第7話 火葬場
第7話 火葬場
式が終わると、
おじいちゃんが親族のみんなの前に立った。
おばあちゃんの横に、
私も立たされた。
その隣には、
達夫おじさんがいる。
おじいちゃんが、
ゆっくり頭を下げた。
「この度は、娘、美咲のためにお集まりいただき、
本当にありがとうございました」
みんなが静かに聞いている。
「不慮の事故で道半ばとなり、
娘もさぞ無念だと思っています」
おじいちゃんの声が、
少しだけ震えた。
「でも、一人娘の瑠璃がいます」
えっ。
親戚のみんなが、
一斉に私を見た。
私は、
おばあちゃんの手を握った。
おばあちゃんも、
私の手を握り返した。
「今後とも、
どうぞよろしくお願いいたします」
おじいちゃんが頭を下げた。
みんなも、
静かに頭を下げる。
あ。
私も。
慌てて頭を下げた。
そのあと、
お母さんの棺が運び出された。
何人かの男の人が、
ゆっくり運んでいく。
私は、
その後ろをついていった。
外に出る。
長い黒い自動車が、
待っていた。
後ろの扉が開いている。
そこへ、
お母さんの棺が入れられた。
扉が閉まる。
黒い車が、
ゆっくり動き出した。
私は、
それを見送った。
お母さんが、
また行ってしまう。
でも今日は、
私たちもあとから行くらしい。
達夫おじさんが、
おじいちゃんとおばあちゃんに話しかけた。
「八事行く人、多くないみたい」
「そうなの?」
「幸子おばさんところと、
博さんのところだけ」
「そう」
「それぞれで自動車を乗り合わせていった方がいい」
「うん」
「だから、父さんは母さんと瑠璃ちゃんを乗せてって」
「ああ」
「僕は幸子おばさんと、おじさんを乗せてくよ」
「博さんは?」
「一人で行くって」
話がどんどん決まっていく。
おばあちゃんが、
私を見た。
「瑠璃ちゃん、行こうか」
「どこに行くの?」
「火葬場……」
私は黙った。
火葬場。
知ってる。
何をするところなのかも、
知ってる。
でも。
今まで、
行ったことはなかった。
私は、
おじいちゃんが運転するプリウスの後部座席に乗った。
おばあちゃんは助手席。
車が走り出した。
しばらく、
誰も話さなかった。
私は窓の外を見ていた。
いつもの道路。
自動車が走っている。
信号で止まる。
歩道を人が歩いている。
自転車が走っている。
普通だ。
しばらくすると、
おじいちゃんが口を開いた。
「会社の人、
いっぱい来てくれたな」
「そうですね。
あの子、仕事を頑張っていましたから……」
おばあちゃんが答えた。
「お通夜に次々といらっしゃって、
本当にありがたかった」
「ああ」
「親しいって方が、
受付まで手伝ってくださったんですよ」
「名前、分かるか?
あとでお礼を言っておかないとな」
「聞いてありますよ」
少し間があった。
「驚きましたね。
お葬式には社長さんまでいらっしゃるなんて」
「ああ」
「あんな大きな会社なのに、
本当に気さくな方だった」
「美咲の働きぶりを褒めてくださって、
本当に残念だとおっしゃってたな」
「ええ」
私は、
後ろの席で二人の話を聞いていた。
お母さんが、
化粧品メーカーで働いていることは知っていた。
毎朝、
お化粧をして会社へ行く。
帰ってくると、
疲れたって言う。
仕事の愚痴を言うこともある。
私が知っているのは、
そのくらい。
会社で何をしているのか。
どんなふうに働いているのか。
私は、
ほとんど知らなかった。
会社の人が、
あんなにたくさん来た。
受付まで手伝ってくれた。
社長さんまで来た。
お母さん。
こんなにすごい人だったんだ。
知らなかった。
私はまた、
窓の外を見た。
八事の火葬場は、
思っていたのと全然違った。
すごくきれいな建物だった。
床もピカピカ。
壁もピカピカ。
火葬場って、
もっと古くて暗いところだと思っていた。
病院みたい。
いや。
病院とも、
ちょっと違う。
なんだろう。
よく分からない。
中へ入ると、
先に来ていた人たちがいた。
達夫おじさんもいる。
少し待っていると、
黒いスーツの男の人が来た。
「それでは、
最後のお別れをいたします」
花を渡された。
白い花。
黄色い花。
薄いピンクの花。
棺が開けられた。
お母さんがいた。
私は、
白い花を一本もらった。
お母さんの顔の横に置いた。
「……」
次々に、
みんなが花を入れていく。
お母さんの周りが、
花でいっぱいになった。
きれい。
お母さんの顔も、
きれいだった。
黒いスーツの男の人が言った。
「お別れの時間です」
棺が閉じられた。
もう、
お母さんの顔は見えない。
職員の人が、
棺をゆっくり運んでいく。
小さな入口の前で止まった。
扉が開く。
その中へ、
お母さんの入った棺が入っていく。
