第2話 父と母
第2話 父と母
朝、目が覚めた。
知らない天井。
……ではない。
お父さんの家の、
二階の天井だ。
橙色の小さな明かりが、
まだついていた。
枕元のスマホを見る。
九時を少し過ぎている。
「寝すぎた……」
私は布団の上で身体を起こした。
プリキュアの枕が転がっている。
昨日あれだけ文句を言ったのに、
普通にぐっすり寝てしまった。
やっぱり、
嫌いなわけではないのだ。
階段を降りる。
「お父さーん」
返事がない。
和室を覗いてみた。
いない。
トイレにもいない。
「どこ行ったんだろ」
スマホを見ると、
LINEが来ていた。
『チョット出かけてくる。すぐ戻る』
送られてきたのは、
私が寝ている時間だった。
「ふーん」
私は冷蔵庫を開けた。
……何もない。
麦茶。
牛乳。
卵。
それだけ。
「家ではこんな冷蔵庫、
見たことないよ」
思わず呆れた。
何かないかな。
冷蔵庫の上を見ると、
食パンが置いてあった。
牛乳。
卵。
食パン。
「フレンチトーストできるじゃん」
卵を割って、
牛乳を入れる。
そこで気がついた。
「砂糖……」
台所を探す。
ない。
本当にない。
一人暮らしって、
砂糖もないの?
棚を開ける。
調味料の奥に、
瓶が一つあった。
ハチミツ。
しかも未開封。
「あるじゃん」
私は勝手に開けた。
食パンを卵と牛乳に浸して、
フライパンで焼く。
甘い匂いがしてきた。
お皿にのせて、
ハチミツをたっぷりかける。
「いただきます」
一口食べる。
「うん。おいしい」
お父さんの分も作った。
でも、
なかなか帰ってこない。
仕方がないので、
私は先に食べた。
十時を過ぎた頃、
玄関のドアが開いた。
「ただいま」
「おかえり」
お父さんが入ってきた。
「悪い悪い」
「どうかしたの?」
「ちょっとな」
「ふーん」
私はそれ以上聞かなかった。
「フレンチトースト作ったから……」
「あぁ……」
お父さんは、
テーブルの上に置かれた、
冷めたフレンチトーストを見る。
「食べる?」
「食べるよ」
お父さんは台所へ行き、
お湯を沸かした。
マグカップに、
インスタントコーヒーの黒い粉を入れる。
お湯を注ぐと、
黒い液体の上に、
白い湯気が立ち上った。
「ハチミツ、
勝手に開けたよ」
「ああ、それ」
お父さんが瓶を見る。
「もらったんだけど、
使わないんだよね」
「そうなの?」
「持ってく?」
「いやだよ。
重いし」
「だよね」
お父さんは、
コーヒーを一口飲んだ。
私はそのマグカップを見る。
「お父さん、私も……」
お父さんが、
目を丸くした。
「瑠璃には、
まだ早くないか?」
「大丈夫!
