第7話 自爆装置を止めようとしたら、裏切り者の全財産まで取り戻した
第7話 自爆装置を止めようとしたら、裏切り者の全財産まで取り戻した
要塞爆発まで、残り二十八分。
俺たちを乗せた強襲艇は、宇宙要塞の内部へ突入した。
外には、最終戦闘形態となった《アルバトロス・レイヴン》が待機している。
ゼロイチ、ゼロニ、ゼロサンの三体は艦内に残り、無力化した四十九隻の敵艦と要塞周辺を監視していた。
俺の脳内データは強襲艇のコンピュータへ接続済み。
要塞内に投影装置さえあれば、どこへでもホログラムとして現れられる。
乗り込んだのは、レオ、老人五人、マリア。
総勢七人と、死んだ父親一人。
対する敵は、要塞内に残った戦闘員約千二百名。
しかも、二十八分以内に中枢炉の自爆を止めなければならない。
どう考えても、時間が足りない。
「全員、俺についてこい!」
強襲艇の扉が開くと同時に、レオが飛び出した。
「船長である俺が先頭に立つ!」
珍しく勇敢だ。
俺は少しだけ感心した。
レオは要塞内の通路を走り、最初の分岐を右へ曲がった。
老人五人とマリアは、左へ進んだ。
俺はレオを追いかけた。
「どこへ行く!」
「中枢だ!」
「そっちは便所だ!」
レオは通路の表示を見上げた。
《乗員用衛生区画》
無言で引き返す。
「敵を油断させるための陽動だ」
「敵が来る前に一人で迷っただけだ!」
結局、レオは老人五人の最後尾へついた。
「船長は後ろから全体を把握するものだからな」
「先頭に立つ宣言はどうした!」
「状況に応じて作戦を変更した」
「十二秒で格好いい台詞を撤回するな!」
◇
『自爆マデ、二十六分三十秒』
ゼロイチの通信が届く。
要塞中枢へ向かう最短経路は、分厚い隔壁で封鎖されていた。
その手前には、重装備の兵士が百人。
自動砲台、戦闘用アンドロイド、無人攻撃機まで配置されている。
「ここは俺に任せろ」
レオが光線銃を抜いた。
俺は銃口を見た。
安全装置がかかったままだ。
「まず安全装置を外せ」
「これは敵を油断させるためだ」
「お前の油断だ!」
敵兵たちが一斉に銃を構える。
「撃て!」
無数の光線が通路を埋め尽くした。
ジン爺さんがレオの襟首をつかみ、後方へ放り投げる。
レオはマリアの足元へ転がった。
「何をする!」
「若様がいると、動きづらいので」
ジン爺さんが静かに刀を抜いた。
刀身は光を反射せず、黒いまま。
次の瞬間、その姿が消えた。
敵兵たちの間を、黒い影が駆け抜ける。
銃を持つ腕。
戦闘服の関節。
武器の電源部。
すべてを刀の峰で正確に打ち抜いていく。
斬られた者はいない。
だが一人として、立っていられる者もいなかった。
わずか十秒。
前列の三十人が床へ倒れる。
後列の兵士が携帯砲を発射した。
「グラン」
俺が呼ぶより先に、グラン爺さんの携帯砲が火を噴いた。
小さな光弾が、敵の砲弾へ正面から命中。
爆発させることなく推進部だけを破壊し、床へ落とす。
二発目。
天井の自動砲台を破壊。
三発目。
戦闘用アンドロイドの制御装置だけを貫く。
四発目から十発目まで、発射音は一つにしか聞こえなかった。
十七台の無人兵器が、一斉に停止する。
「ボル爺さん!」
レオが叫ぶ。
「右の通路から増援だ!」
ボル爺さんは目を閉じたまま首を振る。
「右ではありませんな」
「足音が聞こえるぞ」
「壁の中です」
その直後、左側の壁が爆発した。
隠し通路から、五十人の兵士が飛び出す。
「なぜ分かった?」
「呼吸がうるさかったので」
多次元音響解析装置は、分厚い装甲壁の奥にいる兵士の呼吸まで拾っていた。
ボル爺さんが杖で床を二度叩く。
「三秒後、上の配管を撃ってくだされ」
「承知した」
グラン爺さんが天井を射撃。
配管が破裂し、大量の冷却剤が降り注ぐ。
増援部隊の戦闘服が凍結。
全員が立ったまま動けなくなった。
メッケル爺さんは、その間に要塞の防衛システムへ侵入していた。
「古いのう。この要塞、わしが若いころに組んだ暗号をまだ使っておる」
「親父の要塞だからな」
レオが言う。
「お前は暗号を変えなかったのか?」
「俺が生きている間は、誰も侵入できなかった」
「つまり親父の怠慢だな」
