第5話 裏切り者は、五十隻も並べてボロ船一隻を笑った
第5話 裏切り者は、五十隻も並べてボロ船一隻を笑った
人間は、自分より弱い者を見つけると安心する。
自分より貧しい者。
自分より愚かな者。
自分より弱そうな者。
そういう相手を見下すことで、自分が強くなったような気分になれるからだ。
その点、俺の息子レオは非常に優秀だった。
なにしろ、初対面の相手へ安心感を与えることにかけては、銀河一だった。
◇
宇宙要塞。
全長四十キロメートル。
百二十門の要塞砲と、四千人の戦闘員を収容する巨大軍事拠点。
その周囲には、俺がかつて率いていた《黒き彗星》海賊団の艦艇五十隻が展開していた。
戦艦十二隻。
巡洋艦十八隻。
駆逐艦十五隻。
補給艦五隻。
どの艦にも、俺が生前に定めた黒い彗星の紋章が残されている。
本来ならレオが受け継ぐはずだった艦隊だ。
その五十隻が今、一斉に《アルバトロス号》へ砲口を向けている。
対するこちらは、一隻。
外見は装甲の剥がれた老朽駆逐艦。
艦橋にいるのは、無自覚なポンコツ船長一人。
ヨボヨボに見える老人五人。
花柄のエプロンをつけたおばちゃん一人。
旧式にしか見えないアンドロイド三体。
そして、死んだ父親のホログラム。
戦力差は、誰の目にも明らかだった。
ただし、見た目だけなら。
『銀河最強の海賊船長、レオ・レイヴンが来たぞ!』
レオの名乗りに対し、要塞から何百人もの笑い声が返ってきた。
『銀河最強だと?』
『艦隊を全部奪われたくせに!』
『見ろよ、あの船。外装が剥がれているぞ!』
『乗っているのは老人ばかりだ!』
『コックのおばちゃんまで艦橋にいるぞ!』
マリアの眉が動いた。
俺は知っている。
あの表情は危険だ。
銀河最大企業の会長を「コックのおばちゃん」と笑った者たちは、自分が勤める会社の親会社も、家に加入している保険も、昨日食べた保存食も、すべてマリアの企業グループが関係していると知らない。
彼らの社会生活は、いま終わったかもしれない。
「ずいぶん歓迎されているな」
レオは満足そうに腕を組んだ。
「完全に馬鹿にされている!」
俺は即座に訂正した。
「いやいや、だってさ。敵が笑っている間は撃ってこないだろ?」
「それはそうだが」
「つまり、俺は名乗りだけで攻撃を止めた」
「お前は失笑を戦術に数えるのか!」
艦橋の大型モニターが切り替わる。
敵旗艦の司令室が映った。
中央に立つのは、岩石種族の大男。
元副船長、ドラク。
俺が死んだ途端に反旗を翻し、艦隊と財産の九割を奪って逃げた男だ。
その背後には、バルガスをはじめとする旧幹部たちが並んでいる。
白兵戦部隊長ガンツの姿もあった。
第4話で老人たちに叩きのめされた傷が、まだ顔に残っている。
俺と目が合うと、ガンツは露骨に視線をそらした。
「久しぶりだな、レオ」
ドラクの低い声が艦橋に響いた。
「父親の船にしがみつき、ずいぶん遠くまで逃げたようだ」
「逃げたんじゃない。目覚まし時計を押したら、二千四百万光年ほど飛んだだけだ」
「余計なことを言うな!」
敵艦隊から再び笑い声が上がる。
ドラクだけは笑わなかった。
「ふざけるのもそこまでだ。その船にワープレベル七の超高速エンジンが搭載されていることは分かっている」
「さすがだな」
レオが感心したようにうなずく。
「俺は昨日知ったばかりだ」
「本人が一番遅い!」
ドラクはレオではなく、《アルバトロス号》を警戒していた。
当然だ。
レオ本人はどう見ても無能だが、俺の遺した船と技術は危険。
さらに正体不明の大艦隊を呼び出したという報告も受けている。
だから五十隻もの艦隊を集め、要塞へ籠もったのだ。
「認めよう」
ドラクが言った。
「ガルド船長が遺した技術は、我々の予想を超えていた」
レオが胸を張る。
「俺の実力もな」
「それは超えていない」
「即答するな」
「お前自身に価値はない」
ドラクは冷たく言い放った。
「我々が欲しいのは、その船とエンジンだ」
「なるほど。親父の遺産の中で、一番価値のあるものを見落としているな」
「何だ?」
レオは自分の胸へ親指を向けた。
「俺だ」
俺はメインコンピュータ内で、息子の資産価値を計算した。
訓練費。
食費。
壊した小型艇。
