自責の至り
風に乗って火の粉が舞い散り、貫通した光に薙ぎ倒された木々を通じて火が燃え移っていく。
……最悪な状態だな。
このままエニーをここに置いておけば命に関わる。それに明らか一個人でどうにかできる域を越えていた。彼女の《ハイドラ》で消火……ともいかないだろうしそろそろMPも限界の筈だ。
『グアァァァァァァアノッ!!グアァァァァアノッ!!』
先程まで透明だった筈の《イピリア》の皮膚が黒ずんでいき、その姿がはっきりと見えるようになったのだが……その姿はあまりにも《イピリア》の説明文からかけ離れているように見えた。
網目模様で仕切られたような漆黒の鱗を持ち、身体は変わらず蛇のように細長い。脚や腕は完全に退化しており、その姿はは蜥蜴、イグアナときて蛇だった。黒一色の身体に真っ赤に充血した瞳を持ち、鋭い牙や悪魔のような翼をもつそれが自然の守護者の象徴、《イピリア》だと言い張るにはあまりにも無理があった。
……私は一度、ものは試しにとヤツの解説を頼むことにした。
《アンドロマ》ランクB-
〈自らの掲げる正義に乗っ取って悪を裁くと伝えられる、悪魔の翼をもった蛇。一切の穢れを恐れず時には全てを破壊してでも自身のもつ正義を貫き通すとされ、彼が自らの行いを省みることはない。
《アンドロマ》の歪んだ正義では何も守れず、あらゆる声を力ずくに踏みにじることしかできない。〉
更に進化している……だと!?いくらなんでもペースが早すぎるし、D+.CランクときてB-と同格から格上まで上り詰めてきやがった。透明だからとかエニーを庇ってるからとか最早そんな次元の話ではなく、今の私がこいつにタイマン張ったところで勝てる気がしない、というか勝てない。
『グオオオオオオオオオオオオン!!!』
《アンドロマ》が天に向かって吠え、そのまま空中でとぐろを巻きながらこちらをじっと睨み付ける。こいつの中では既に森の状況などどうでもよくて、ただ私を殺すことしか考えてないのだろう。
……こんなヤツを相手にしてどうしろっていうんだ。これまでだって同格以上との戦闘を強いられてきて、時には周囲を巻き添えにしてしまっていたかもしれないけどさ、この状況も本当に私のせいなの?
少なくとも私一人暴れまわったくらいじゃこんなにはならないし、なんならこの結果含めて全部相手が勝手にやったことじゃないか。それを私のせいにして寄って集ってさ……あんまりじゃん。
「……ケホッ!」
エニーが必死に口を塞いで煙を吸うまいと頑張っている。なんの罪もない女の子が苦しんでる状況をなんとも思わないお前らが守護者とか語るんじゃねえよ。
(あいつが被害を広げようが知ったこっちゃないが……。)
首に巻いたマフラーをエニーに手渡し、目の前の《アンドロマ》へ向き直る。エニーは何かを言いたそうに咳き込んでいたが、彼女に構ってる暇はない。そう切り捨てて彼女に振り向くことなく、無視することにした。彼女も自分の無力さってのを思い知ったら逃げてくれるだろうし、こいつを前にこれ以上余計な心配をしたくないんだ。
『オオオオオオオオオオ!!』
《アンドロマ》は特に何かを仕掛ける様子もなく、翼を羽ばたかせて火の粉を舞い散らしながら悠然とこちらを睨む。この惨状すら私のせいだと信じて疑わないその姿はヤツの説明文通りで吐き気を催す程だ。
《衝撃波》
ヤツの翼がはためくと同時に風の刃が二つ飛んでくる。普段ならなんともないが後ろにはまだエニーもいるし、これ以上森が燃えたら逃げ遅れてしまうかもしれない。自分の右腕を酷使してでも、と盾にして二つの刃を受け止める。
(……ぐっ!!)
右腕に襲い来るズシンと強烈な衝撃に負けて後退る。火傷に切り傷に打撲と酷使しすぎたせいで、痛くて上げるのも一苦労である。後ろを向き、まだ逃げていなかった彼女をキッと睨み付け逃げるように促す。
「なんの役にも立てなくて……ごめんなさい!」
「謝るのは後でい……ったあ!!」
ここに来てついに身体が、主に右腕が激痛を訴え始めた。攻撃と防御をずっとこの右腕だけで続けていたのだから無理もない。だが本当に最悪のタイミングであり、舌打ちを漏らしてしまった。そこにエニーが《ティリア》をかけようと私の右腕に触れる。
「ああもうはやく逃げろよ!!邪魔なんだから!!」
「ひっ……あ……ごめんなさいっ!!ごめんなさいっ!!」
そして遂に彼女に向かって「邪魔」と禁句を言ってしまった。悔しそうに涙を流しながら逃げる彼女を見るとどうも心苦しくなる。完璧私のせいなのはわかってるし、合わせる顔もない。もしかしたらもう顔を合わすこともないのかもしれない。
(はあ……またこれだよ。)
いつも言葉足らずでいて、解ってくれないとキレてしまいがちな自分の身勝手さが嫌になる。最初から受け入れていなければどれだけ楽だったのだろう、こうやってお互いに傷つくこともなかったのだろうか。
(ほんと嫌だよ……助けてくれた恩人を平気で傷つけられる自分が。)
はあ、と溜め息をつき火の粉が舞う状況を気にも留めず深呼吸する。《アンドロマ》は私の茶番に付き合ってくれていたらしく、攻撃する様子もなくじっとエニーと私の方を交互に見つめていた。エニーはなにも悪くないと認識して巻き込まずにいてくれたのだろう、敵でありながらこればかりは本当にありがたいことだった。
「悪かったな……こいよ。私を殺すことが’正義’なんだろ?」
『グオオオオオオオオオオオオッッッ!!!』
私の挑発の意味を理解して《アンドロマ》がこれまでにない大きな轟きを上げる。こいつとの決着で蜥蜴騒動は恐らく終わる。それにお互いに引けない理由が出来たのだ、ここにきて逃げるという選択はない。
これから始まる死闘を覚悟し、互いに瞳を鋭く輝かせて睨みあった。