私は、
ずっと見ていた。
奥まですっぽりと入っていく。
鉄の扉が閉まった。
ガチャン。
お母さんが、
見えなくなった。
休憩室へ移動した。
おじいちゃんとおばあちゃんは、
親戚の人たちと話している。
「うちは孫が六人になってね」
「六人?」
「そう。もう大変よ」
「賑やかでいいじゃない」
「それが、お嫁さんがねぇ……」
違うところでは、
「今度、雄二の1番目の息子が結婚するんだって」
「えぇ、そんな年になったの?」
「もう26だよ。」
「いつ?」
「秋だったかな」
「相手はどこの人?」
普通の話をしている。
さっき、
お母さんを焼くところに入れたのに。
孫が六人とか。
お嫁さんがどうとか。
誰が結婚するとか。
そんな話をしている。
私は椅子に座って、
スマホをいじった。
LINEを開く。
昨日までは、
友達からいっぱい来ていた。
『大丈夫?』
『無理しないでね』
『また連絡して』
でも今日は、
新しい通知はない。
時計を見る。
まだ授業中だ。
みんな今、
学校にいるんだ。
学校、遅れちゃうな。
もう塾でやっちゃったけど。
あの放物線苦手なんだよな。
「はあ……」
誰かが、
私の隣に座った。
達夫おじさんだった。
「逃げてきた」
「何から?」
「親戚」
「おじさんも親戚じゃん」
「そうなんだけどさ」
私は笑った。
達夫おじさんも、
スマホを取り出した。
少しいじってから、
私を見る。
「瑠璃ちゃん、
今度受験だろ」
「うん」
「どこ受けるの?」
「公立の本命は明和」
「えっ?」
「近いから」
達夫おじさんが、
目を丸くした。
「近いからって……」
「近いよ」
「いや、そういう意味じゃなくて」
「何?」
「いや……いい」
なんなの。
「私立は?」
「あんまり考えてない」
「そうなの?」
「行くなら、
大学ついてるところにしようと思ってる」
「へえ……」
達夫おじさんが、
私の顔をじっと見た。
「お母さんに似て、
優秀なんだな」
「そうなの?」
「美咲、頭よかったからな」
「ふーん」
知らなかった。
いや。
大学は知ってるけど、ピンとこない。
お母さん、高校どこだったんだろう。
「僕なんて山田高校だよ」
「山田高校、
いい学校だって言ってたよ」
「誰が?」
「先輩」
「ほんと?」
「うん」
私は少し考えた。
「横にイオンあるし」
「そこかよ」
達夫おじさんが笑った。
私も笑った。
ずいぶん待った。
どのくらい待ったんだろう。
スマホを見たり。
トイレに行ったり。
親戚の話を聞いたり。
達夫おじさんと話したり。
そのうち、
呼び出しがあった。
みんなで移動する。
さっきのところへ戻った。
鉄の扉の前に立つ。
扉が開いた。
熱い。
空気が違う。
離れているのに、
熱気が伝わってくる。
職員の人が、
台車を引き出した。
白いものが、
たくさん乗っていた。
「……」
これ。
お母さん?
さっきまで。
顔があった。
髪があった。
花に囲まれていた。
それが。
これ?
係の人が、
骨を指しながら説明を始めた。
「こちらが大腿骨になります」
大腿骨。
「こちらが骨盤です」
骨盤。
「こちらが喉仏です」
喉仏。
理科の授業みたい。
でも。
これは、
お母さん。
おじいちゃんとおばあちゃんに、
長い箸が渡された。
「こちらを取ってください」
「はい」
「次はこちらです」
次々に指示される。
二人で骨をつまむ。
骨壺に入れる。
次は、
私と達夫おじさんだった。
長い箸を持つ。
「これ?」
「うん」
達夫おじさんと一緒に、
骨をつまんだ。
大きい。
こんな大きな骨、
持てるのかな。
箸に力を入れる。
持ち上がった。
軽い。
「……」
大きいのに。
軽い。
少し近づく。
熱い。
顔に熱が伝わってくる。
手を伸ばす。
もっと熱い。
達夫おじさんと一緒に、
骨壺の中へ入れた。
カラン。
音がした。
次の人。
その次の人。
親戚のみんなが、
順番に骨を入れていく。
骨壺の中が、
どんどんいっぱいになっていった。
でも。
全部は入らなかった。
まだ、
骨が残っている。
こんなにあるのに。
入らないんだ。
骨壺に蓋がされた。
木の箱に入れられる。
「瑠璃ちゃんが持つ?」
おばあちゃんが言った。
私はうなずいた。
「うん」
渡された。
両手で持つ。
「あつ……」
熱い。
木の箱に入っているのに。
熱くてたまらない。
でも、
離さなかった。
さっきまで、
あんなに大きかったのに。
私より大きかったのに。
今は、
私の腕の中にある。
お母さん。
こんなに小さくなっちゃった。
それに。
軽い。
私は、
お母さんを抱えて歩いた。
火葬場から出る。
一度だけ、
後ろを見た。
残ったお母さんの骨が、
掃き出されていた。