誤発射したミサイル。
これまでの損害を差し引くと、かなりの債務超過だった。
「そこだけは再査定させろ」
「親父まで何を言っている!」
ドラクがため息をつく。
「船を引き渡せ。エンジンの制御情報と船長権限も渡してもらう」
「断る」
「まだ条件をすべて伝えていない」
「聞く必要がない」
レオは船長席へ腰を下ろした。
珍しく、迷いがなかった。
ドラクの岩の眉が動く。
「老人たちとアンドロイドは不要だ。船を受け取ったあと、宇宙へ放逐する」
グラン爺さんが新聞から顔を上げる。
ジン爺さんの手が刀へ伸びる。
ゼロイチたち三体の目が赤く光った。
「コックの女だけは残してもいい」
「何だと?」
マリアの声が低くなった。
ドラクは自分が最後の一線を踏み越えたことに気づいていない。
「艦隊には料理人が必要だからな」
「マリアおばちゃんは、お前たちには渡さない」
レオが立ち上がった。
「爺さんたちも、アンドロイドもだ。こいつらは俺の仲間だ」
「その役立たずどもが?」
「役立たずではない」
俺は少し驚いた。
第1話では、本人が「ポンコツの寄せ集め」と言っていた。
だが老人たちの戦いを見た。
アンドロイドの性能を知った。
マリアの料理を食べた。
レオなりに、仲間への見方は変わったらしい。
「こいつらは、少しくらい役に立つ」
前言撤回。
褒め方が下手すぎる。
老人五人が一斉にレオを睨む。
「もっと別の言い方があるだろ!」
俺が叫ぶ。
「いやいや、だってさ。褒めすぎると調子に乗るだろ?」
「お前だけには言われたくない!」
ドラクが笑った。
「交渉決裂だな」
「最初から交渉になっていない」
「ならば、力の差を教えてやる」
ドラクが右手を上げた。
その瞬間、五十隻の艦隊が一斉に動き始める。
《アルバトロス号》を中心に、球状の包囲陣を形成。
上下左右、あらゆる方向を戦艦と巡洋艦が塞いでいく。
さらに要塞全体から青白い波動が広がった。
『警告』
ゼロイチが報告する。
『広域空間固定フィールドヲ検出』
『ワープ航行不能』
レオが赤いボタンを押す。
何も起こらない。
もう一度押す。
やはり反応しない。
三回目。
「連打するな!」
俺は止めた。
「故障か?」
『故障デハアリマセン』
ゼロサンが答える。
『周辺空間ガ固定サレテイマス』
「つまり?」
『逃走不能デス』
ドラクの笑い声が届く。
「お前が逃げることは予想していた」
「俺は逃げない」
「さっきからワープボタンを連打しているではないか」
「動作確認だ」
言い訳が苦しい。
俺は周辺の配置を分析した。
敵艦五十隻。
要塞砲百二十門。
空間固定フィールドによってワープ不能。
さらに量子通信妨害まで展開されている。
外部への通信も届かない。
マリアが端末を操作したが、私兵艦隊を呼び出すことはできなかった。
「困ったねえ」
口ではそう言いながら、まったく困った顔をしていない。
端末に保存された敵艦隊の所属企業や補給契約を確認している。
「ドラクさんの艦隊、燃料も食料も、うちの系列会社から買っているじゃないか」
「今それが何の役に立つ?」
俺が尋ねる。
「とりあえず全契約を止めておいたよ」
数秒後。
敵艦隊の複数の艦で、燃料残量を知らせる警告が点灯した。
「通信を妨害されているのでは?」
「契約停止命令は、商品に直接入るんだよ」
恐ろしい会社だ。
ドラク側では、補給担当者が混乱している。
『燃料供給契約が突然失効しました!』
『食料自動発注も停止!』
『医療保険まで解約されています!』
『住宅ローンの優遇金利も取り消されました!』
「なぜだ!」
ドラクが叫ぶ。
レオは鼻で笑った。
「俺を敵に回したと知り、業者が恐れたんだろう」
違う。
お前の後ろにいるおばちゃんを敵に回したからだ。
◇
『敵要塞砲、照準固定』
ゼロイチが告げる。
『警告射撃ガ来マス』
「警告射撃なら当たらないだろ?」
レオが言った。
「警告とは、外すという意味ではない!」
要塞砲の一門が火を噴いた。
巨大な光線が《アルバトロス号》の左舷へ迫る。
『回避方向ノ指示ヲ』
ゼロイチが求める。
レオは右手を上げた。
「左へ回避!」
俺は軌道を見た。
左へ逃げれば直撃する。
「右だ!」
『船長命令ヲ補正。右ヘ回避』