牛乳いっぱい入れるから」
私はハチミツの瓶を指さした。
「ハチミツもあるし」
お父さんは苦笑した。
「甘くするなら、
コーヒーじゃなくてもいいんじゃないか?」
「いいの。
飲んでみたいの」
「はいはい」
お父さんは、
私のマグカップにも黒い粉を入れた。
「コーヒーと牛乳、半々?」
「うん」
お湯を半分だけ入れて、
私に渡す。
私は冷蔵庫から、
さっき使った牛乳を出した。
マグカップに注ぐ。
ちょうどいっぱいになった。
「あ」
牛乳パックも、
ちょうど空になった。
「なくなった」
「牛乳パック、
シンクに入れといて」
「はーい」
私はその場から、
空になった牛乳パックを放り投げた。
ぽすっ。
シンクに入った。
「入った」
お父さんが、
コーヒーをすすりながら笑う。
「女の子なのに、
横着いなあ」
「入ったからいいじゃん」
「まあな」
私はコーヒーを飲んでみた。
「……苦い」
「だから言っただろ」
「ハチミツ入れる」
「好きにしなさい」
私はハチミツを入れた。
少し飲む。
「まだ苦い」
「もう牛乳ないぞ」
「お父さんのせいじゃん」
「瑠璃がフレンチトーストに使ったんだろ」
「そっか、お父さんの分を作ったからだよ」
「そっか、じゃないよ。」
お父さんは笑っていた。
午後三時。
お母さんと待ち合わせた。
コメダだ。
私は、
シロノワールとクリームソーダ。
お父さんはコーヒー。
お母さんは紅茶。
「もう夕飯近いのに、
そんなの食べて……」
お母さんが、
シロノワールを見る。
「太るわよ」
「これは別腹だもん」
「別腹でも太るの!」
「大丈夫だよ」
「何が大丈夫なのよ」
お父さんが、
ニヤニヤしながら私を見ている。
「まあ、
太った瑠璃も可愛いと思う」
「お父さん、ヒドイ!」
「褒めたんだけど」
「太る前提じゃん!」
「じゃあ、太らない瑠璃も可愛い」
「そういう問題じゃない!」
お母さんが笑った。
「瑠璃、お父さんに遊ばれてるわよ」
「分かってる!」
私はクリームソーダを飲んだ。
お父さんとお母さんは、
向かい合って座っている。
二人は離婚している。
でも、
こうして二人で話しているところを見ると、
あまりそうは見えない。
話すとき、
ちょっとだけ顔を近づける。
お互いの話を聞いて、
普通に笑う。
「今朝さ」
お父さんが言った。
「鍵なくしたって電話があって、
電話で叩き起こされて大変だったよ」
「ああ。
それで朝いなかったんだ」
私が言うと、
「そうそう」
お父さんはコーヒーを飲んだ。
お母さんは、
少し呆れたように笑う。
「相変わらずね」
「出張費はもらったけどさ。
割に合わない」
「ふふふ。
ご苦労さま」
お母さんは楽しそうだ。
私は、
シロノワールを切りながら二人を見る。
やっぱり、
仲いいじゃん。
もう、
二人再婚すればいいのに。
お父さんと、
お母さんと、
私で一緒に暮らす。
なんか、
良くない?
おじいちゃんとおばあちゃんは、
お父さんのこと嫌いだから、
一緒に住むのは無理だと思う。
でも、
三人なら絶対いい。
私は、
お父さんとお母さんが話しているのを見ていた。
お母さんが笑う。
お父さんも笑う。
どう見ても、
嫌いで別れた二人には見えない。
「もう、お母さん」
「なに?」
「まだ私と面会交流なんだから、
お父さん取らないでよ」
お母さんが、
ふふふ、と笑った。
「取らないわよ」
そして、
お父さんの方へ手を向けた。
「はい……どうぞ!」
「僕はモノか?」
お父さんがおどける。
私たちは、
自然に笑った。
コメダを出ると、
私はお母さんと帰ることになった。
「じゃあな、瑠璃」
「うん」
「忘れ物ない?」
「たぶん」
「プリキュアの枕は?」
「いらない!」
お父さんが笑った。
「好きなくせに」
「もう!」
お母さんまで笑っている。
私は、
お父さんのそばへ寄った。
月に一度の面会交流。
昨日、
学校まで迎えに来てもらって、
びっくりドンキーへ行って、
お父さんの家に泊まった。
今朝は、
勝手に冷蔵庫を開けて、
勝手にハチミツを開けて、
フレンチトーストを作った。
コーヒーも飲んだ。
それだけ。
特別なことなんて、
何もなかった。
でも。
「じゃあね、お父さん」
「おう。またな」
私は手を振った。
お父さんも、
軽く手を上げる。
私はお母さんの隣へ戻った。
やっぱり私は、
お父さんといる時間が好きだ。
私は振り返って、
もう一度手を振った。
お父さん、大好き!