「お前にだけは言われたくない!」
メッケル爺さんが端末を操作する。
敵の自動砲台が一斉に反転し、残る兵士たちへ照準を合わせた。
『武器を捨ててください』
要塞内の放送装置から、老人の穏やかな声が流れる。
『次は当てますぞ』
兵士たちは迷わず武器を捨てた。
レオが立ち上がり、服についた埃を払う。
「俺の指揮で、最初の防衛線を突破したな」
「お前は投げ飛ばされていただけだ!」
「俺が後方で敵の注意を引いた」
「誰も見ていなかった!」
倒れた敵兵の一人が苦しそうに呻いた。
老師ホウが駆け寄る。
戦闘服を脱がせ、傷口を確認。
「肋骨が三本。内臓に軽い損傷。大丈夫、五分で治る」
「五分で?」
老師ホウの手が、目で追えない速度で動く。
麻酔。
止血。
骨の固定。
臓器修復用ナノマシンの注入。
注射器を持つ手だけは震えていた。
「注射が怖いのでは?」
負傷兵が尋ねる。
「怖いとも」
老師ホウは震えながら、針を一ミリもずらさず血管へ刺した。
「じゃが、患者を死なせるほうが怖い」
治療を受けた兵士は、老師ホウと周囲の老人たちを見た。
「あなたたちは……本当に何者なんだ?」
レオが割り込む。
「俺が選び抜いた精鋭だ」
「全員、俺が残した仲間だ!」
◇
『自爆マデ、二十一分』
俺たちは要塞の金庫区画へ到着した。
巨大な扉の前には、戦闘員三百人が立ちはだかっている。
だが様子がおかしい。
武器は持っているものの、戦う気力が感じられない。
マリアが前へ出た。
「あなたたち、三か月も給料をもらっていないね?」
兵士たちがざわめく。
「なぜ知っている?」
「給与管理システムを見たからだよ」
マリアの端末には、要塞の会計帳簿が表示されている。
ドラクは奪った財産を隠すため、部下への給与を止めていた。
その一方で、自分の個人口座へ莫大な資金を移している。
「未払い給与、危険手当、残業代」
マリアが数字を読み上げる。
「全部合わせて、四千二百万クレジットだね」
兵士たちの顔が変わる。
「この場で全額払ってあげるよ」
「本当か?」
「ただし、武器を置いて投降すること」
隊長らしき男が迷う。
「裏切れば、ドラク様に殺される」
「そのドラクさんは、あなたたちを要塞の自爆に巻き込もうとしているよ」
マリアが中枢炉の状態を表示する。
兵士たちが息をのんだ。
自爆命令は伏せられていたらしい。
「さあ、どうする?」
三百人が、ほぼ同時に武器を置いた。
マリアは端末を操作し、その場で全員へ未払い給与を送金する。
「着金した!」
「本当に払われたぞ!」
「残業代まで入っている!」
「マリア会長、万歳!」
一部の兵士が叫んだ。
レオが首をかしげる。
「会長?」
マリアは笑顔で振り返った。
「町内会の会長をしていたことがあるんだよ」
「なるほど」
納得するな!
「どうやら俺の人望で、三百人が寝返ったようだな」
「給与の力だよ」
「船長への忠誠心は、給与から始まる」
「妙に現実的なことを言うな!」
金庫の扉が開く。
内部には、奪われたクレジット、宝石、武器、美術品、機密データが山のように保管されていた。
マリアは帳簿と現物を照合していく。
「足りないね」
「何が?」
レオが尋ねる。
「あなたのお父さんから盗んだもの以外に、ドラクさんが別の場所から横領した財産がある」
隠し口座。
架空取引。
無断で売却した鉱山権。
ドラクは裏切った仲間たちからも資金を盗んでいた。
合計、三十二億クレジット。
「それも俺のものか?」
レオが目を輝かせる。
「違うよ。元の持ち主へ返す」
「少しくらい――」
マリアが睨む。
「返します」
レオが即答した。
金庫の最深部。
厳重に封印された箱の中から、《黒き彗星》海賊団の船長権限原本が見つかった。
さらに、その隣には一本の酒瓶。
俺の葬儀でガンツが持ち帰った、百年物の銀河ウイスキーだ。
レオが酒瓶を抱き締める。
「ついに取り戻した!」
「船長権限原本より、そちらが大事なのか!」
「これは親父の形見だ」
俺は言葉を止めた。
そう言われると、怒りづらい。
「飲むなよ」
「今夜、勝利の祝いで開ける」
「やはり返せ!」
◇
『自爆マデ、十四分』