ゼロイチが即座に操船。
《アルバトロス号》は横滑りするように移動し、光線を紙一重でかわした。
「なぜ俺の命令を逆にした?」
『生存ノタメデス』
「俺の指示を信用しろ」
『拒否シマス』
光線は《アルバトロス号》の背後を通過し、包囲陣を組んでいた巡洋艦のすぐ脇をかすめた。
巡洋艦が慌てて回避。
隣の駆逐艦と衝突する。
二隻が回転し、さらに三隻の進路を塞いだ。
敵艦隊の整然とした包囲網に穴が開く。
「見たか」
レオが腕を組んだ。
「敵の砲撃を利用し、陣形を崩した」
「お前は反対へ逃げろと言った!」
「船長の命令には、部下が考える余地も含まれている」
「間違いを部下の自主性に変換するな!」
ドラクが通信画面で歯ぎしりする。
「相変わらず悪運だけは強いようだな」
「運も実力のうちだ」
そこだけは認める。
こいつの悪運は、もはや戦略兵器だ。
「全艦、空間固定フィールドを最大出力へ!」
ドラクが命じる。
艦隊中央に、一隻だけ異なる形状の巡洋艦が浮かんでいる。
船体には、けばけばしい赤い旗の紋章。
レオがそれを指さした。
「親父。あの船、趣味が悪いな」
「今は敵艦の装飾を批評している場合ではない」
「グラン爺さん。あれを撃て」
「理由を伺っても?」
「旗が気に入らない」
グラン爺さんは片目を閉じた。
「承知しました」
「承知するな!」
だが、俺は敵艦の出力波形を見て気づいた。
レオが指さした巡洋艦こそ、空間固定フィールドの制御艦だった。
本人は何も分かっていない。
ただ旗の模様が気に入らなかっただけ。
それでも、結果として正解を引き当てた。
「主砲、出力二パーセント」
グラン爺さんが照準を合わせる。
「弱点だけを抜く」
《アルバトロス号》の主砲が火を噴いた。
細い光線が敵艦隊の隙間を通り抜ける。
距離十五万キロメートル。
二隻の戦艦。
四隻の巡洋艦。
回転する駆逐艦。
それらの間を縫い、赤い旗を掲げた制御艦の発生装置だけを撃ち抜いた。
爆発。
青白い波動が消える。
『空間固定フィールド、消失』
ゼロイチが報告した。
敵艦隊に動揺が走る。
「まさか、一瞬で制御艦を見抜いただと?」
ドラクの表情が変わる。
レオは当然のようにうなずいた。
「俺の目はごまかせない」
「旗しか見ていなかっただろ!」
「名船長には、敵の弱点が光って見えるものだ」
「けばけばしくて目立っていただけだ!」
ドラクは予備の空間固定装置を起動させた。
要塞から再び青白い波動が広がる。
『ワープ航行、再度不能』
局地的には一勝。
だが状況は変わっていない。
五十隻と要塞砲百二十門。
まともに撃ち合えば、《アルバトロス号》でも持たない。
本来の性能を解放する必要がある。
だが、そのために必要なものが、ここにはなかった。
そのはずだった。
◇
ボル爺さんが、補聴器に見える多次元音響解析装置を外した。
「船長」
「どうした?」
「要塞の後ろから、妙な振動が聞こえますな」
大型モニターへ、要塞周辺の立体図が表示される。
《アイアン・クラウン》の背後。
直径百キロメートルを超える巨大な小惑星。
表面には無数の採掘跡があり、周囲に廃棄された機械部品が漂っている。
「ただの岩ではないのか?」
レオが尋ねる。
「中に機関があります」
「敵の秘密兵器か?」
「違う」
俺は、その振動を知っていた。
何度も設計を見直した。
何十年もかけて建造した。
だが完成直前、敵の襲撃を避けるため、グラベル・ベルトの秘密施設へ移送させた。
俺が死んだあと、行方が分からなくなっていたものだ。
「まさか……」
メッケル爺さんが小惑星から発せられる微弱な信号を拾う。
『ガルド船長専用暗号と一致』
通信を解析。
モニターに古い認証画面が表示された。
《専用ドッキングステーション、待機中》
俺は息をのんだ。
「あれが、なぜここにある」
ドラクがこちらの通信を傍受していた。
「その鉄屑か?」
「ドラク。お前が運んだのか?」
「ガルド船長の秘密倉庫から見つけたものだ。何に使うか分からなかったので、要塞の資材置き場へ放置した」
馬鹿め。
自分で切り札を俺たちの前へ運んできたのか。
巨大小惑星の正体は、《アルバトロス号》専用ドッキングステーション。
