宿での暮らし、そして別れ
──私達はこうして暫くメンリルさんの元でお世話になることになった。泊めて貰えるだけでも非常にありがたいというのに、なんと彼女は毎日朝と夜の二回の食事まで提供してくれたのだ。
それも居候同然な私達に対し、一切嫌な顔を見せずにである。人間ここまで出来た存在になれるんだなあと達観すると共に、住み込みで彼女の助けになろうと掃除を中心に様々な手伝いをすることに決めた。
「よっ……と!」
「ありがとうねレンちゃん!やっぱり若い娘の方が力もあるし手先も器用さねぇ……。」
初めこそ「自分でやるよ」と言っても聞かないところがあったメンリルさんと過ごして一週間、今では私達を頼ってくれているようだった。時にはエニーが受付をし、私が補佐をすることだってある。
手伝いがきちんと彼女の助けになれているとわかったのが何よりも嬉しかった。
宿屋の仕事としては基本的に私が部屋掃除を担当し、エニーが利用客に部屋案内をしているといった感じだ。料金は前払いなので踏み倒される心配もなく、ギルド街ということもあって早々事件なんてものは起きない。
「そうだレンちゃん。とりあえずこれを渡しておくよ。」
「これ……えっ!?お金!?」
そんなある時、唐突にメンリルに渡された小袋の縄をほどいて開いてみると白く光る硬貨のようなものが幾つか入っていたのだ。守銭奴のように見られては悪いので具体的な個数を数えるなんて真似はしないが、目を疑って何度も硬貨と彼女の顔を交互に見る。
「あ、あのっ!!住まわせて貰ってる身としてお金まで受け取れませんよ!それに……」
と、そこまで言ったところでぎゅうっと温かい包容を受けて強引に口を閉められた。他人でありながら優しそうにかつ力強く、何も言わずに抱き締めてくる彼女の姿はまさに聖母のごとく慈愛に満ちている。
「あの娘もさっき同じようなことを言ってたよ。二人とも全く違うように見えて本質は同じなんだねえ。優しくて、人の為に率先して動ける事は素晴らしいことなんだよ。もっと自分の頑張りを誇りなさい。」
「え……。」
「それに……これからギルドの一員となるのに一文無しじゃあ心許ないだろ?これはその餞別。とはいっても稼いだらちゃんと返すんだよ?」
「め、メンリルさん……。」
この世界に来て中々受け入れてもらえなかった自分を受け入れ、とても良くして貰ったことにありったけの感謝を伝えてくるりと背を向ける。何故ならそこには私の話を聞いてやって来た、ギルドの人とおぼしき金色の鎧を纏った男がいたからである。
ここ一週間の間彼とメンリルさんで話し合いをしていたらしく、どうやらギルドのメンバーとして受け入れられることになったらしい。
本人を介せず話が進む辺り魔物と人間の隔たりがまだ完全に取り払われていないということなのだろうとあまり深く考えないことにする。
「人の皮を被った魔物が……チッ。」
「……。」
鎧の男はあまり魔物と人間の共存を良く思っていないのか、鋭い目付きで忌々しげに睨むかのような視線を向けているようだった。年齢は若くも老けても見える三、四十代の粗暴な身なり顔つきをした厳つい男といった感じだ。
あまり人柄が良いようには見えないが……魔物を連れてくる立場として、少なくともいきなり斬りかかってきたりする人ではない筈だ。はずだと信じたい。
「あたしが見込んだ娘だからね!魔物嫌いだか知らないけどそれ以上失礼な態度をとったらすぐにでも契約を切ってやるわ!!」
「……申し訳ありません。私どもが喜んでしっかりとサポートをさせて頂きますので……チッ。どうかそれだけはご勘弁を……。【あぁ何で俺が魔物の相手なんか……。るっせえなこのクソハバアが】」
男がまるで呪詛のような言葉をねちねちと呟きながら舌打ち混じりに謝ってきた。あくまでも魔物の相手はしたくないようだがあれか、言うなれば外国人嫌いなコンビニ店員みたいな感じか。
まああれでも一応話はできると思うけど、そもそもの先入観で既にコミュニケーションを拒否しているのだろう。あぁいうヤツと必要以上の会話をする労力ははっきり言って無駄である。
「ごめんねえ。本当ならケイトちゃんかマリーナちゃんに来てもらう予定だったんだけどこれしかいなくって。それも「仕事もなくのうのうとしている魔物がいるとわかっただけで鬱陶しいから俺が連れていく」なんて言い出しちゃってねえ。本当に失礼な人よねえ。」
確かに今ので彼の心象は損ねるどころか地に墜ちたのだが、当の本人は否定するまでもないとつっけんどんな態度を取っていた。結構ムカつくが、魔物を受け入れられない人もこの世にいるものかと納得すれば案外怒りは治まるものだ。
それにこれ以上長居してメンリルさんを貶される方が許せなかった。さっと終わらして永遠にバイバイすればお互いに干渉することもないだろうしその方が良いな。
「それじゃあ……行ってきますね。」
「行ってらっしゃいレンちゃん!」
最後に軽くハグをしてメンリルさんと別れを告げる。騎士の男はそれを見届けることもせずスタスタと歩いていってしまうもので、ため息を漏らしながらも駆け足で彼の方へと走っていく。
【ああ下らねえんだよ本当に……ぶっ殺してえ。】
「……黙れや。」
「あ“?」
私達の先程の様子が気に食わなかったのか、明らかな危険思考を持った彼の言葉に反応してしまい、火花を散らすかのように互いに睨み合う。とはいえ街中で喧嘩する訳にもいかないという理性が働いたのか、一触即発な状態のままローセの街を歩いて目的地へと向かったのだった。




