《エイルドラゴン》
そう言い放ったナギアの表情は、活路を見いだし希望に満ちていた。そこから村を巻き込むことについては、まるで小石を蹴ったのかと言った感じに近い……いうなれば一切の感情がない。
……会話の節々で何となく察していたが、ドが付くほどのクズだこいつ。自分が助かるためには相手を巻き込んで、蹴落とすのが当然という糞野郎の考えそのものであり、言動のひとつひとつに吐き気がする。そこに全くもって何も思ってないというだから余計に質が悪い。まるで世界が自分を中心に回っていると思っている奴だ。
こんなヤツを助ける気はなかったとさっきまで野放しにして知らぬ振りしようと思ってはいたが、こいつが村に《エイルドラゴン》を連れてくれば間違いなく死傷者が出る。
それに最悪ナギアの自分勝手な行動によって村が崩壊する可能性だってあるんだ。知ってしまった以上気は引けるが、後味が悪くなるよりかはマシだろう。出来ることなら救える命は救ってやりたいが……
「ガァァァァァァ!!!」
そのためにはどうにかして《エイルドラゴン》を止めなくてはならない。私のスリーランク上のC+ランクモンスターであり、カトレアとナギアの行動に激怒して我を忘れてしまっているようだ。
「クルルルッ!!」
スバルが煽動して周囲を飛び回るも、《エイルドラゴン》の目線は完璧に二人に向いているため意に介さずといった感じだった。完全に卵泥棒を殺すためだけに走ってるって感じだな。
「なんで僕が……なんで僕がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ!お前のせいだぞカトレアァァァァァッ!!」
「遭うもなにも大体依頼したのあんたでしょうがっ……叫ぶ元気があるなら速く走りなさいよ死にたいの!?」
「なにっ……僕は悪くない!!!訂正しろ盗賊風情が!!!!」
聞けば聞くほどナギアの自己中心さが浮き彫りになってくる。彼の振る舞いは外面的な育ちだけがいいボンボンなキャラにありがちな性格そのもので、見ているだけでかなりイライラさせられる。まさか本当に絵にかいたような屑が存在してたなんて……と私はこれまでの価値観が狭いものであったと実感させられていた。
「ガギャアァァァァァァァァァァァッ!!」
《カースブレス》
〈複数の状態異常を引き起こす呪いがこもった息を吹き掛けるスキル。ダメージそのものはないが、生身の者が喰らえばたちまち状態異常に苦しめられて死ぬ。〉
《エイルドラゴン》の咆哮がしたと思えば、すぐさま[デッドレコード]からのスキル通知がされた。それと同時にその口から禍々しい赤い稲妻を放つ黒雲のようなガスが放出された。
《カースブレス》はアンデッドの私が受けきることにする。ガスに触れた背中がビリビリと痺れるような感覚に襲われた。死者ではあるが、あまり受けるのも良くなさそうだな……。
先程のスキルといい、どうやら《エイルドラゴン》は即死と状態異常に秀でたモンスターなそうだ。かなりの距離を走ってなお生きている二人を見ても、手っ取り早く仕留められる万能スキルは持っていなさそうだな。
まあ卵を人質(?)に取られているから迂闊に行動を起こせないっていう理由もあるが……
(──もしかして卵を傷つけないようにするだけの理性がある?)
思えば《エイルドラゴン》はナギア達を追い回してこそいるが、周囲に危害を加えないどころか明らか邪魔しに来てるスバルや私にもこれといって何かをしてくるわけではない。
使ってくるスキルもどちらかというと逃げる泥棒の脚を止めるためのものが多い印象だ。明らかに殺意には満ちているがそれはご愛嬌というやつだろう。
「グ……オ……オイ!」
「ひっ……!?」
《エイルドラゴン》の意図がわかったところで私は卵を持つカトレアの肩を叩いて呼び止めようとしたが、当の本人は絶望からか顔を青ざめてしまってた。
えーと……えーと??卵だよな。とりあえず卵を返せば許してくれるんだよね!?
並走しながら私は卵を割らないようにツンツンとタッチし、カトレアに意図を伝える。卵を無事に返してくれればまだ許してくれる筈だと。その卵を持っているのがカトレアだから追われているんだ。早く返してやりなさい!
「こ…これ……えっ?」
カトレアは困惑しながらも、私の意図を読み取ろうとしてくれているようだ。それだけ私の挙動がアンデッドからかけ離れているってことですよねわかります、わかりますよ?
「で……でも私……これがないと……」
「グガアッ!!」(ここで死ぬのとどっちがいい!?)
「ひいっ!!」
私に凄まれて背筋をピンと伸ばした体勢でありながら、泣き目で疾走するカトレア。彼女はここで自分の最期を身近に感じていることだろう。とりあえず返してやってくれ……!!それだけで何十という命が救えるんだから!!
「あ……あげますから命だけは!!」
観念したのか伝わったのか、カトレアが卵をこちらに押しつけるように手渡した。よし……これでどうにか収まるな。
「ガラァァァァァァァァァッ!!!」
私が卵を持ったことで敵視したらしい《エイルドラゴン》が立ち止まり、苛立ちからか咆哮する。その圧力に怯みそうになるが、今は返すことだけを考えるんだ。
二人に目を配ると、咆哮の威圧感に怯んで仲良く座り込んでいた。
……それでいい。《エイルドラゴン》自身が卵を潰すという可能性がなくなった。
私はゆっくりとその場に卵を置いて後ずさる。今は誠心誠意謝って許してもらうしかないんだ。
「グウゥ……!!」
私の姿を捉えた《エイルドラゴン》の走る速度がどんどん緩まっていく。視力が低いみたいなことを書いていた気がするが、大体状況を把握できたのだろう。最期には卵を目の前にして止まり、ゆっくりと無事を確認すると我が子を撫でるように舌で舐めたり頬擦りしていた。
やっぱり卵を返してほしかっただけか。本来は温厚であると同時に無害という説明文もこの様子をみると納得できる。敵にさえ回さなければとても可愛らしいじゃないか。
「あ……あぁ……はあっ……はあっ……」
こちらの様子を見て力なくその場にへこたれるカトレア。ずっと走っていたものだからその疲労もとんでもないだろう。これを期に二度と馬鹿な真似はしないでほしいものだ。
そして問題はナギアの方だが……なんと彼は両手に杖を持ち、今にも《エイルドラゴン》に魔法を放とうとしているところだった。
───不味いっ!!
「それは僕の物だ!《ダークタワー》!!!」
「ガラァッ!?」
卵を両手で抱えていた《エイルドラゴン》の足元から、突き上げられるように黒の柱が現れた。不意を突かれたことで《エイルドラゴン》はよろめき、卵が両手から転げ落ち……
……呆気なく割れた。卵から引きずりだされるかのように、真っ黒の羽毛に包まれた《エイルドラゴン》の雛が全身を覗かせた。羽毛は羊水に濡れ、ぴくぴくと動いていた足の動きが止まった。
「……。」
無論死んでいるがその身体は八割方形成されていたらしく、不気味なまでに見開いた黒目がなんともグロテスクだった。
雛の死骸が力なく項垂れるのと同時に顔を上げた《エイルドラゴン》が状況を理解してしまった。
産まれる直前で自分の子が殺されたという事実を。
「ア“ァ“ァ“ァ“ァ“ァ“ァ“ァ“ァ“ァ“ァ“ァ“!」
《エイルドラゴン》の今までにない怒声が、まるで《衝撃波》のように響き渡った。




