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世界を救って帰ってきたら、妻とはまだ付き合っていませんでした  作者: 白川 透


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第7話 用事のないメッセージ

 月曜日の夜、小春から写真が一枚届いた。


 学校帰りに撮ったらしい。電線の上で、カラスが二羽、同じ方向を向いている。


『会議中』


 布団の上で座り直し、返事を打った。


『見せてくれてありがとう。二羽とも同じ方向を向いているのが面白い。左のカラスの方が少し大きくて、議長に見える。右は議長の話を聞いているふりをして、向かいの屋根を見ている気がする。たぶん議題は今夜のゴミ置き場だ。そういえば今朝、駅前のゴミ置き場にもカラスが三羽いた。あれが野党かもしれない』


 読み返したが、消すところが見つからなかった。全部、本当に思ったことだった。


 送信すると、少しして返事が来た。


『議長!』


 それだけだった。俺は画面を見ながら、議長の顔をもう一度拡大した。


 火曜日にはパン屋の看板が届いた。食パンの絵の目が、なぜか左右で違う方向を向いている。見出しは『寝不足』。俺は食パンの目について四行書き、看板の文字の色について三行書いた。


 返事は『そこまで見てくれたの』だった。


 水曜日の昼休み、古賀が弁当の蓋を開けながら俺の手元をのぞき込んだ。


「お前、昼休みにスマホ見てにやけるやつだったっけ」

「にやけてない」

「にやけてた。何見てんの」

「食パン」

「食パン?」


 画面を見せると、古賀は目の違う食パンの看板をしばらく眺めた。


「これ、駅の向こうのパン屋だろ。小学生のときから目、ずれてるぞ」

「昔からなのか」

「昔から。誰も直さない」


 古賀はどうでもよさそうに言って、から揚げを口に入れた。俺はその情報も、小春への返事に書き足した。


*


 水曜日の夜、写真は来なかった。


 九時を過ぎても、画面は静かなままだった。


 宿題があるのかもしれない。家族と出かけているのかもしれない。理由はいくらでも思いついた。思いつくたびに、画面をつけた。


『今日は写真ないのか』と打ちかけて、消した。


 送る約束をしたわけではない。彼女が送りたいときに送ってくれていただけだ。


 十時になり、十一時になった。


 向こうでは、手紙一通届かない夜が十年続いた。それに比べれば、一晩くらい何でもない。


 何でもないはずなのに、眠るまでに四回、画面をつけた。


 木曜日の朝、小春はいつもどおり「おはよう、直季くん」と言った。


 怒っている様子も、困っている様子もなかった。だから余計に分からなかった。


 一時間目の古文の間、俺は先生の声を聞きながら考えていた。


 休み時間、小春が席を立ったところで声をかけた。


「小春。ちょっといいか」

「うん?」


 廊下の端の、窓際まで歩いた。


「昨日、写真なかったから」


 言ってから、催促みたいだと気づいた。急いで付け足す。


「送れって意味じゃない。ただ、楽しみにしてたから。何かあったのかと思って」


 小春は目を丸くした。


「……楽しみにしてたの?」

「してた」

「毎日?」

「毎日」


 彼女は窓枠に手を置き、しばらく外を見ていた。


「だって、直季くんの返事、毎回すごく長いから」

「長いか」

「長いよ。カラスの議長のとき、スクロールした」


 小春は窓枠を指で叩いた。


「それで、私が送るたびにあれだけ書いてもらうの、大変かなって。直季くん、数学で頂点探してるって古賀くんが言ってたし。毎日送ったら、返事しなきゃって思わせちゃうかなって」

「思ってない」


 頂点の件が漏れていることは、後で古賀に確かめることにした。


「書きたくて書いてた。小春の写真を見ると、言いたいことが増える」

「増えすぎじゃない?」

「増えすぎた」


 小春が笑った。


「じゃあ、私も送りたいときに送る。直季くんも短くていいからね。『議長!』くらいで」

「それは小春の返事だ」

「短すぎた?」

「ちょうどよかった」


 チャイムが鳴った。小春は先に教室へ戻りかけて、振り返った。


「昨日ね、本当は送ろうとした写真あったの。今夜送る」


*


 その夜、九時を少し過ぎたころ、スマートフォンが鳴った。


 約束どおり、写真が一枚届いた。夕暮れの歩道橋の上に、片方だけの手袋が手すりに載せてある。


『落とし物。持ち主を待っています』


 俺は少し考えてから返した。


『持ち主、見つかるといいな』


 送ってから短すぎたかと思ったが、すぐに返事が来た。


『短い!』

『短くていいって言われた』

『極端』


 そのあとに、写真のない一行が届いた。


『今日の夜ご飯、カレーだった』


 俺は布団の上で座り直した。


『うちは焼き魚だった。骨が多かった』

『骨、何本?』

『数えてない』

『数えて』

『もう食べた』

『小春のカレーは何が入ってた』

『じゃがいもが大きかった。お母さん、切るのめんどくさかったみたい』

『大きい方がうまい』

『分かる!』


 少し間があって、また届いた。


『そういえば今日の古文、先生ずっと「をかし」って言ってたね』

『二十八回言ってた』

『数えてたの?』

『途中から数えてた』

『骨は数えないのに』


 声を出して笑うと、壁の向こうから母に「何笑ってんの」と言われた。


 話す用事は何もなかった。


 十時半を過ぎたころ、小春から『そろそろお風呂』と来た。


 俺は少し考えてから打った。


『おやすみ。また明日』


 返事はすぐに来た。


『また明日。カレー、明日もある』


 スマートフォンを置いて、隣の本棚を見た。


 明日、彼女は教室にいる。今夜はそれで、画面を消せた。

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