まだまだ増える新規さん
「えー、配信始まってますでしょうか。今日も無職のEランク、神代レンのダンジョン探索です」
翌日。
渋谷第三ダンジョンの地下一階で、レンが配信をスタートさせた。
すると、開始からわずか十秒で立て続けに通知が鳴った。
【古代龍バハムート】が入室しました
【魔王ゼルディア】が入室しました
【精霊王シルフィード】が入室しました
【戦神アレス】が入室しました
「……えっ、もう皆さん揃ったんですか?」
現在の視聴者数『4』。昨日と同じメンバーだ。
【精霊王シルフィード】:待ってたよー!!
【魔王ゼルディア】:昨日より十秒遅かったぞ。
【戦神アレス】:計っていたのか貴様。
【魔王ゼルディア】:暇だからな。
「ゼルディアさん、本当に暇なんですね……」
レンは苦笑しながら剣を抜いた。
「今日は地下二階の奥、魔物の密集地帯をマッピングしに行きます。
無職のステータスだと少し厳しいエリアですが、慎重に行きますね」
【戦神アレス】:昨日より強くなれ。正面から叩き潰せ。
【精霊王シルフィード】:アレスさんはちょっと黙ってて!死んじゃうから!
相変わらず賑やかなコメント欄(神々)に見守られながら、レンは地下二階へと足を踏み入れた。
◆
地下二階の奥は、昨日よりも明らかに魔物の気配が濃かった。
「……前方にゴブリンが五体。通路を塞いでますね」
Eランク・無職のレンにとって、一対五は明確な「死」を意味する。
ステータス補正がないため、一撃でも重い攻撃を食らえば致命傷だ。
【魔王ゼルディア】:五体か。少し面倒だな。
【戦神アレス】:だから正面突破だと言っている。
【古代龍バハムート】:右の柱の陰に隠れ、手前の二体だけを音を立てずに引き離せ。
「バハムートさんが一番まともなこと言ってくれる……」
【戦神アレス】:私の戦術は正しい
【精霊王シルフィード】:アレスさんは相変わらず脳筋だもん
【戦神アレス】:あ?脳筋とは何だ?
レンは足音を完全に殺し、壁沿いに滑るように移動した。
柱の陰から小石を投げ、手前のゴブリン二体の注意を逸らす。
――スッ。
振り返ったゴブリンの視界から外れるようにしゃがみ込み、死角から両足の腱を正確に斬り裂いた。
体勢を崩したところを、喉元へ追撃。
流れるような動きで二体を無力化する。
だが、その血の匂いで残りの三体が気づいた。
「チッ……来ますね」
三体が同時に得物を振り上げて飛びかかってくる。
(ステータスで負けてるなら、相手の力を利用するだけだ)
レンは焦らなかった。
先頭の一体の攻撃を剣の腹でいなし、その反動を利用して横へステップ。
同士討ちを誘うように、二体目の軌道へゴブリンを突き飛ばす。
そのまま三体目の首を刎ね、混乱している残り二体も的確に急所を突いて処理した。
討伐時間、わずか数十秒。
無駄を削ぎ落とした、あまりにも静かな殲滅劇だった。
【古代龍バハムート】:……ほう。
【魔王ゼルディア】:相変わらず、ステータスと動きが全く噛み合っていないな。
【精霊王シルフィード】:やったーー!!かっこいい!!
「ふぅ……なんとか。でも、最後の一体に少し服を掠られました。まだまだですね」
レンが反省していると、見慣れない通知が鳴った。
【死神ネクロス】が入室しました
【死神ネクロス】:ほう。ヒヤリとする案件かと思えば、つまらん。
【精霊王シルフィード】:やだ、ネクロスさんきた!
【魔王ゼルディア】:不吉な奴が来たな。
【死神ネクロス】:失礼な。魂の回収に来てやったのに、この小僧、まったく死ぬ気配がないではないか。
「あの、新規さんですよね? 魂の回収って……縁起でもないこと言わないでください」
レンは新しいリスナー(?)の重めなキャラ設定に苦笑した。
◆
その後もマッピングを続けながら、レンはふと疑問に思っていたことを口にした。
「あの、常連の皆さんに聞いてもいいですか?」
「どうして僕の配信を見てるんですか? 無職のEランクなんて、一番見栄えがしない底辺ですよ」
しばらく、コメント欄がピタリと止まった。
【魔王ゼルディア】:……さあな。
【古代龍バハムート】:暇だからだ。
【死神ネクロス】:縁というやつだろう。死線の淵を踊るようなお前の動きは、見ていて飽きん。
【戦神アレス】:強くなろうとする意志があるからだ。
【精霊王シルフィード】:なんか、放っておけないの!
「……みなさん、設定はバラバラですけど、良い人たちですね。ありがとうございます」
なんだか心が温かくなり、レンは小さく頭を下げた。
◆
帰路につく道中。
安全地帯に近い通路で、低級魔物のスライムが這いずっていた。
「あ、スライムですね。さくっと倒して帰ります」
レンが剣を構えた、その時だった。
【賢神ソフィア】が入室しました
【賢神ソフィア】:少し待て、少年。
「えっ? また新規さん?」
【賢神ソフィア】:そのスライム、魔力核の位置が通常と違う。中心ではなく、やや左に偏っている。正面から斬れば分裂して面倒なことになるぞ。
「え?」
レンは目を細めてスライムの体内を観察した。
言われてみれば、ゼリー状の身体の中で、ほんのわずかに左側だけ光の屈折が違う。
「本当だ……。じゃあ、右斜め四十五度から剣を入れれば、核を直撃できますか?」
【賢神ソフィア】:……ほう。その通りだ。
レンは踏み込み、右斜め四十五度から一閃。
スライムは分裂することなく、一撃で光の粒子となって消滅した。
「すごい! 賢神さん、なんで分かったんですか?」
【賢神ソフィア】:知識は蓄積するものだ。一万年も生きていれば嫌でも覚える。
【古代龍バハムート】:知識の神か。久しぶりだな。
【精霊王シルフィード】:また増えたー!!
「一万年……さすが設定が作り込まれてる……」
レンは感心しながら、本日の配信を終えるボタンを押した。
本日の最終視聴者数:7人。
チャンネル登録者数:3人(変動なし)。
コメント数:134件(全員同じ人たち)。
(今日も誰も来なかったけど、楽しかったからいいか)
レンは満足げにダンジョンを後にした。
◆
一方、神域では。
「……なぁ、バハムート」
魔界を統べる魔王ゼルディアが、玉座から身を乗り出して言った。
「最後のスライム。お前も気づいていたか?」
「ああ」
古代龍バハムートは、鼻から短く息を吐いた。
「ソフィアが指摘するより『前』に、あの小僧、すでに右斜め四十五度へ踏み込む予備動作に入っていた」
神々の中に、静かな衝撃が走る。
「おいおい……じゃあ、あの人間は」
「意識してはいないようだがな。魔物の微細な重心のブレ、魔力核の偏り……それらを無意識に『視て』、体が勝手に最適解を弾き出している」
賢神ソフィアが、静かに眼鏡を押し上げた。
「『無職』という何もない器だからこそ、純粋な戦闘センスだけが異常に研ぎ澄まされている……ということか」
「最弱にして、最高の原石……!」
戦神アレスが武者震いするように腕を組んだ。
誰もが、次の配信を待ちわびていた。
――彼らはまだ知らない。
この「同接数人の底辺配信」が、やがて人間界の常識を根底から覆すことになるとは。
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