要塞中枢へ続く最後の隔壁が開いた。
その向こうは、巨大な中枢炉制御室。
中央には、赤く発光する暴走炉。
その手前で、ドラクが待っていた。
全身を覆う黒い強化戦闘装甲。
身長は三メートルを超え、両腕には大型光線砲。
背後には、最後まで従った幹部百人と、旗艦へ続く脱出路がある。
「来たか、レオ」
「待たせたな」
「お前が中枢へ到達できたのは、老人たちの力だ」
「つまり、俺の人選が正しかった」
「だから全員、俺が選んだんだ!」
ドラクが俺のホログラムを見る。
「ガルド船長。なぜ、こんな無能な息子へすべてを託したのです」
「親だからだ」
俺は答えた。
「親というものは、息子が無能だからといって捨てられない」
「無能ではない!」
「今は大事な話をしている。黙っていろ」
「俺の評価の話だぞ!」
ドラクは拳を握った。
「俺はあなたに四十年仕えた! 艦隊を率い、何度も勝利した! それなのに、すべてを何もできない息子へ渡した!」
「だから裏切ったのか?」
「俺のほうが後継者にふさわしい!」
「それを決めるのは、お前ではない」
「ならば力で証明する!」
ドラクが床を蹴った。
巨体とは思えない速度で、レオへ突進する。
「若様!」
ジン爺さんが前へ出ようとする。
だがレオは右手を上げた。
「待て」
珍しく自分で戦うつもりか。
レオは光線銃を抜き、ドラクへ向けた。
今度は安全装置も外れている。
少しは成長したらしい。
「ドラク。俺の仲間を侮辱したことを後悔させてやる」
「死ね!」
レオが引き金を引いた。
何も出ない。
「なぜだ?」
「充電していないからだ!」
「安全装置は外したぞ!」
「一つ覚えて一つ忘れるな!」
ドラクの拳が迫る。
レオは後ろへ逃げようとした。
その足が、床から突き出していた非常停止レバーに引っかかる。
「うわっ!」
レオが転倒。
レバーが倒れる。
中枢炉の緊急冷却装置が作動した。
天井の配管から、大量の極低温冷却剤が噴き出す。
レオの頭上を通り過ぎ、突進してきたドラクへ直撃。
強化戦闘装甲が一瞬で凍りついた。
「動けん!」
ドラクが立ったまま停止する。
レオは床から立ち上がり、何事もなかったように服を整えた。
「狙いどおりだ」
「転んだだけだ!」
「敵を冷却剤の射線へ誘導した」
「レバーの存在すら知らなかっただろ!」
「細かいことにこだわるな、親父」
ジン爺さんの刀が走る。
ドラクの強化装甲、その関節部だけを切断。
グラン爺さんの携帯砲が両腕の兵器を破壊。
メッケル爺さんが装甲の制御系統を乗っ取る。
巨大な戦闘装甲が強制解除され、ドラクが床へ転がった。
残る幹部百人は、老人五人の姿を見て武器を捨てた。
ガンツが最初に両手を上げている。
お前は正しい。
あの老人たちへ二度も挑むのは、勇気ではなく愚かさだ。
レオが倒れたドラクを見下ろす。
「勝負あったな」
ドラクは床を拳で叩いた。
「なぜだ……」
「何だ?」
「なぜ、お前のような無能に俺が負ける!」
レオは少し考えた。
そして老人五人、マリア、俺のホログラムを見回した。
「船長の強さは、自分一人で戦うことじゃない」
俺は黙って聞いた。
「最高の仲間を率い、その力を引き出すことだ」
初めてまともなことを言った。
こいつなりに、少しは成長したのかもしれない。
「そして、その最高の仲間を見抜いた俺が一番すごい」
「全員、俺が残した仲間だ!」
成長は錯覚だった。
◇
『自爆マデ、八分』
ドラクを拘束したが、中枢炉の暴走は止まっていない。
制御卓には、二つの大きなボタンがあった。
赤いボタン。
《自爆停止》
青いボタン。
《中枢炉強制排出》
「赤だ」
俺は言った。
「表示どおりなら、自爆停止を押せばいい」
メッケル爺さんが制御回路を調べる。
「待ってくだされ。内部に不自然な迂回回路が――」
レオの指は、すでに青いボタンを押していた。
《中枢炉強制排出、開始》
「なぜ青を押した!」
「いやいや、だってさ。赤いボタンは危険そうだろ?」
「自爆停止と書いてあった!」
「ドラクが素直に止められるボタンを用意すると思うか?」
俺は言葉に詰まった。
珍しく筋が通っている。
「本当の理由は?」
