王様の掌返しで逃げる羽目になりましたが、そこで割って入ったハマさんが、自分とシャハロの正体を明かしました
でも、バルコニーの上の貴族たちは黙っていなかった。
僕の耳にまで、その大騒ぎは聞こえてきた。
「陛下、それは甘すぎる!」
「それでは臣下に示しがつきませぬ!」
でも、王様は王様で、悠長に構えていた。
「王女をやると言われて逃げ出す者があろうか。これもあの、ナレイバウスとやらの見せかけであろう」
バカにしてもらっては、困る。
やってくるなり邪魔な薄絹のヴェールをかなぐり捨てたシャハロの手を取って、僕は駆け出した。
貴族たちが騒ぎ出す。
「あれを見ても、見せかけと申されますか」
「承服いたしかねます」
気の強い者の中には、その場を離れようとする者もいたみたいだ。
「失礼。戦支度に。王子さまや王女さまたちが、手ぬるい陛下を笑っていらっしゃいます。王家にひと騒動、あるかもしれませんな」
王様は呻くような、しかし大きな声で命令する。
「よかろう……王女シャハローミを誘拐したナレイバウスを捕らえよ。抵抗すれば、殺しても構わん」
その命令を受けて真っ先に動いたのは、ヨファだった。
「親衛隊長! 私に名誉回復の機会を!」
ちらっと振り向いてみると、貴族のひとりが、おもむろに手を挙げた。
さっき、その場を離れようとしたのは、親衛隊長だったらしい。
国王の周りに控えていた貴族たちの中から、屈強な若者たちが歩み出た。
階段を下りる間も惜しいのか、バルコニーの手すりに手をかけて、次々と飛び降りる。
剣を抜いて、ヨファと共に、凄まじい速さで走ってくる。
そのひとりが、僕に追いすがると、背中めがけて剣を振り下ろす。
シャハロの手を引くので精一杯なのに。
ところが、その手は振りほどかれた。
「シャハロ!」
振り向いたときには、もう剣は吹き飛ばされていた。
高々と足を上げたシャハロが、騎士に向けて回し蹴りを放っていたのだ。
でも、親衛隊は多すぎた。
だが、娘ひとりが、騎士たちに敵うはずもない。
すぐに羽交い絞めにされて、僕から引き離された。
もちろん、剣を拾って後を追う。
でも、同じように武器を取り戻した騎士たちが、行く手を阻んだ。
親衛隊たちは再び、僕ひとりを取り囲む。
ヨファはというと、騎士たちに捕らえられたシャハロを見やって、皮肉たっぷりに言った。
「なんとはしたない……そんなお姿を、騎士が正面から見られるはずもありません」
シャハロが冷たく笑う。
「あなたこそ、往生際が悪いですわね。騎士の誇りが聞いて呆れます」
ヨファが哀しげに答えた。
「どうぞ、恋に破れた男の醜態をお笑いください。国王と、その血を引く者を守ってこその騎士であり、親衛隊です」
だが、そこで、遠巻きに見守る使用人たちの中から歩み出た者があった。
のっそりと現れたのは、ハマさんだった。
「その言葉、間違いないな。貴族の若様よ」
そこで、きっと見上げた先には王様がいる。
「じゃあ、見逃してやれ。この娘は、王家とは血のつながりがない」
その噂は、戦場でも兵士たちの間に広まっていた。
王様は、声を荒らげて言い放つ。
「その噂、知らんでもない。だが、それを口にするからには、覚悟はできておろうな」
ハマさんは、にやりと笑った。
「何を差しだせばいい? 証拠か? それともこの命か?」
ヨファの目くばせで、親衛隊の半分が取り囲んだハマさんを、王様が怒鳴りつけた。
「その両方だ!」
その声と共に、ヨファが手を一振りする。
親衛隊の剣が、一斉にハマさんへ、そして僕へと襲いかかる。
気が付くと、それは残らず空を切っていた。
それどころか、地面に落ちて高らかな音を立てる。
これが、サイレアの王子としての僕に備わった力らしい。
でも、ハマさんは?
国王が、深々とため息をついた。
「やはり、生きておったか……サイレアの勇者よ」
そういうことだったのか。
僕が教わった技は、全て、サイレアの勇者のものだったのだ。
どよめきの中、親衛隊たちが後ずさる。
ハマさんが不敵な笑みを浮かべた。
「忘れられるまい……多勢が無勢に痛い目を見てはな」
だが、王様も負けてはいなかった。
「大軍相手にたったひとりで戦い、深手を負って姿をくらましたのは誰だ? この城へ馬丁としてやってきたのは知っておった。妙に馬の扱いが上手い男がいると聞いたときからな。お前ほどの勇者を殺しとうはなくて、知らぬ顔をしておったが、何しに来た? 余の寝首を?こうとでも思ったか?」
ハマさんは、堂々と答える。
「様々な国を回っていろいろやってきた。戦もやったし、怪物も仕留めた。数多の女と浮名も流した。だが、暗殺だけはやったことがない」
そこで見やったのは、僕だった。
「全ては、サイレアの忘れ形見を見守るため……そして」
まだ、何か秘密があるらしい。
じっと見つめる先には、シャハロがいた。
「俺の娘を守るためだ! お前のような助平ジジイからな!」
シャハロが?
ハマさんの……いや、サイレアの勇者の娘?
でも、そう言われれば、思い当たることがいくつもある。
子どもの頃からの、お姫様らしくないお転婆さ。
城から逃げ出すとき、夜の路地で襲いかかってきた男たちを薙ぎ倒した、あの技。
敵国の中まで堂々と、荷馬車いっぱいの食糧を運んできた度胸。
しかも、口から出まかせを述べ立てて、その場を切り抜けた余裕。
そして、騎士の剣を一蹴りで吹き飛ばした、あの力。
サイレアの勇者の娘と呼ぶのに、ふさわしいことばかりだった。
ついに明らかになった、ハマさんの正体とシャハロの出生、そして王様の裏の顔。
王様の本性が全ての男に通じるとは思いたくありませんが……。
でも、王様はシャハロに何をするつもりだったのでしょうか。
戦場まで逃げてこなければならないほど、恐ろしいこととは……。
次回、それが明かされます。
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