、後ろを固めてください。飛び出てきたとき、数が増える可能性があります」
「了解です。後ろ、安全確認しました」
レンは壁に向かって、炎を集めた。
壁に当てるのではなく、壁の表面をなぞるように流す。
するとゴツ、という音がして、壁の一部が動いた。
ストーンゴーレムが出てきた瞬間に、雷を叩きつける。
一体、沈む。
もう一体が反対の壁から出てきた。
「左後ろ、出ました」
サクラの声。
レンがすでに向き直っていた。
炎と雷を組み合わせて、連続で放つ。
二体目も沈んだ。
【新規さん】:え、壁の中から炙り出した
【新規さん】:しかも二体同時に処理した
【ダンジョンオタク_ケイ】:炎であぶり出して雷で仕留める発想、初めて見た
【kirishima_arisa】:(あの組み合わせ、誰かに教わったわけじゃないはず。その場で思いついた?)
【古代龍バハムート】:良い判断だ
【雷神トール】:加護の使い方が上手くなっている
【精霊王シルフィード】:すごいすごい!!
「ありがとうございます。サクラさんの声かけで後ろが安心できました」
「たまたま見えてただけです」
「たまたまじゃないですよ」
【mukai_b_rank】:二人の連携、本当に初期と別人みたいだな
【探索者見習い_ハル】:サクラさんの後衛力、どんどん上がってる
◆
探索を終えて地上に出た後、レンはサクラに言った。
「今日の夕方、アリサさんとユイさんから話があるみたいで」
「何の話ですか」
「分からないです。直接話した方がいいって」
サクラは少し考えてから言った。
「私も行っていいですか?」
「はい、来てもらえると助かります」
サクラはレンを見た。
(この人の「なんとなく」は、いつも何かある)
「分かりました。行きます」
◆
夕方、協会近くのカフェ。
アリサとユイが先に来ていた。
レンとサクラが入ると、アリサが少し安堵した顔をした。
「あ、サクラさんも来てくれたんですね」
「一緒に聞いた方がいいかと思って」
「そうですね。その方がよかったかもしれない」
四人がテーブルを囲んで座った。
ユイがパソコンを開いた。
「単刀直入に話します」
ユイらしい始め方だった。
「先日、協会の古い文書の中に「候補者」という言葉が載ったファイルを見つけました」
レンとサクラが少し顔を見合わせた。
「候補者、というのは?」
「代行者候補、という意味で使われていました。二十年前の内部文書です」
ユイはパソコンの画面をレンたちに向けた。
断片的な文章が並んでいる。
「読める部分だけ説明します。「候補者は自覚のないまま成長する、これが制度の前提である」
「代行者候補の特徴:ダンジョンの魔力への異常な親和性、ジョブクラスを超えた戦闘能力の発現、自覚のないままの成長」とあります」
静寂が落ちた。
レンは画面を見つめた。
(ダンジョンの魔力への異常な親和性、ジョブクラスを超えた戦闘能力の発現、そして自覚のないままの成長)
一つ一つを確認するように読んだ。
「……それが、僕のことだということですか?」
「断言はできません」とユイが答えた。
「でも当てはまる項目が多くて」
「確かに全部ですね」
レンは静かに言った。
「全部、当てはまります」
アリサが少し眉を上げた。
「驚かないんですか」
「驚いている、とは少し違くて」
レンは少し考えながら言った。
「なんか、そうかもしれないなと、うすうす感じてたような気がして。うまく言えないですけど」
「うすうす感じてた」とサクラが繰り返した。
「それをちゃんと言ってほしいです」
「言葉にするのが難しくて。バハムートさんが「知っている」と言ったこととか、颯真さんが「同じ種類かどうか確かめたかった」と言ったこととか。
全部が繋がってる気はしてたんですよね」
四人の間に、しばらく静寂が落ちた。
先に口を開いたのはアリサだった。
「それに颯真さんも同じ候補者だと思っています。私とユイさんは」
「そうだと思います」とレンが頷いた。
「驚かないですか」
ユイが続けた。
「候補者制度が何を目的にしているのか、文書からは読み取れていません。
ただ「代行者を立てて競わせる」という記述が断片的にあって」
「競わせる」
「そうです。複数の候補者が、何かを競う形になっているようで」
レンはしばらく黙った。
(競わせる。颯真と僕が候補者なら)
「颯真さんと、戦うことになるということですか」
「可能性としては」とアリサが慎重に言った。
また静寂が落ちた。
レンは少し考えてから、言った。
「分かりました」
「分かりました、って」とサクラが少し語気を強めた。
「それだけですか?」
「それだけ、というか」
「怖くないんですか」
「怖い、かな」
レンは少し考えた。
「怖いという感覚は、まだないですね。実感がないというか」
「実感がないのは分かります」とアリサが言った。
「私もこれを知ったとき、すぐには実感が湧かなかったので」
「でも」
レンが続けた。
「颯真さんと話したとき、この人はいずれ向き合う相手だなとは思ったんですよね。なんとなく」
「なんとなく感じてたんですか、それも」
「はい。だから今日の話を聞いても、そんなにびっくりしなくて」
ユイが小さくため息をついた。
◆
しばらく話してから、アリサが言った。
「一つだけ聞かせてください」
「はい」
「颯真さんと戦うことになるとして、レンさんはどうしたいですか」
レンは少し間を置いた。
「戦う前に、ちゃんと話したいです」
「それでも、話でも戦うことになっても?」
「そのときはそのときで考えます」
「楽天的ですね」とユイが言った。
「よく言われます」
「でも」
ユイは少し笑った。
「それがいいと思います」