「青のほうがきれいだった」
やはり何も考えていない。
メッケル爺さんが赤いボタンの回路を解析した。
「ガルド船長。赤を押していたら、自爆時間がゼロになっておりましたぞ」
ドラクが逆作動の罠を仕掛けていた。
青いボタンが唯一の正解だった。
「見たか、親父」
レオが胸を張る。
「これが船長の判断力だ」
「色で選んだだけだ!」
要塞全体が激しく揺れる。
暴走した中枢炉が、巨大な隔離容器ごと要塞下部から切り離された。
赤く輝く炉が宇宙空間へ放出される。
『中枢炉排出ヲ確認』
ゼロイチから通信が入る。
『遠隔ワープフィールド、展開』
《アルバトロス・レイヴン》が空間を操作。
暴走炉の周囲に、青白い光が生まれる。
次の瞬間、中枢炉は無人宙域へ転送された。
数秒後。
はるか彼方で、小さな恒星のような爆発が起きる。
衝撃波は、こちらへ届かない。
『要塞自爆、回避』
『残リ時間、〇』
艦内の赤い警報灯が消えた。
静寂が戻る。
俺は大きく息を吐こうとした。
ホログラムなので、呼吸は必要ない。
それでも、そうせずにはいられなかった。
終わった。
◇
ドラク以下、主要な裏切り者は全員拘束。
旗艦も要塞内で無傷のまま確保。
無力化した四十九隻の艦艇。
宇宙要塞。
奪われたクレジット、財宝、武器、補給物資。
鉱山惑星の権利書。
秘密金庫。
《黒き彗星》海賊団の船長権限原本。
そして、葬式から盗まれた百年物の酒。
すべてを取り戻した。
脅されてドラクへ従っていた者や、事情を知らされていなかった一般乗員は、マリアの監督下で再雇用審査を受けることになった。
積極的に反逆へ加わった者は、要塞の拘禁区画へ収容。
誰一人、逃げていない。
完全勝利だった。
要塞の中央広場に、元《黒き彗星》の乗組員たちが集まった。
レオが壇上へ立つ。
俺は、その隣にホログラムで現れた。
五人の老人。
マリア。
通信画面の中には、ゼロイチ、ゼロニ、ゼロサン。
全員がレオを見ている。
「諸君」
レオが語り始めた。
「裏切り者との戦いは終わった」
広場から歓声が上がる。
「奪われた艦隊も、要塞も、財産も取り戻した」
再び歓声。
「この勝利は、俺一人の力によるものではない」
俺は驚いた。
ようやく周囲の功績を認める気になったのか。
「爺さんたち」
老人五人がレオを見る。
「マリアおばちゃん」
マリアが微笑む。
「アンドロイド三体。そして親父」
俺も息子を見た。
「お前たちが、俺の命令どおりに働いた結果だ」
「結局、自分の手柄にするのか!」
「いやいや、だってさ。船長がいなければ、誰が命令するんだ?」
「お前の命令は、ほとんど無視されていた!」
「正しい判断ができる部下を選ぶのも、船長の仕事だ」
「だから俺が選んだ!」
歓声の中に、老人たちの笑い声が混じる。
腹は立つ。
だがレオは、仲間を見捨てなかった。
財産よりも、乗組員の命を優先した。
自分では何もできないくせに、最後まで逃げなかった。
いや、何度か逃げようとはした。
それでも、最後には立っていた。
少しくらいは、成長したのかもしれない。
「親父」
レオが振り返る。
「俺も、一人前に近づいたと思わないか?」
俺は答えようとした。
そのとき、レオが広場全体へ新たな命令を発表した。
「戦勝を記念し、取り戻した艦隊の名称を変更する!」
嫌な予感がした。
「旗艦を《レオ一号》」
「待て」
「戦艦十二隻を《レオ二号》から《レオ十三号》」
「待てと言っている!」
「残る艦艇も、すべて《レオ五十号》まで改名する!」
「全部同じ名前にするな!」
「さらに船体へ、俺の顔を大きく塗装する!」
乗組員たちの歓声が止まった。
マリアが頭を抱える。
老人五人が一斉に目をそらす。
ゼロイチたちは、艦名変更命令を拒否した。
俺は声の限り叫んだ。
「前言撤回だ! お前は何一つ成長していない!」
こうして俺たちは、裏切り者を叩き潰し、奪われたものを完全に取り戻した。
だが俺の戦いは、まだ終わっていない。
艦隊五十隻へ息子の顔が描かれる前に、何としても止めなければならない。
宇宙要塞の自爆を止めるより、そちらのほうが難しい気がした。
第8話へ続く




