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瑠璃色の生活  作者: カトーSOS


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第5話 通夜

挿絵(By みてみん)


第5話 通夜


黒い服ばかりだった。


どこを見ても黒い。


男の人も、女の人も、みんな黒い服を着ている。


私は学生服だった。


おばあちゃんが、


「制服でいいからね」


と言ったから、そのまま学校の制服を着てきた。


でも、なんだか学校に行く格好でこんなところにいるのが変な感じがした。


正面には、お母さんの写真がある。


笑っている。


その下には花がたくさん並んでいて、その真ん中に棺があった。


お母さんがいる。


昨日までとは違う場所に。


私はまだ、そのことをうまく考えられなかった。


「瑠璃ちゃん?」


声をかけられて振り向いた。


知らない女の人だった。


「大きくなったねえ」


「あ……はい」


誰だろう。


女の人は私の顔をじっと見る。


「美咲ちゃんに似てきたね」


「あ、ありがとうございます」


これでいいのかな。


こういう時、なんて答えるんだろう。


女の人は私の肩を軽く触って、どこかへ行った。


すると今度は、別の男の人が来た。


「瑠璃ちゃん、覚えてる?」


来た。


一番困るやつ。


私は男の人の顔を見る。


知らない。


全然知らない。


でも向こうは私を知っている。


「えっと……」


どうしよう。


覚えてません、と言っていいのかな。


「あー、分からんよな」


横から声がした。


「達夫おじさん」


お母さんのお兄さん。


知っている人だ。


それだけで少しほっとした。


達夫おじさんは男の人を指した。


「母さんの妹の旦那さん」


「……母さん?」


「俺の母さん。瑠璃のおばあちゃん」


「ああ」


「つまり、瑠璃から見ると……」


達夫おじさんが止まった。


男の人も考えている。


私も考える。


三人で考えた。


「……なんだ?」


達夫おじさんが言った。


「知らない」


私は答えた。


男の人が笑った。


達夫おじさんも笑った。


「まあ、親戚だ」


「それは分かる」


男の人は、


「覚えてなくても仕方ないよ」


と言って笑いながら離れていった。


私は達夫おじさんを見た。


「誰?」


「だから、今説明しただろ」


「分かんなかった」


「じゃあ、あそこにいる眼鏡の人」


達夫おじさんが指を差す。


「あれがお母さんの従兄弟」


「うん」


「隣がその奥さん」


「うん」


「向こうにいる背の高い人が――」


「ちょっと待って」


「なんだ?」


「もう分かんない」


「まだ三人だぞ」


無理。


みんな黒い服だし。


知らない人ばかりだし。


お母さんの従兄弟とか、おばあちゃんの妹とか、その旦那さんとか。


頭の中で線をつなげようとすると、途中で全部絡まる。


「おじさん」


「ん?」


「名札つけてほしい」


達夫おじさんが私を見た。


「名札?」


「名前と、お母さんとの関係を書いて」


一瞬黙ってから、達夫おじさんが笑った。


「ははっ。それは名案だな」


「でしょ?」


「次の葬式から採用するか」


「次って言わないでよ」


「あ、悪い」


また人が来た。


また知らない人だった。


「瑠璃ちゃん、大きくなったね」


まただ。


私は頭を下げた。


「ありがとうございます」


もうこれで統一することにした。


大きくなったね、と言われたら、ありがとうございます。


覚えてる、と聞かれたら、ちょっと考える。


分からなかったら笑う。


今日はそれで乗り切ろう。


しばらくすると、お坊さんが来た。


みんな席についた。


お経が始まった。


何を言っているのか、全然分からない。


時々、鐘の音がする。


私は正面のお母さんの写真を見ていた。


写真のお母さんは笑っている。


なんで笑ってる写真なんだろう。


いや、泣いている写真を飾る方がおかしいか。


そんなことを考えていた。


順番に前へ出て、焼香をする。


私もおばあちゃんに言われた通りにやった。


ちゃんとできたのかは分からない。


席へ戻る。


また、お経が続く。


どれくらい時間が経ったのか分からなくなったころだった。


入口の方に人が入ってきた。


なんとなくそちらを見る。


黒い服ばかりの中に、見慣れた制服を見つけた。


「ゆみちゃん……」


ゆみちゃんも私を見つけた。


まっすぐこっちへ来る。


「瑠璃」


「来た」


「うん」


それだけだった。


ゆみちゃんは私を抱きしめた。


静かに泣いていた。


私もゆみちゃんを抱きしめた。


涙がこぼれた。


お風呂で泣いた。


もう涙なんて残っていないと思っていた。


でも、出た。


ゆみちゃんの制服をつかんだ。


いつもの制服だった。


毎日見ていた制服。


学校に行けば、当たり前みたいに隣にいるゆみちゃんだった。


