第1話 面会交流
まえがき
『瑠璃色の生活』を読んでくださりありがとうございます。
この物語は、
普通の女子中学生・黒川瑠璃の日常から始まります。
最初は「私」「お父さん」「お母さん」という呼び方が多いため、
簡単に登場人物をご紹介します。
【黒川 瑠璃】
本作の主人公。
中学3年生。
母・美咲と、母方の祖父母と暮らしています。
成績は良い方。
少しツッコミ気質で、
父には遠慮がありません。
両親は幼い頃に離婚していますが、
父とは月に一度ほど会っています。
【佐伯 透】
瑠璃の父。
美咲とは離婚しており、
瑠璃とは別々に暮らしています。
賃貸マンションの大家。
瑠璃にとっては、
月に一度会う優しいお父さんです。
【黒川 美咲】
瑠璃の母。
透とは離婚しています。
仕事をしながら、
瑠璃を育てています。
忙しく、きちんとした人。
離婚後も透とは普通に話し、
関係は悪くありません。
【おじいちゃん・おばあちゃん】
美咲の両親。
瑠璃は、
母と一緒に祖父母の家で暮らしています。
ただし瑠璃にとっては、
そこがずっと「自分の家」です。
それでは、
第1話
「面会交流」
よろしくお願いします。
第1話 面会交流
私は、月に一度、父と会っていた。
面会交流、というらしい。
私はその言葉が、
あまり好きではなかった。
なんだか、
自分が荷物みたいだからだ。
でも、
お父さんと会うのは嫌いじゃない。
むしろ、
ちょっと楽しみだった。
「瑠璃、今日お父さんのところ泊まるんでしょ?」
朝ごはんを食べていると、
お母さんが言った。
「うん」
「着替え、持った?」
「持った」
「下着は?」
「持ったって」
「歯ブラシ」
「ある」
「本当に?」
「お父さんの家にもあるよ」
「あ、そうだった」
お母さんは、
私のお弁当箱の蓋を閉めた。
朝のお母さんは忙しい。
私のお弁当を作って、
朝ごはんを用意して、
その間に自分の支度もする。
さっきまでエプロンをしていたのに、
いつの間にか化粧まで終わっている。
「今日、学校まで迎えに来るの?」
「そう言ってた」
「じゃあ、お父さんによろしく」
「自分で言えば?」
「なんで?」
「知らない」
お母さんは少し笑った。
「変な子」
「お母さんが言ったんじゃん」
「はいはい」
バッグを持って、
時計を見る。
「あ、もうこんな時間」
「いってらっしゃい」
「行ってきます」
お母さんは慌ただしく、
家を出ていった。
私の家は、
お母さんの実家だった。
おじいちゃんと、
おばあちゃんがいる。
私の部屋もある。
机も、
ベッドもある。
だから私は、
ここをおじいちゃんとおばあちゃんの家だとは、
あまり思っていなかった。
ここは、
私の家だった。
「瑠璃ちゃん、遅れるよ」
おばあちゃんが言った。
時計を見る。
「やばっ!」
私は残っていた味噌汁を飲み干した。
放課後。
ゆみちゃんと話しながら、
校門を出た。
「あ、じゃあ私こっち」
「うん。また月曜日」
「バイバイ」
「バイバイ!」
ゆみちゃんと別れる。
少し先に、
お父さんが立っていた。
私は、
お父さんのところへ駆けていった。
「お待たせ」
「今来たところ」
お父さんが、
ゆみちゃんの方を見る。
「友達?」
「うん。ゆみちゃん。
クラスで仲がいいの」
「そうか」
駐車場には、
見慣れた黒のステップワゴンが停まっていた。
私は助手席に乗る。
シートベルトを締めると、
お父さんがエンジンをかけた。
「ちょっと早いけど、
夕飯でいいか?」
「お腹ペコペコ」
「成長期だからな」
「そうなの?」
「たぶん」
「適当」
お父さんは笑った。
「どこがいい?」
「びっくりドンキー!」
「お父さんも、
びくドンと思ってた」
私はお父さんを見る。
「お父さんだけだからね。
びっくりドンキーを
びくドンって略すの」
わざと呆れた顔をした。
「そうか?」
「そうだよ」
「みんな言うだろ」
「言わない」
「言うって」
「言いません」
「じゃあ、びくドン行くか」
「びっくりドンキー!」
お父さんは、
ハッハッハと笑った。
店に入って、
メニューを開く。
でも、
頼むものは決まっていた。
「フォンデュ風チーズバーグディッシュ」
「瑠璃、いつもそればかりだな」
お父さんが軽く笑う。
「お父さんだって、
カレーのやつばっかじゃん!」
「これはだな」
お父さんが、
少し得意そうな顔をした。
「夢の組み合わせなんだ!」
「何が?」
「僕はカレー。
私はハンバーグって」
「……なにそれ」
