第27話 来客
その日の夜中。
ギルド・ヨスガの古い建物は、風が吹けば梁が鳴る。床板も、誰かが寝返りを打てば軋む。
だから普段なら、少しの物音でも目を覚ますことはない。
――だが今の音は違った。
玄関側から、蝶番が押し開けられる重みのある音。次いで、外気が流れ込む気配。
室内の温度が一瞬で低くなる。
アーガスは跳ね起きた。毛布を払い、枕元の短剣に手を伸ばす。
同じ瞬間、肇も身を起こしていた。
それぞれが部屋を出るタイミングは同じだった。
「……今の、聞こえたか」
「聞こえた」
肇は低く返し、足音を殺して進む。アーガスも無言で頷き、先に立った。
二人は廊下へ出る。ランプの残光も届かない暗がりの中、目が慣れるまでの数秒がやけに長い。
遠くで、もう一度だけ床が鳴った。
――誰かが中に入ってきている。
アーガスが短剣を抜かずに握り、肇は壁際に沿って死角を潰す。
互いに言葉を交わさない。必要な情報は、呼吸と足運びで伝わっている。
玄関へ繋がる角まで来たところで、二人は同時に動きを止めた。
扉の隙間から、夜気が細く流れ込んでいる。
肇は喉の奥で、ひとつだけ言葉にならない疑問を噛み締める。
――なぜ、今なんだ。
襲うなら高峰暴走の依頼達成後の帰り道にすべきだ。村を離れた瞬間でも、道の途中でも、野営の火が落ちた頃でも。
高峰を連れて歩いた距離は短くない。神の遺骨も持っていた。隙はいくらでもあったはずだ。そもそも、高峰の暴走を鎮静化したとき、周囲には何の気配もなかった。
今に至るまで一切何も起きなかった。
俺たちの拠点を確かめてからでないと動けない、別の理由があったのか。
魔族は以前スカウトに来た事があるから、魔族には俺たちの拠点は元々割れているはずだ。なら、今回の事件に魔族は関わっていないのか?
考えが伸びきる前に、アーガスが指を一本だけ口元に立てた。黙れ、という合図。
アーガスには肇が上の空であることはお見通しだったようだ。
肇は頷き、ゆっくり呼吸をする。
影が動いた。
玄関の土間に、人影がひとつ。外套の裾が床板に触れ、擦れる音がした。
侵入者は、隠れる気配がない。けれど殺意も感じない。
アーガスが半歩前へ出る。
「――誰だ」
暗闇から返ってきた声は、落ち着いていた。やけに落ち着きすぎている。
「すまない。夜分に」
女の声だった。
肇は一瞬だけ眉を動かした。女だからどうこうじゃない。
この状況で、謝れる落ち着きがあることが気味悪い。
人影が、ランプの残光の届く位置へ一歩進む。
フードを被っていて顔はよく見えないが、その奥で光る目だけが先にこちらを測る。
アーガスが息を吐く。
「……明日来るって話じゃなかったか」
女は肩をすくめた。
「明日と言っておかないと、君は寝ないと思ったが……予想が外れたね。……いや、起こしてしまったのか」
女は視線を肇に移し、口元だけで笑った。
「あぁ、自己紹介が遅れたね。私はゼクナ――ギルド《アイギス》の長だ」
名乗りを終えると、彼女はゆっくりとフードを脱いだ。後ろで束ねた茶髪が、肩の動きに合わせて静かに揺れた。
「そして君が……噂に聞く、ギルドに籍を置く転生者の変人、羽沢肇君だな?」
肇の喉がわずかに鳴った。だが決して口を開かない。
ゼクナは一拍だけ置いて、言葉を吐いた。
「単刀直入に言う。アロム平原に行くんだろ?私も同行させてもらう」
アーガスはすぐには頷かない。
「……俺がお前を呼んだのは、いきなり同行を頼むためじゃねぇ」
肇は一瞬だけ目を細めた。
次なる目的地であるアロム平原。この情報は昨夜、このギルドの中で話しあったばかりだ。だからこそ分かる。アーガスが昨夜に連絡した。連絡する価値がある相手。
この女は、ただ腕っぷしがあるわけじゃない。何か情報を持っている。そう確信した。




