魔術書
──彼らの声が止み寝静まった後、呼吸を整えてゆっくりと辞典のような分厚さをした本に手を掛けた。その大きさは六法全書くらいで、これまで持った書物の中ではトップクラスで重い。両手に抱えて持ち歩かないとならないとなるとちょっと非効率じゃないかとも思うが、魔術書が軽いというのも変な話なので無理矢理納得することにした。
それからゆっくりと読み込むように魔術書のページを捲っていく。読めない字は[デッドレコード]の翻訳を兼ねて一つ一つ内容を理解していく。書いてある言語はユラ言語とは違う別の言語であるらしく、恐らくあの勇者が用いる言語と同じもので書かれている筈なのだ。確信できないのは元よりコミュニケーション不可能だからであるが、言語さえ覚えれば多少はマシになるだろう。
そんな感じで読み進めて貰った内容を簡単に纏めたものが以下のものである。
[扱うことができる魔法は術者の素質、即ち六芒星に相反しない気質の色のみになる。それは魔術書を用いた場合でも例外ではない。]
[魔術書はレベル問わず所有者の魔力の流し方を伝授するものであり、魔法の手助けにしかならない。本来は魔術の祖たる《繝?繧「繝》が後生に残す為に執筆された。]
[魔術書Lv5未満の書は人の手によりコピーされたもので、彼ら魔法教育機関により改変、一部規制されている。]
ちょっと不穏な文字が見えたのは置いておくとして……まぁなんだ、要するに魔法の出し方みたいなのを教える解説書みたいなもんだ。旅に持ち歩くには無用の長物な気がするが、勉学にはもってこいの品である。こんな重いものを持ち運んで旅してるなんて凄い努力家なんだな。
……そんなこんなでパラパラ捲っていると、とあるページが引っ掛かったように開いたのだ。そのページには栞か何かのように小さなメモ帳のような赤い表紙の本が挟まっていたらしく、開いた拍子にそれが地面に落っこちる。かなり古くから使っているのか、表紙になる部分はボロボロで破け落ちそうになっていた。この本の所有者の日記かな?恐らく杖を持った女の子の……
私は少々申し訳ない気分に苛まれながら読んでいくことにした。人の秘密というのはなにかと気になるもんだ仕方ない、それに読んだところで今の私を誰も咎めはしないだろう。
[─ゲルケ魔術院で習得した私の初めての魔法は、なんと《ハイドラ》でした。《凍水》の気質に院の誰よりも恵まれていると先生に言われたときは、涙が溢れそうになるとても嬉しかったです。だからといって自惚れることなく沢山の魔法を習得し、いつかは夢見る聖女様のようになりたいです。]
どうやらこのページは勇者の仲間として旅立つ前の学生時代に書いたものらしい。かなりの努力家であるらしく、自惚れることなく高みを目指していける姿勢を貫けるのがなんとも羨ましい限りだ。
次のページをを捲ると、なにやら彼女が書き残したらしいメモがびっしりと並んでいた。語学を嗜んでいたのかアルファベットのような文字を並べていたり、六芒星について細かく自分の主観らしきメモを書き綴っていたりと本当にマメな人という印象を持つ。
[六芒星の上角が《輝光》の伍。下角が《涅闇》の陸。《輝光》に《凍水》と《弩雷》、《涅闇》に《炎焔》と《風翠》が並ぶ。これらはそれぞれが相反する気質である故、操作や発動に若干の難有り───]
細かいところまで読むと頭が痛くなってくるが、この六芒星が私のステータスにあるHexagramを表すということはほぼ理解できた。要するに六芒星の下に位置する《涅闇》は上に位置する《輝光》の魔法の習得が難しいか、そもそもできないということだ。
それから暫く読み進めると、翻訳も相まってほんの少しだが内容が頭に入ってくる。あれだ、英語の教科書見て文字の羅列やら法則がなんとなく理解できるようになるあれ。
[《セラ言語理解》を習得しました。]
暫く読んでいるうちに[デッドレコード]からスキル習得の通知が届いた。元より言語スキルが欲しかったが為にやった行動だし、用が済めば返しに行くのが道理。貸してなんて言った覚えはないが、私としてもこれを持ったままというのは厳しい旅になるし、だからといって捨てるわけにもいかないしな。だがその前にひとつ試しておきたいことがあった。
[《繧、繝ウ繧オ繝シ繝九い》繝ゥ繝ウ繧ッC]
ステータスの進化先のページに表示されているこいつ。これの内容が何で書かれているのかを理解したかったのだが、見た感じ《セラ言語》とやらで書かれているわけではなさそうだった。この文字化けとはこれから行く先々で逢いそうな気がしてならない……というのも私の進化先のみならず、ほんの一部でありながら《魔術書》にもこの文字が使われていることを知ってしまったからである。
あの娘は読めてるのかな……文字化け。
「No se te cayó en algún lugar, ¿verdad?」
「Eso no es posible.」
ふと近くから野太い男の声と、あの気弱そうな女の子の声がした。間違うはずもない……あの勇者御一行の声だ。件の女の子は息を荒げて必死になにかを探しているようにも見える。
何かと言われればこの本だろうが……
「Siempre eres tan tacaño, aunque puedes cambiarlo todo.」
「No, no lo es. Yo sólo────」
勝ち気な女盗賊の小馬鹿にした言葉に、本の持ち主である女の子は明らかに「違う!」といい放ったようだった。まるで代えの利かない何かがそこにあるかのように……言葉の意味を理解し始めたとき、彼女がそれを呼び覚ますような大声を上げた。
「───私のメモが、挟まってるんです!!」
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