理想郷
「だ……大丈夫ですか?なにもされてないですか?」
「あ……うん、大丈夫。特に問題ないよ。」
私達のやり取りを見ていたエニーが心配そうに駆け寄ってきた。特に喧嘩になったわけでもないし、元より悪いのは私だからと平静を装う。それに彼女に危害が及んでいる様子もなさそうで良かった。Cランク二体を相手取ってお互いに無事に済むとは思えないし、何事もなく終息して本当に良かったよ。うん。
「一応この街はアルフス大公爵という力強い貴族の方が選んだ、知能ある魔物しかいない筈なので突然暴れられることはないと思いますが……。」
どうやらエニー曰く、人間の知能を持った比較的温厚な魔物が選別されて定住することを許可している人がいるのだという。魔物を自分の街に招くなんて心が広いというか命知らずというか……最悪その貴族とやらが魔物に化けてる説とかあったりするのかなと深く考えてしまう。
考えるように顎を右手に付けて周囲を見回す。なんの力も無さそうな街の人に小型の魔物が手紙を届ける姿や重い荷物を肩に担いで運ぶ巨体の岩男の姿があった。住人達はそんな魔物達に偽りのない笑顔を見せていた。魔物達も各々の仕草で喜んでいるアピールをして見せる。
この光景を見るに彼らは互いに信頼し合っていると言えるのかもしれない。
「彼らもまた、《ローセ》で運営されているギルドのメンバーとして仕事を全うしているのです。人間には無い力や素早さを活かして街の安泰を、繁栄を守っているんですよ。」
魔物を人間と同一視し、分け隔てなくメンバーとして雇ってもらえる……か。未だに信じがたい光景ではあるものの、この街の発展には彼らがかかせない存在となりつつあるのは間違いないことだろう。
まさか人間と魔物が共存する場所が存在するなんて、と自分の価値観が瓦礫のように崩れ去っていくのを感じた。
「ギルド……か。」
だがそれよりも、そんな魔物たちを受け入れるギルドという存在が気になっていた。よくあるファンタジー小説では冒険者達がギルドに登録し、いくつかのパーティーもしくは個人で依頼を達成してお金を稼ぐという、まあ言ってしまえばある意味労働なわけだ。
あまり魔物に人間世界の通貨というものが彼らにとって役立つものであるとは思えない。この街に住む以上お金は必要という言い分はわかるが、彼らは何のためにこの街に住み込み働いているのだろうか。いささか疑問である。
……もしかしたら彼らも元々は人間であって、前世?の暮らしを模倣しているのではないかとも取れるが、それでも考えれば考えるほど謎が深まっていくばかりである。
「ここ数十年……大きな争いも起きてませんし、人間の言葉を解す知能ある魔物が増えてきたお陰ですかね……そろそろ本格的に《勇者》がいる意味も無くなってくるのでしょうか。」
エニーが「はあ、」と溜め息をついてそう呟いた。あまりの実力の低さ故そうであることを時々忘れるが、[デッドレコード]の説明上彼女もまた勇者なのだ。その内容は非常に悪意の込められた踏んだり蹴ったりなものであったが、その説明文では既に″魔王が存在しない″と明言している。
それを信じるならば、そしてエニーの言葉と合間って徐々に《勇者》という風習は、称号は風に流されて消えつつあるのだろう。少なくとも人間と魔物が手を取り合って助け合っているこの街に《勇者》は不要だ。
もし《ローセ》の街以外の有名な都市が同じように魔物を使役し互いに共存できるようになったなら……そうだな。過去の私も受け入れてくれたのかもしれないな。少なくとも出会い頭に火球を放つような真似はされなかったと思う。うん。
「そうだ!もしよかったらレンさんもここで働きませんか!?あまり土地のことについて知らなそうですし……」
「ええっ!?いやあの……」
突如エニーが突拍子もなく私に労働をせがんできた。正直言うと働きたくないでゴザルなんだけど、この街に定住する=働くという式はイコールで結ばれ揺るがないだろう。宛もない放浪の旅というのも楽しそうだとは思うが、人間の暮らしに戻りたいという気持ちも確かにある。
だけどなあ……人と一緒に働くかぁ……
私が自ら命を絶った理由が人との関わり方であったためか、元からそうなのだがコミュニケーションを取ることが苦手になっている。やっとこさエニーと意志疎通はできたものの、それを他の人とやれといわれても中々出来るものではない。
ないんだけど……うーん、悩ましいなあ。
ここで働くということは私の名前と顔がある種の看板として背負われていることを指している。要するに私の自由が拘束されるということで、更には迂闊に進化も出来ないだろう。
ないとは言いたいが私がやらかせば人間と魔物の信頼を損ね、互いに深い溝を生み出すという可能性もある。それにギルドに雇用されているという扱いな以上そこに少なからず“責任“が生じる。
私の保身はギルド側に委ねられるということだ。仮に人類と魔物の戦争なんか起こったら、国をあげて私達が処刑されるなんてこともありうる。今の私がモンスターであるから故の悩みであった。
【ここに来て何を迷っているのだ?】
(……!!)
突如私の頭にどこか聞き覚えのある男の声が響く。その声はまさしく、私が転生した当時に僅か一瞬だけ干渉してきた不気味なヤツだ。まさかこのタイミングで話しかけてくるとは……もしかしなくても私に働いてほしいということだろうか。
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