普通の日、でも普通じゃない話
颯真と別れた翌日。
レンはいつも通り、朝八時に起きた。
いつも通りおにぎりを買って、いつも通りダンジョンに向かって、いつも通り配信を開始した。
颯真さんことは、もちろん頭にある。
でも不思議と、引きずっている感じがしなかった。
考えても今日やることは変わらない。
レンはそういう人間だった。
◆
配信を開始すると、コメ欄がいつも通り動き出した。
【古代龍バハムート】が入室しました
【魔王ゼルディア】が入室しました
【精霊王シルフィード】が入室しました
【戦神アレス】が入室しました
【死神ネクロス】が入室しました
【賢神ソフィア】が入室しました
【雷神トール】が入室しました
【kirishima_arisa】が入室しました
【ダンジョンオタク_ケイ】が入室しました
【探索者見習い_ハル】が入室しました
【mukai_b_rank】が入室しました
【精霊王シルフィード】:おはよう!!今日も来たよ!!
【ダンジョンオタク_ケイ】:おはようございます。昨日の颯真さんの件、大丈夫でしたか
【mukai_b_rank】:気になってました
「おはようございます。大丈夫です。昨日はびっくりしましたけど」
【新規さん】:颯真さんが直接来たやつ見ました
【新規さん】:荒らしを仕掛けた側が謝りに来るとは思わなかった
【新規さん】:しかも颯真さんが謝るの珍しすぎて颯真さんのファン界隈がざわついてる
「そうなんですか」
【新規さん】:颯真さんって普段感情出さないんで
【kirishima_arisa】:颯真さんのことは私も少し調べました。配信スタイルが全然違いますよね、レンくんと
「見たことあります。洗練されてて、無駄がなくて。すごいなと思って」
【kirishima_arisa】:(素直に褒めるんだ、この人は)
【mukai_b_rank】:レンさん、昨日のことを引きずってない感じがしますね
「引きずっても今日やることは変わらないので」
【新規さん】:それがレンさんだ
【新規さん】:この切り替えの速さが好き
ただ一人、バハムートだけが最初からずっと黙っていた。
レンはそれに気づいていたが、今は何も言わなかった。
◆
今日はサクラも一緒だ。
地下三階の南エリア、先週から継続している踏破の続きだ。
「昨日、颯真さんが来てびっくりしました」
サクラが歩きながら言った。
「僕もです」
「でもレンさん、普通に話してましたよね」
「普通に話しましたよ」
「なんで緊張しないんですか。Bランクですよ」
「ランクより、どんな人かの方が気になったので」
「どんな人でしたか」
レンは少し考えた。
「孤独な感じがする人でした‥なんとなく、ですけど」
【新規さん】:レンさんの人物評がいつも的確なんだよな
【ダンジョンオタク_ケイ】:「孤独な感じがする」か
【mukai_b_rank】:颯真さんの配信見てるとそういう雰囲気は確かにある
【kirishima_arisa】:(なんで初対面でそれが分かるんだろう)
【古代龍バハムート】:…………
「バハムートさん、今日静かですね」
【古代龍バハムート】:そうか?
「何かありましたか」
【古代龍バハムート】:いや、何もない
【精霊王シルフィード】:バハムートさん、なんか考えてることある顔してる
【古代龍バハムート】:考えてなどいない
【魔王ゼルディア】:珍しく嘘が下手だな
【古代龍バハムート】:……うるさい
【新規さん】:バハムートさんが「うるさい」って言った
【新規さん】:珍しい
【新規さん】:やっぱり昨日の颯真さんの件が関係してるのかな?
レンはバハムートのコメントをもう一度見た。
何かある、とは思った。
でも聞かないことにした。
聞くなら、ちゃんと話せる時間があるときにしたい。
◆
地下三階を進んでいると、通路の奥に魔物の気配があった。
レンが魔力感知を広げる。
「前方二十メートル、ウォータースライム三体。右の壁際にもう一体隠れてます」
「四体ですね。右の一体、気づいてなかったです」
「最近、隅に潜んでるやつが多い気がします」
【賢神ソフィア】:慣れてきた証拠だ。目が届く範囲が広がっている
【古代龍バハムート】:炎と雷を使い分けろ。水属性には炎が有効だ
「了解です。サクラさん、右壁際の一体はどこにいますか」
「壁のくぼみに入ってます。レンさんが前に出たら出てくると思います」
「分かりました。前に出た瞬間に教えてください」
「はい」
レンが前に踏み込んだ瞬間、サクラの声が来た。
「右、出てきました」
レンは左の三体に炎を放ちながら、右に向かって雷を流した。
炎がウォータースライムに直撃して弾ける。
雷が右のスライムを貫く。
四体を同時に処理する。
「……なんか、前より速くなってますね」
サクラが言った。
「そうですか」
「そうですよ。先週までは一体ずつだったのに、今日は四体を同時に」
【mukai_b_rank】:確かに。対処の速度が上がってる
【ダンジョンオタク_ケイ】:属性の使い分けがシームレスになってきたね!
【kirishima_arisa】:先週と比べると、魔法の発動が一テンポ速い。体に馴染んできてる
【雷神トール】:加護が定着してきた証拠だ
【精霊王シルフィード】:やったね!!シルフィードの加護が活きてる!!
「シルフィードさん、ありがとうございます」
【精霊王シルフィード】:えへへ!!
◆
その頃、協会の分析室。
ユイは今日も配信を流しながら、別のウィンドウで作業をしていた。
作業の内容は、配信の分析ではない。
協会のデータベース。古いアーカイブだ。
二十年前、ダンジョンが出現した直後の記録を掘り起こしている。
きっかけは些細なことだった。
先週、上層部への報告書を作成するために古いフォルダを開いたとき、一つのファイルが目に入った。
ファイル名は「DP_候補者関連_閲覧制限」だった。
(閲覧制限?)
