ケイトの本気
《オイルコック》の動きをほぼ完璧にパターン化できる程には十分に時間を稼ぐとができた。というか元より一人でも勝てる相手ではあるのだが、ここまでお膳立てしておいて私が終わらせるのもそれはそれで違うだろう。
「───。」
ケイトは右手を伸ばし、ぐっと手を開いた状態で力を入れながら魔法の詠唱に入った。彼の掌には六芒星の描かれた緑色の魔方陣が浮かび上がり、彼の周囲にだけ強い風が吹き荒れている。
『ギチチチチッ!!』
「……っ!!」
《オイルコック》の巨体ですらたじろぐ風圧を前にして、私もその場から動けずにいた。最早「キャーえっちー」とかそんな事を抜かしていられる次元ではなく、下手したらこのまま巻き込まれるのではないかと不安になりつつも、姿勢をゆっくりと低くしながら衝撃に耐えるしかなかった。
「ウインドスピリット……錬金!!」
ケイトは詠唱を終えると同時に右掌を地面に叩きつけた。周囲の風を纏ったであろう右手を中心に、その手に書かれていたものと同じ緑色をした魔方陣が広がったのである。
「《風翠》の力を……僕に貸してください!《フォレストロード》!!!」
『ズガァァァァ!!!』
彼の呼び声と共に、鈍い獣の咆哮が響く。崖から這い上がるかのように魔方陣の中から手が現れると、少しずつ声の主の正体が明らかになっていく。
それは漆黒とも取れる肌に大量の苔がへばりついた、馬か山羊のような縦長な顔をもつ魔物だった。骨格そのものは人間と同じ直立二足歩行であるが、人間二人分くらいありそうな巨体を持ち、あらゆる筋肉がこれ見よがしに隆起しているのが分かる。
極めつけに頭には角がしっかり生えていて、その姿はまさに悪魔のそれだ。
《フォレストロード》ランクB-
〈自然を愛し、守ると胸に誓った者が至る道。強靭な肉体と《風翠》の気質の加護を受けた守護者として、森を破壊する外敵に立ち塞がる。自然に違わぬ再生力を持ち合わせ、己の使命を前に志が潰えることはない。〉
悪魔みたいな外見のくせして自然の守護者……か。名前とランク見て、《ダークロード》の風属性バージョンがこれってことか。《ロード》系は色違いなだけで実は姿が同じなんていうことはないだろうけど、この姿になった瞬間皆とさよならは避けられないよな。明らか魔物だし。
……万が一のことがあっても嫌だし、一応私の進化先である《ダークロード》の方も見ておくか。
《ダークロード》ランクB-
〈涅闇の気質に触れ続けて変化した騎士の成れの果て。自在に形を変えることの出来る武器を用いて縦横無尽の攻撃を繰り出す。物理攻撃のみならず、魔法も高いレベルでこなすことが出来る。〉
騎士となるとやっぱり、骨格は人間のものだよね。多少ゴツくなるだろうということは覚悟の上だし、目の前の悪魔のような姿にはならないだろうと確証はないがそう考えている。唯一気になる点としては、騎士の成れの果てともあって骸骨みたく変わってしまう可能性があることくらいか。
まあ結局進化した時点であの街とはおさらばだな。他を選んでも変わらないだろうし、そこまで関係あることでもあるまい。
「離れてください!」
「──ごめんっ!」
おっと。考え事に耽っていたせいで反応が遅れたが、ひとまず《オイルコック》と《フォレストロード》から距離を取り、ケイトの後ろへと回って巻き込まれないようにする。
(Bランクか……もう十分だと思うけどなぁ。)
《フォレストロード》に指示を出しているケイトを見て、率直にそう思った。私がこれまで見てきた中でBランクはあの蛇一匹だけだ。Cランク台に乗るというだけで一般的な魔物や人の能力を大きく上回るということは私自身よくわかっているつもりだ。
ガルゼンは明らか強すぎるし、そもそも《ローセ》の街が彼のような冒険者……即ち実力の集まりだといって過言はないはずで、その中でトップともなれば後は下を覗けばいいだけである。
そもそもガルゼン単体の実力をそこまで知らない私から言えることはないが。
「よし!お願いします《フォレストロード》!!」
『ズオオオオオン!!』
ケイトの命令を受けて《フォレストロード》が二足歩行で走り出す。地面を踏みしめた衝撃が私のところまで伝わってくる程の巨体だが中々俊敏だ。歩幅が大きいのも関係あるだろうけど、スピードはかなり速いように見えた。
『ギヂイイイイイイッ!!』
《オイルコック》も敵意を剥き出しにして《フォレストロード》に向かって勢いよくぶつかっていく。ランクは違えど体格に大きな差は無く、奴もそれなりのスピードを出しているようだった。
『ス“オ“オ“オ“オ“オ“!!』
『キ“チ“ャチ“イ“イ“イ“イ“イ“イ“ッ!!』
鉄の鎧と鋼の拳がぶつかり合い、ガァンと鐘を鳴らすような音が響いた。ぶつかり合った二体は衝撃に弾き出され、お互いを憎むような轟音を出して唸り声を上げている。
その様子はまさに大怪獣バトルだ。もし巻き込まれでもしたら私も命はないかもしれない。というか鈍いシンバルみたいな音が未だに響いて耳が痛い。
《ウインドウェーブ》
《メタルパージ》
見慣れないスキル表示に身構え、すぐさまケイトの前に割り入って衝撃に備える。右手を盾にしつつスキルの確認をしようをした矢先、突然こちらに“鉄板が飛んできた“のだ。
風に流されて飛んできた鉄板は私達のすぐ横を通りすぎて木にぶつかると、深々とその幹に刺さった。方向からして《オイルコック》のスキル、名前からして《メタルパージ》らしい。一応解説してもらうか……予備動作なくあんなの飛んでくるとか怖すぎる。
《メタルパージ》
〈固い外殻を持つ魔物がその一部、もしくはすべてを外すスキル。《自己再生》を持たない魔物がボロボロになった皮を捨てたり、外殻そのものを攻撃として利用する用途で用いられる。
使用後は概ね、外殻を失うことで脆い身体を晒すことになる。〉
説明文から察するに、鉄板の正体はやはり《オイルコック》の殻のようだ。あの固い鉄板が飛んでくるだけで脅威だが、ここまで出し渋っていたあたり緊急時にしか使えない、使わないスキルなのは間違いない。《フォレストロード》を相手にして手段を選んでもいられなくなったってわけか。
一週間ほど空きまして、おまたせしたようで申し訳ないです。評価の方頂きましたありがとうございます!