合体することで、駆逐艦一隻を百隻規模の艦隊と互角に戦える超弩級戦闘艦へ変える。
超小型高出力エンジンの全出力にも耐え、一撃で複数の戦艦を貫く主砲を持つ。
俺がレオに残した、最後の切り札だった。
「レオ、あれへ向かえ!」
俺は叫んだ。
「何だ、あのボロい岩と合体するのか?」
「ボロいのは偽装だ!」
「これ以上、船が格好悪くならないか?」
「見た目を気にしている場合か!」
ドラクの表情から笑みが消えた。
俺の反応を見て、あの構造物が重要なものだと悟ったらしい。
「全艦、あの小惑星を破壊しろ!」
五十隻が一斉に旋回。
戦艦の主砲が巨大小惑星へ向けられる。
要塞砲百二十門にも、まばゆい光が集まり始めた。
『敵艦隊、一斉射撃準備』
ゼロイチが報告する。
『ドッキングステーションカラ船長認証要求』
レオの前に、認証画面が現れた。
《船長名を入力してください》
「レオ・レイヴン」
《本人確認のため、秘密の質問に回答してください》
画面に質問が表示される。
《ガルド船長が、息子に最も直してほしいと思っていた欠点は?》
レオが首をかしげた。
「親父。何と答えればいい?」
「全部だ!」
《回答が曖昧です》
「質問を一つに絞れ!」
レオが考える。
「女好き?」
《不正解》
「朝寝坊?」
《不正解》
「勉強嫌い?」
《不正解》
「金遣いが荒い?」
《不正解》
「射撃が下手?」
《不正解》
「多すぎる!」
自分で気づいているなら直せ!
『敵主砲、発射マデ十五秒』
ゼロイチが警告する。
レオは慌てて答えを並べた。
「片づけができない!」
《不正解》
「説明書を読まない!」
《正解》
それだ。
認証画面が緑色へ変わる。
《新船長レオ・レイヴンを認証》
《ドッキングステーション、偽装解除》
巨大小惑星に亀裂が走った。
表面を覆っていた岩石が、次々と宇宙へ剥がれ落ちる。
その下から現れたのは、銀黒色の巨大構造物。
中央には《アルバトロス号》を収容するドッキングベイ。
左右には、山脈のように連なる超大型砲。
後部には、恒星の光さえ飲み込む巨大エンジン。
全長百キロメートル。
俺が生涯をかけて造り上げた、最終戦闘ユニットだ。
敵艦隊から、どよめきが起こる。
レオは目を輝かせた。
「格好いいじゃないか」
「だから言っただろう!」
「最初から俺は、そう思っていた」
「三秒前の発言を改竄するな!」
『敵主砲、発射マデ十秒』
ゼロイチが操縦系統を切り替える。
ゼロニがドッキング軌道を計算。
ゼロサンが《アルバトロス号》の装甲を合体形態へ変形させる。
「船長」
俺はレオを見た。
「今度こそ説明書を読め」
レオの前に、ドッキング手順書が表示される。
全二千八百ページ。
レオは一ページ目を見た。
すぐに閉じた。
「いやいや、だってさ」
嫌な予感がする。
「合体は勢いが大事だろ?」
「それで昔、惑星間ミサイルを発射したんだ!」
『敵主砲、発射マデ五秒』
「全員、衝撃に備えろ!」
レオが船長席へ座る。
『四』
五十隻の敵艦。
百二十門の要塞砲。
すべての照準が《アルバトロス号》とドッキングステーションへ集中する。
『三』
巨大構造物の中央部が開き、青白い誘導光が伸びる。
『二』
レオが右手を前へ突き出した。
「ドッキング開始!」
『一』
宇宙要塞と敵艦隊が、一斉に火を噴いた。
無数の光線が迫る中、《アルバトロス号》は巨大ドッキングステーションへ向けて加速した。
俺は祈った。
合体が間に合うことを。
船が壊れないことを。
そして何より、レオが途中で余計なボタンを押さないことを。
最後の願いだけは、すでに手遅れだった。
レオの指が、操縦卓で一番大きな金色のボタンへ伸びていたからだ。
「レオ! それには触るな!」
「何のボタンだ?」
「説明書を読め!」
「押したほうが早い!」
「だから、それを直せと言っているんだあああ!」
金色のボタンが押し込まれた。
《強制最終戦闘形態、起動》
《艦隊殲滅モードへ移行します》
俺は言葉を失った。
レオだけが、得意満面で笑っていた。
「ほら見ろ。正解だった」
「たまたまだ!」
《アルバトロス号》と巨大ドッキングステーションが、まばゆい光に包まれる。
そしてついに、俺が遺した最強の宇宙戦艦が目を覚ました。
第6話へ続く