「子供の好きな食べ物の、
夢の組み合わせ」
私は、
お父さんの顔を見た。
「……お父さん、
オトナじゃん」
「大人だって、
好きなものは変わらんだろ」
「子供じゃないんだから」
「瑠璃だって、
いつも同じハンバーグじゃないか」
「これはいいの」
「何が違うんだ」
「全然違う」
「そうですか」
「そうです」
しばらくして、
料理が運ばれてきた。
私はチーズのかかったハンバーグを切る。
お父さんは、
嬉しそうにカレーとハンバーグを食べている。
夢の組み合わせ。
私はもう一度、
お父さんを見た。
やっぱり、
ちょっと子供っぽい。
ご飯を食べると、
お父さんの家へ行った。
といっても、
やることは特にない。
テレビを見たり、
スマホをいじったり。
ソファに寝そべったりするだけだ。
お父さんはというと、
お風呂を洗っている。
私はソファに寝転がって、
スマホを見ていた。
しばらくすると、
ピーピー。
音がした。
湯船にお湯が張られたらしい。
お父さんが台所へ戻ってきた。
冷蔵庫を開けて、
麦茶を出す。
「私が先でいい?」
私はソファから聞いた。
お父さんは、
麦茶をコップに注ぎながら答えた。
「いいよ」
「じゃあ入る」
「はい」
私は起き上がった。
こういうところは、
昔からあまり変わらない。
お父さんの家に来て、
ご飯を食べて、
テレビを見て、
お風呂に入る。
何か特別なことをするわけでもない。
ただ、
ここで過ごす。
お風呂から上がって、
しばらくテレビを見ていた。
夜も遅くなってきた。
「そろそろ寝るか?」
「うん」
お父さんが、
二階で使う布団を出してくれた。
私は枕を見る。
プリキュア。
小さい頃から使っている、
私のお泊まり用の枕だった。
「お父さん」
「ん?」
「これ、
そろそろ変えてよ」
「なんで?」
「なんでって……」
私は枕を指さした。
「プリキュアだよ」
「瑠璃、
プリキュア好きだったじゃないか?」
「そうだけど、
私、中三だよ」
「中三でも、
好きなもんは変わらんだろ」
「変わるよ」
お父さんは少し考えた。
「お父さん、
オトナだけどガンダム好きだよ」
私は吹き出した。
「それと一緒にしないでよ」
「一緒だろ」
「違うって」
「何が違うんだ?」
「知らないけど違うの!」
お父さんは笑っている。
私は、
プリキュアの枕を抱えた。
別に、
嫌いになったわけじゃない。
今見ても、
ちょっとかわいいと思う。
ただ。
中学三年生にもなって、
プリキュアの枕で寝ているのが、
ちょっと子供っぽくて恥ずかしいだけなのだ。
お父さんが言った。
「お父さんと寝るか?」
私は振り返った。
「私、十五だよ。
いやらしい!」
「ハッハッハ!」
お父さんが笑う。
「笑いごとじゃない!」
「昔は一緒に寝てたじゃないか」
「昔でしょ!」
「はいはい」
「もう!」
私は布団と枕を持って、
階段へ向かった。
二階には、
ベッドはない。
空いている部屋に、
布団を敷いて寝る。
お父さんは、
一階の和室で寝る。
階段を上りながら、
振り返った。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
お父さんも、
自分の部屋へ入っていった。
私は布団に転がった。
Wi-Fiはあるので、
スマホで動画を見る。
一本だけ。
そう思っていたのに、
次の動画を見て、
その次も見た。
横になったまま、
スマホを顔の上に持ち上げる。
その時。
手が滑った。
ゴン。
「痛っ!」
スマホが、
思いっきり顔に落ちてきた。
鼻を押さえる。
「……もう」
私はスマホを横に置いた。
仰向けになる。
床に布団を敷いて寝ると、
天井が遠い。
家のベッドとは、
ずいぶん違う。
私は天井を眺めた。
しばらくして、
枕元の長い紐に手を伸ばした。
カチッ。
丸い蛍光灯が一本消える。
もう一度引く。
カチッ。
もう一本も消えた。
部屋が、
小さな橙色の明かりだけになる。
私は布団に戻った。
プリキュアの枕に、
頭を乗せる。
「なんか、
これって落ち着くよね」
独り言を言った。
スマホで音楽をかける。
音を小さくする。
目を閉じた。
面会交流。
やっぱり、
変な言葉だと思う。
今日は、
お父さんとご飯を食べて、
お父さんの家でダラダラして、
お風呂に入って、
いつもの布団で寝る。
それだけだ。
私は小さく流れる音楽を聞きながら、
だんだん眠くなっていった。
いつの間にか、
そのまま眠っていた。




