スパチャは計画的に
「えー、無職でEランクの神代レンです。今日も元気にダンジョン配信やっていきます」
翌日。配信開始からわずか十秒。
いつものように、立て続けに入室通知が鳴り響いた。
【古代龍バハムート】が入室しました
【魔王ゼルディア】が入室しました
【精霊王シルフィード】が入室しました
【戦神アレス】が入室しました
【死神ネクロス】が入室しました
【賢神ソフィア】が入室しました
「……皆さん、待機しててくれたんですか?」
視聴者数『6』。相変わらず、登録者数(3人)よりも同接の方が多いバグみたいな状態だ。
【精霊王シルフィード】:一番乗りー!!
【魔王ゼルディア】:暇だからな。
【戦神アレス】:さっさと潜れ。今日はもっと骨のある敵と戦え。
【死神ネクロス】:アレス、このひ弱な少年に無茶を言うな。私の仕事が増える。
「死神さんが一番僕のステータスを理解してくれてますね。今日は地下二階の奥、未探索エリアに行ってみます」
レンは専用ドローン『ダンカメ』を連れて、奥へと進み始めた。
◆
未探索エリアの通路は薄暗く、空気が淀んでいた。
レンはふと足を止め、左の通路へ向かおうとした足を右へと変えた。
【賢神ソフィア】:……ほう。なぜ左を避けた?
「え? ああ、なんとなくです。左の床の石、少しだけ浮いてるというか、不自然に乾いてる気がして」
【古代龍バハムート】:……正解だ。踏めば毒矢が飛んでくるトラップだな。
【魔王ゼルディア】:おいバハムート、お前が教える前に気づいたぞ。
神々がざわつく中、レンは「へえ、トラップだったんだ」と呑気に右の通路を進む。
『無職』ゆえにスキルによる「罠感知」など持っていない。
そこには完全に、長年の勘と身体に染みついた異常な危機察知能力だけでの判断だった。
右の通路を抜けた先、少し開けた空間で、奴は現れた。
「……っ!」
レンは即座に壁の陰に身を隠し、息を殺した。
二足歩行の巨大な爬虫類。
硬い鱗に覆われたDランク魔物『リザードマン』だ。
Eランクのレンにとっては、文字通りの「格上」。
本来ならパーティを組んで命がけで挑む相手である。
【戦神アレス】:おお! Dランクか! やれ!
【死神ネクロス】:馬鹿な。ステータス差がありすぎる。一撃でも貰えば即死だぞ。
【精霊王シルフィード】:逃げてレンくん!
「……いや」
レンは逃げなかった。じっとリザードマンの足元を観察する。
「右足を少し引きずってますね。……負傷個体だ。これなら、いけるかもしれない」
【賢神ソフィア】:……観察眼は見事だが、無職の低い筋力でその鱗は斬れんぞ。
「まともに斬り合えば、ですね」
レンは石を拾い、反対側の壁へ向かって投げた。
カアン! という音にリザードマンが反応し、重い体を反転させる。その瞬間、負傷している右足にぐんと重心がかかった。
(今だ!)
レンは弾かれたように飛び出した。
狙うのは鱗の薄い首元でも、目でもない。
リザードマンが体重をかけた『右膝の裏』だ。
スパーンッ!
ステータスの低さを、完全に計算された「踏み込みの勢い」と「相手の自重」で補う一撃。
関節を正確に斬り裂かれ、リザードマンはたまらず体勢を崩し、轟音とともに床に倒れ込んだ。
そこへ、流れるような動作で首の隙間へ剣を突き立てる。
的確に急所を破壊されたリザードマンは、光の粒子となって消滅した。
無傷での、Dランク討伐だった。
【古代龍バハムート】:……見事だ。
【魔王ゼルディア】:ただのEランクの動きではない。いや、ステータスは底辺のままだ。中身の『技術』だけが異常に突出している。
【戦神アレス】:素晴らしい! これぞ戦士だ!
【死神ネクロス】:今日も私の出番はなしか……
「はぁ、はぁ……なんとか、倒せました」
レンは膝に手をつき、荒い息を吐いた。
やはり格上。手は小刻みに震えている。
その時だった。
画面の端で、見たこともないド派手なエフェクトが弾けた。
【雷神トール】が¥10,000,000のスーパーチャットを送信しました!
『よく戦った。見事な一撃だ。我が雷の加護をくれてやる』
「…………は?」
レンの思考が停止した。
「い、いっせん、まん……!?」
【精霊王シルフィード】:トールさんだ!!!
【魔王ゼルディア】:おいおい、いきなり赤スパの限界突破か。
【賢神ソフィア】:相変わらず気前がいいな、雷神は。
「え、いや、これ本物ですか!? 桁間違えてませんか!?」
レンがパニックになっていると、突然、右手にバチッ! と鋭い痛みが走った。
「痛っ!? なんだこれ……静電気?」
【賢神ソフィア】:ステータスを確認してみろ。
言われるがままにウィンドウを開いたレンは、自分の目を疑った。
【名前】神代 レン
【冒険者ランク】E
【ジョブクラス】無職
【スキル】雷魔法(初級) ←NEW!
「スキルが……生えてる?」
『無職』は一切のスキルを覚えないはずだ。
それが人間界の常識だった。
【雷神トール】:俺の力を少しだけ分けてやった。存分に使いこなせ。
【古代龍バハムート】:神から直接加護をもらったのだ。ジョブの制限など関係ない。
【精霊王シルフィード】:いいなあ! わたしも何かあげたい!!
【古代龍バハムート】:お前たちは待て。一気に力を与えれば器(体)が壊れる。順番だ。
「あ、あの……ありがとうございます! ありがとうございますけど……」
レンは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「どうしよう、1000万って。確定申告……無職でも税務署行かなきゃダメですよね? 税理士雇った方がいいのかな……」
【魔王ゼルディア】:なぜそこで現実的な悩みに直面するのだ。
【死神ネクロス】:神の奇跡より税金を恐れるとは、面白い人間だ。
かくして、本日の配信は終了した。
最終視聴者数:8人。
チャンネル登録者:3人。
スパチャ収益:10,000,000円。
◆
神域。
雷神トールは満足げに腕を組み、下界を映すパネルを見下ろしていた。
「おい、トール。少しやりすぎではないか?」
古代龍バハムートがため息をつく。
「1000万の価値というより、あの『無職』のシステムを力技で突破してスキルを与えたことだ。人間界の理から外れるぞ」
「構わんさ」
トールはニヤリと笑った。
「あの小僧は、元より『枠』に収まる器ではない。俺の雷すら、すぐに己の技術として組み込んでみせるだろうよ」
魔王ゼルディアも面白そうに玉座から身を乗り出す。
「最弱の無職が、神々の理外の力を振るうか。……人間界の連中が気づいた時、どんな顔をするか見ものだな」
神々は、まだたった8人しかいないその「最弱配信者」の未来に、胸を躍らせていた。