開こうとしたら、パスワードが要求された。
ユイには権限がなかった。
でも、ファイル名が頭から離れない。
「候補者……」
独り言を言いながら、関連するキーワードを別の経路で検索してみた。
ほとんどヒットしない。
でも、一件だけ出てきた。
二十年前の内部メモ。作成者は不明。
内容は断片的で、ほとんどが黒塗りになっていた。
でも一カ所だけ、黒塗りになっていない部分があった。
「候補者は自覚のないまま成長する。これが制度の前提である」
「……制度」
ユイはその一文を見つめた。
制度。
候補者。
自覚のないまま成長する。
(誰のことを指しているんだろう)
ユイは画面から目を離して、配信に目を向けた。
レンがいつも通り、普通に探索している。
コメント欄で常連たちが賑やかにしている。
(まさか)
という考えが頭をよぎった。
でも今はまだ、証拠がない。
ユイはメモに書き込んだ。
【要調査:「候補者」という単語。二十年前の内部文書に記載あり。閲覧制限ファイルとの関連を確認する】
それだけ書いて、保存した。
手が少し震えていた。
◆
探索を終えて地上に出たとき、レンのスマホに通知が来た。
颯真のSNSアカウントから、一件の投稿が流れてきた。
「渋谷第三に行ってきた。確かめたいことは確かめた」
それだけだった。
でも引用リポストが数百件ついていて、コメントが荒れていた。
「颯真さんなんでEランク帯のダンジョンに」
「神代レンのところに行ったの?」
「まさかコラボ?」
「颯真さんがEランクを認めたってこと?」
レンはそれを見て、少し首を傾げた。
「確かめたいことは確かめた、か」
「なんだったんですかね」とサクラが横から覗き込んだ。
「分からないですけど」
「分からないですけど?」
「またそのうち来るでしょう」
「楽天的ですね」
「楽天的なのかな」
レンはスマホをしまった。
【配信は終了していたが、ログが流れていた】
【古代龍バハムート】:……レン
「あ、バハムートさん」
【古代龍バハムート】:一つだけ聞く
【古代龍バハムート】:お前は今、何かを感じているか?
レンは少し考えた。
「漠然とした感じは、あります。何かが動き始めてる気がして」
【古代龍バハムート】:そうか
【古代龍バハムート】:……今はそれだけでいい
「バハムートさん、何か知ってますか」
【古代龍バハムート】:ああ、知っている
珍しく、否定しなかった。
【古代龍バハムート】:だが今日は言わない、すまんな。
【古代龍バハムート】:まだその時ではない
「分かりました」
レンはあっさり頷いた。
【新規さん】:え、バハムートさんが「知っている」って言った
【新規さん】:今まで「知らん」って言い続けてたのに
【新規さん】:何かが変わり始めてる?
【精霊王シルフィード】:……うん
【魔王ゼルディア】:そうだな
【賢神ソフィア】:時が来れば、分かる
「時が来れば、か」
レンは空を見た。
夕暮れの渋谷が、静かに暮れていく。
(何かが動いている。颯真さんが来た事で何かが変わり始めたそれに‥)
全部が繋がっている気がする。
でも今日のところは、それだけだ。
「また明日も配信します。今日もありがとうございました」
【精霊王シルフィード】:また明日!!
【古代龍バハムート】:ああ
【魔王ゼルディア】:また来る
【賢神ソフィア】:また明日
【雷神トール】:精進しろ
【戦神アレス】:また来る
【死神ネクロス】:長生きしろよ、ホント
配信終了。
◆
異世界のどこか。
いつもより、静かだった。
バハムートが一人、遠くを見ていた。
しばらくして、ゼルディアが隣に来た。
「奴らが動いた」
「ああ」
「ハデスたちも、本格的に動き始めるだろう」
「そうだな」
バハムートはしばらく黙った。
賢神ソフィアは「レンに、伝えるべきか?」と問う。
「まだだ」とバハムートが答えた。「あいつが自分で気づく方がいい。そういう人間だ」
「でも、いずれは」
「いずれは言う。ただ」
バハムートは空を見た。
「今日のあいつの顔を見たか。颯真と話した後も、普通に探索に行った」
「見ていた」
「あれがレンだ。何があっても、今日やることをやる」
魔王ゼルディアが少し笑った。
「それが、ハデスたちには計算できないところだ」
「そうだ」
精霊王シルフィードが少し心配そうに言った。
「颯真さんって、悪い人なんですか?」
バハムートはしばらく考えた。
「いや悪い人間ではない」
「じゃあなんで」
「立場が少し違う所いるだけだ、それに正義なんて見方ひとつで悪にもなる」
シルフィードはその言葉の意味を、うまく理解できないまま黙った。
バハムートは続けた。
「いずれ、レンとあいつは向き合うことになる。それは変えられない」
「……そのとき、どうなりますか」
「分からない」
バハムートが珍しく、正直に言った。
「でも」
少し間があった。
「レンなら、何とかする気がする」
「根拠は?」
「なんとなく、だ」
シルフィードが、小さく笑った。
「それ、レンくんみたいな言い方ですね」
「‥うるさい」
でもバハムートの声は、いつもより少し柔らかかった。
ここまでご覧いただきありがとうございます。
ここから話はさらに加速していきます。
お楽しみに。
候補者とは?そもそもバハムート達の正体とは?
颯真との関係など、気になりますね。
(続きが気になる方、ぜひブックマークを。この話が面白いなと思う方は評価よろしくお願いします。)
ではまた。