それを見たら、急に涙が止まらなくなった。


ゆみちゃんも何も言わなかった。


私も何も言わなかった。


しばらくして、ゆみちゃんが離れた。


目を赤くしていた。


ゆみちゃんはお母さんの前へ行った。


手を合わせた。


それから、そのまま帰った。


入口には、ゆみちゃんのお母さんがいた。


一緒に来ていたらしい。


ゆみちゃんのお母さんが私に頭を下げた。


私も頭を下げた。


ゆみちゃんが振り返る。


私は手を振った。


ゆみちゃんも小さく手を振った。


帰っていった。


また黒い服ばかりになった。


そう思った時だった。


また知った顔があった。


落ち着いた顔つき。


細いメガネ。


長い髪。


「三浦先生……」


担任の三浦先生だった。


先生は受付で記名を終えると、私を見つけて近寄ってきた。


「黒川さん」


「はい」


「大変だったわね」


三浦先生は眉間にしわを寄せて、私を見た。


いつもの学校で見る先生とは少し違って見えた。


「はい……」


私は先生の黒い服を見た。


「先生が来ると思わなかった。……です」


最後に付け足した。


三浦先生が少しだけ笑った。


「何か困りごとがあったら、きちんと言ってくださいね」


「はい」


先生は少し周りを見た。


「お父さんはいらっしゃる? ご挨拶を……」


「父は通夜には来ないそうです」


「そうなの?」


「明日の葬式には来るって、LINEがありました」


「そう」


三浦先生が、ちょっと複雑な顔をした。


なんでそんな顔をしたのかは、よく分からなかった。


私は少し離れたところにいたおじいちゃんを見つけた。


手招きする。


「おじいちゃん」


おじいちゃんが来た。


「担任の三浦先生」


「ああ」


おじいちゃんはすぐに頭を下げた。


「瑠璃がいつもお世話になっています」


深々と頭を下げる。


三浦先生も頭を下げた。


「この度は急なことで、ご心中お察し申し上げます。瑠璃さんのお母様には、心よりお悔やみ申し上げます」


私は横で聞いていた。


なんか、かっこいい。


こんな言葉、私には絶対出てこない。


おじいちゃんも、


「ありがとうございます」


と頭を下げた。


大人ってすごい。


こういう時に言う言葉が、ちゃんとあるらしい。


三浦先生はもう一度私を見た。


「黒川さん」


「はい」


「学校のことは心配しなくていいから」


「はい」


「落ち着いてからでいいです」


私はうなずいた。


先生も焼香をして、帰っていった。


通夜が終わると、親戚だけが残った。


さっきまで椅子が並んでいたところとは別の部屋に、食べ物が用意されていた。


助六。


お寿司。


煮物。


揚げ物。


お茶。


ビール。


大人たちは、


「まあ、一杯」


とか言いながらビールを注いでいる。


私は並んでいる助六を見た。


お腹は空いていた。


空いているけど。


助六か。


達夫おじさんが私の横に来た。


同じように料理を見ていた。


「俺、マックでいいや」


「え?」


達夫おじさんはスマホを出した。


「Uber」


「頼むの?」


「頼む」


普通にアプリを開いている。


私は横からスマホを覗き込んだ。


マックの画面が出ている。


「瑠璃もなんか食う?」


「いいの?」


「食いたいなら」


私は画面を見る。


指で少しスクロールした。


「あ、私これいい?」


「どれ?」


「チキンクリスプ」


「それだけ?」


「ポテトも」


「飲み物は?」


「コーラゼロ」


達夫おじさんが画面を操作する。


「はいはい」


「おじさんは?」


「俺は適当に食う」


注文を確定した。


「こんなところにUber呼ぶ人いる?」


「ここにいる」


「怒られない?」


「誰に?」


私は周りを見る。


おじいちゃん。


おばあちゃん。


親戚。


知らない人。


誰が誰なのか、まだほとんど分からない。


「……分かんない」


達夫おじさんが笑った。


「じゃあ大丈夫だ」


意味が分からない。


でも私も少し笑った。


しばらくして、本当にUberの人が来た。


達夫おじさんが取りに行った。


戻ってきた達夫おじさんが、紙袋を私に渡した。


「ほら」


「ありがとう」


袋を開ける。


ポテトの匂いがした。


知っている匂いだった。


チキンクリスプを出す。


コーラゼロのふたにストローを刺した。


周りでは親戚たちが助六を食べている。


ビールを飲んでいる人もいる。


私はマックを食べた。


おいしかった。


普通においしかった。


お母さんが死んだのに。


私はお腹が空く。


マックを食べれば、おいしいと思う。


コーラを飲めば、いつもの味がする。


それがなんだか変だった。


正面の部屋には、お母さんがいる。


写真のお母さんは笑っている。


私は長いポテトを一本食べた。


明日は葬式。


お父さんが来る。


LINEには、そう書いてあった。

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