特訓開始
私はその言葉に固まることしか出来なかった。その相手というのは理由があったとはいえ彼女の仲間を殺した元凶である。そんな相手に訓練してほしいと頼むなんてとち狂ってるとしか思えない。あまりにも無警戒というか……ちょっと貪欲過ぎないか?
「だめ……ですよね。私、レンさんの気持ちもわかっている筈なのに……ごめんなさい!」
「いや、えっと、あの、わわ……私でよければっ!!」
涙ぐむエニーが見ていられなくなり、結局折れてしまった。ホントに前から頼まれごとを断れないタイプだったし、このままほっといたら延々引きずってしまいそうだ。
「無理はしなくていいのですよ……苦しいのわかってますから」
「無理なんてしてない!してないよ!してないから!むしろ私のわかることならなんでも……なんでも教えてあげるからね!遠慮しないでなんでも言ってね!」
私は両手をバタバタとさせながらオタク特有の早口で怒濤の畳み掛けをしてしまっていた。その姿は一人称で見ても見るに堪えない滑稽なものだったとわかる。恥ずかしい……なんならここで死にたいです。布団にくるまって一生反省してたい。
「ふふっ……優しいんですね。レンさんの優しさに甘える形になってしまいますが、宜しくお願いします。」
涙の筋を残したまま、エニーはこちらを向いて微笑んだ。本当に全部見透かされているような気がしてならないが、断るつもりも更々なかったので別に構わないと彼女の家を出ることにしたのだ。
・・・・・
明るく輝く太陽の光に照らされた森が、今日は一層騒がしく不協和音のような爆音に木々を揺らしていた。理由は言うまでもなく私たちです。
エニーの特訓に付き合うことになった私が[デッドレコード]の解説を頼りにランクの近いモンスターを探し当て、エニーのレベル上げを手伝っていたというだけなんです。
「コントロールの難しい《ハイドラ》じゃアレには当たらない!まずは《ウォータ》で牽制して回避を潰して!」
「ひいいい……無理ですぅ!!」
エニーはまだ魔法の調節が上手く出来ていないらしく、馬鹿の一つ覚えのように《ハイドラ》を連打してはことごとく外していた。素早い相手には手も足も出ないらしく、これまではグラッドの背中に隠れてやり過ごすことが多かったらしい。
『コキュウウウウウウ……!』
木の枝に掴まってこちらをジッと睨む蒼毛の鼠、《コキューリス》。名前からして鼠というよりリスか……まあそんなことはおいておくが、このリスはD-ランク。私には足りないがエニーにとっては手頃な相手だろうとやらせてみたが、このリス、思った以上にやりよるらしい。
《コキューリス》ランクD-
〈周囲に散らばる《凍水》の気質を吸ったことで変異したリス。寒さに悶え苦しむ獣や植物、更には本来外敵となりえるものまで凍らせ獲物として食べてしまう。因みに冬眠をしない。〉
大きなぬいぐるみか抱き枕くらいの小さな身体に二三メートル程もある不恰好な尻尾が生えている蒼毛のシマリスみたいな姿をしており、器用にも尻尾をバネにしたジャンプで《ハイドラ》を避け続けている。
《フリーズフォール》
〈《凍水》の気質を凝結させた針を相手に飛ばす攻撃。〉
攻撃の通知が来たら間に入って、《コキューリス》が迎撃に飛ばしてくる氷柱を右腕で防ぐ。こうやってエニーの護衛みたいな役をしているのだ……
ここまでずっと何十回も。流石に要領が悪いと思うんだけどあれか、《ハイドラ》の破壊力に頼りすぎて《ウォーター》を覚えてないみたいな感じか。
「うううう……当たらないです……。」
「そりゃあ隙のある大技を撃ってるだけだしな……。」
ガックリと意気消沈してしまったエニーを見て、やれやれと軽くため息をついてしまった。《ハイドラ》が使えるんだか、《ウォータ》も使えるはずなんだけどねえ。頑張ってるのは伝わるし、その本人のやる気を削いでしまうような言動を控えるべきなのはわかっているのだが、言っても繰り返すパターンには心底鬱陶しささえ感じる。
流石にD-ランクのスピード型はまだ早かったのだろうか。《ハイドラ》を命中させられたら確実に仕留められるだろう相手なのだが、その《ハイドラ》に頼りすぎてMPが尽きるまで後ろで弾丸を放つ固定砲台と化してしまっている。
これは《ハイドラ》以外の魔法を習得する方が先かもしれないな、と結論付けるのにそう時間は掛からなかった。
「避けないでくださいぃ……ああ無理です当たらないです……一度レンさんの動きを見せてください……。」
遂にエニーが折れた。彼女は泣きベソをかきながら私の動きが見たいと懇願してきた。
正直魔法の種類も立ち回りも職業も違うエニーの参考に果たしてなるかどうか……怪しいけど見せないと延々次に進まなさそうだしやるしかないか、と膝立ちで傍観していた姿勢から立ち上がる。
「……《ハイダーク》。」
『コキュッ!』
《コキューリス》目掛け、紫電を放つ黒い球体を飛ばす。《ハイドラ》をかわす要領で木の枝に飛び移るのを狙って《ダークスピア》を数発放ってみせる。
『キュ……!!』
《ダークスピア》に貫かれた蒼栗鼠の身体が力なく木から落ちる。当然ながら即死だろう。《コキューリス》の青い毛皮から真っ赤な血が流れていた。まあこんなものかと右手を開閉させて調子を確認する。
「やっぱり凄い……一撃で落としたんですよね。」
「……《ハイドラ》でもこのレベルなら落とせるよ。」
その肝心の《ハイドラ》が当たらないのが課題なのもそうだが、今の彼女は一辺倒……というより馬鹿の一つ覚えらしく《ハイドラ》に執着しているというかそれしかない。
「他になにか魔法とか覚えてないの?」
「……全く触ってないので魔術書がないとなにも。」
私の問いに青ざめた表情を向けて答えるエニー。これはちょっと特訓云々の前に色々とやらなきゃいけなさそうだ。
評価5/5ありがとうございますー!!




