ドゥームブルクの辺境伯:sideエニー
・・・
『きゅう……!!』
肩の上ですやすやと眠っていたリトルワイバーンが、違和感に気づき不快そうな声をあげて目を開けた。
「ダメですフィルちゃん!そのうちレンさんも帰ってきますから!!痛たたた!噛まないでください!」
「違う」と言わんばかりにバタバタと暴れ、私の髪の毛に噛みつくリトルワイバーン。この感じだと、どうやらレンさんを親だと思っているようだ。
それも当たり前の事で、この子の名付け親はレンさんであり、同じ魔物同士ということでなにかと牽かれる部分があるのも頷ける。
では何故私がリトルワイバーン、改めフィルちゃんが私の元にいるのかという話になるが、この街でレンさんが活動するに当たって、彼女を率いれたパーティのリーダー、ガルゼンさんという方が彼女に依頼を科したのだ。
その旅路には一応もう一人メンバーの男の方がいるらしいが、その彼と一緒に依頼達成に向けて近郊の森の中を駆け回っているのだと言う。
「大丈夫かなあ……レンさん。」
レンさんが街を出て、既に1日が経過している。ここ一帯の地理を把握してない彼女が迷子にならないだろうかと心配でならなかった。
『……。』
暫く暴れていたフィルちゃんが漸く私に慣れてきたのか、肩に乗って大人しくしていた。まだ周囲に警戒しているようで首をブンブンと振って恐る恐る辺りを見回してはいるが、大声をあげて威嚇したりはしていない。
(あ……目が開いてる。)
そしてふと、産まれたばかりのフィルちゃんの目が開いていることに気づいた。目に飛び込んでくる光景に戸惑っているのだろう、となるべく刺激を与えないようにゆっくりと歩き、この街 《ローセ》の景色を楽しませてあげることにした。
「おー、お嬢ちゃん!その子も順調に育ってるじゃあないかあ!」
「あっ、お肉屋さん!!」
突如横から声をかけられた。その主は店頭に様々なモンスターのお肉を並べたお肉屋の男性であり、フィルちゃんの事を知っている、即ちレンさんと顔馴染みのようだった。
「あの魔物っ娘のお友達かい?やはり君も……いや、人間だな。」
「はい……今はこの子の面倒を預かっていて。」
この街、ローセは人間社会に魔物が混じっているため、自然と魔物と人間を見分ける力というものが彼等には備わっている。そのため待遇の悪化等を恐れてか、ここで働く魔物達は迂闊に暴動を起こせないらしいのだ。
「そうかそうか。いやぁ……にしてもこの子は賢いね。まだ小さいのに、ちゃんと従うべき人を認識出来てる。」
「そうですね。吠えたりしませんし、品物に飛び付いたりしないですよね。」
フィルちゃんは目で肉を追ってこそはいるが、節操なく食らいつこうとはしておらず、ご飯をせびることもしない。
レンさんからは「この子は沢山食べるみたいだから気をつけて」と忠告して貰っていたが、それもあまり気にならないくらいである。
単純にまだ飛べないだけかもしれないが。何にせよ品物を食い潰すような事を仕出かさないだけ本当にありがたい。万が一弁償となったら今の持ち金では足りない。
「そういえばあの子はね、このヒュース肉を買っていったよ。しかも丁度良い部位が入っていてね、なんと油身のすごいロースの部分だ。今なら負けとくけれど、買っていくかい?次は中々来ないだろうし、お得だよ?」
「あ、え、あ、はい、買っていきます。おいくらですか?」
私はお肉屋の店主の口車に乗せられるがまま、ヒュースの肩ロースを購入した。少々薄めだがかなり細長く、両手で抱えるように持ってやっとというくらい重量がある。
これで8ケテル……お肉1つと考えると少し値が張っている気もするけど、まあいいか。
「ほら、餌ですよフィルちゃん。」
『きゅいー。』
50cmはあろうかという巨大な肉に食らいつき、まるで蛇が獲物を丸のみにするかのごとくあっという間に完食する。食欲旺盛なことはある程度レンさんから聞いてはいたが、まさかこれほどとは……近くで見守っていた店主さんも軽く引いていた。
暫くフィルちゃんの様子を見ていたが、当の本人(竜)も私が動かないことに「?」マークを浮かべているかのごとく首を捻っていた為、準備ができたと判断して歩き出すことにした。
(とりあえず……現勇者の辞任を伝えておかなくてはいけませんね。レンさんとやり取りしていてすっかり忘れてしまってました。)
私は私で色々とやらなくてはいけない事がある。レンさんと再会すればまた色々と仕事も増えるだろうし、それまでに済ませられることは済ませなければ。
「...止まりたまえお嬢さん。」
「え、あの、私の事でしょうか?」
私を呼び止める声に振り向くと、魔導士のものと思われる黒のローブに身を包む金髪の男性が悠然と立っていた。何処かで教師でもやっていそうな年期の入った髭と、いかにも厳格そうな顔つきは対峙するだけで思わず後ずさってしまう迫力がある。
髪は薄い金、それもプラチナブロンドと思われる。
「私は近境の街、《ドゥームベルク》を治めし伯、【アルギア・ドゥームル】である。」
「初めまして、エニー・ルミリアです。」
彼はどうやらローセの近くの街を治める貴族の方らしく、妙に高圧的な振るまいにも納得がいった。一応ご挨拶にと止まりはしたが、私が用があるのはローセを取り仕切っているアルフス大公爵の方だ。
それも隣街となると何かと面倒くさい相手になりそうだし、巻き込まれたくないので早いところ立ち去りたいんだけど……
「単刀直入に言う。その黒竜を譲ってはくれないだろうか?」




