殺意の暴力
ふう、と一呼吸いれてスカベシアンを睨み付ける。ヤツの攻撃はどうにか捌き切ったが、すぐさま相手が引いたことで追撃を許してくれなかった。
防御はまだしも、どうにも攻め手に欠ける。
まず結論から言ってしまえば殴れば勝ちなのだが、逆を言えば殴れなければ勝てないということでもある。相手の何十もの攻撃を凌いで漸く一発当たった状況、正直言って割に合ってない。
「……。」
攻めるのに体力を使うのと同じで、避けるのだって相当消耗するのだ。加えて相手の出方によって対応を迫られるだけあって、その度合いは計り知れない。
が、私だって元は殴り合いに強いアンデッドだ。このくらいひっくり返してなんぼ、不利トレード上等じゃねえか。
なんせ防御力なんて元より信用してねえしな。私からしてみれば数値だけは一丁前に高いくせ全く仕事しないお飾りでしかない。単なる進化条件解放のための、文字通りのステータスでしかないのだ。
……まあHPの概念があるこいつらにとっては、そうでもないのかも知れないが。
《ダートショット》
[簡易的に泥を巻き上げ、相手に直接ぶつける攻撃。]
スキル通知が来たと同時に目線を戻すと、スカベシアンが迎撃にと地面を爪で抉ったのが見えた。前足を振り上げるのと同時に不自然なまでに巻き上げられた泥の礫が不規則な弾速でこちらに飛んできた。
紛れた石などがパラパラと音を立てながら私の身体にぶつかって落ちる。
このくらい別に大したダメージではないが、今のスキルでは完全に防げない。すぐさまその場にしゃがんで姿勢を低くし、顔を手で隠して目と呼吸器を守りつつやり過ごす。
いくら不利トレード歓迎つっても、こんなスキルに一々手間取らされるのはなんか嫌だな。もしかしたら《呪縛の風》で飛ばせたのかもしれないが、相手の攻撃に対して出来る策があまりにも限られすぎている気がしてならない。
魔法系のスキルを多く習得して喜んでいた矢先にこんな課題に気づかされるなんて、いいんだか悪いんだか。良いことには間違いないんだけど、ちょっと複雑な気分だ。
「ったく……人の顔に泥なんてかけるか普通。」
相手の攻撃を防ぎ、こんな風に立ち直って愚痴ってはみたものの、ヤツも結局は犬なのだということを思い出した。
いくら理性ある相手と言っても習性や文化 (?)は人間と全く違ったもので、人が水を浴びるように犬や猫は砂だの泥だのを浴びて毛繕いするようなものだ。
【...お主とて人外れのくせしてよく言うわ。】
すぐにスカベシアンから愚痴のような念話が飛んでくるが。ああ、泥被されてる点については特になにも言わないのね。
《サンドストーム》
いやいや、別に砂ならいいって訳じゃないけどね。対して変わってない、変わってないよ。
「《呪縛の風》ェ!!」
心の内でそうツッコミを入れながら、再び《呪縛の風》を放った。黒い霧のようなものを纏った突風が砂嵐と衝突する。
特にこれといった効力はないけれど、風関連のスキルにぶつける防護策としては十分だ。相手への牽制にも使えるし何かとお世話になっている。
それに、スキルの発動から維持にかけて殆ど硬直が発生しないのも良い。相手を牽制しながらすぐに攻撃や更なる妨害へと移行できるのもポイントだ。
「《ハイダーク》!!」
《サンドストーム》の維持で動けないスカベシアンに向かって、紫電を纏った黒い玉をありったけの力を込めてぶん投げる。
『バッ……バオオオン!』
側面へ放った《ハイダーク》はスカベシアンの脆い胴体にぶつかり、爆ぜる。スカベシアンは咆哮を上げながら爆発の衝撃に大きく仰け反った。
『ベシ……!!!』
だが……流石にこの程度じゃ倒れないようで、軽く吹き飛びこそしたものの四つ足ですっくと立ち上がって悠々とこちらを見据えている。
まあ私のステータスもそこまで高い訳じゃないだろうしな……そもそも一撃で倒せるなんて端から期待してなかったし、何事も手堅くやるのが最も安全なのだ。
「《バーチカルダーク》。」
追い討ちをかけるように複数の《ダーク》をぶつける範囲魔法、《バーチカルダーク》をスカベシアンへ放つ。十数もの《ダーク》の弾が標的目掛けて飛んでいく姿は、使っている本人からしてもやり過ぎな気がしてならないが……。
『バオオオ!!!』
だがそんな私の思いを反吐にするかのごとく、スカベシアンは幾十もの弾を顔面の皮膚で軽々と防いだのだ。
……やっぱあの顔面おかしいよ。ワンランクしか違わないとはいえ、格上の攻撃が全くもって効かないなんて思わんかった。
【...くだらん情けか知らんがたわけおって。いつか死ぬぞ小娘。】
「……ふざけてなんてないよ。初めて撃つスキルだからちょっと渋っただけ。」
上手く全力を出せなかったことを察したスカベシアンから、手の抜きようを指摘された。こっちとしては別にふざけたつもりなんてないけどね。
【その甘さ、いつか首を絞めることになるぞ。】
「忠告どうも。でもあんたこそ、私を殺すつもりで来たんじゃないの?」
今の発言で、ヤツの言動が何処か矛盾しているように感じた。前に倒したメガロルフの相方であることは確定で、その復讐に来たという前提で話を進めてきたつもりだ。
だが、まるで私が後々生き残って苦しむことを暗示するよう発言から、そこまでスカベシアンから殺意というものを感じられない。
思えば開幕と同時にぶつかって来たのも本来の戦闘スタイルと大きく差異があるし、それも仇敵を前にしたことで激昂していたと考えていた。
そんなヤツが今のような発言をするとは到底考えられなかった。
【左様。打てる手は全て撃たせてもらうつもりだが、私に残された手は後ひとつなのだ。】
怒っているように見えてその実かなり冷静だし……小難しすぎてよくわからないな。とにかく最後の手さえ凌げば私の勝ちってことでよさそうだ。
『バオオオオオオオオオオ!』
『チョン!』
『ターテ!』
『ヨーコ!』
『ブルブル!』
『ドッ!』
スカベシアンの号令と同時に、数匹のファンブルドッグが姿を現す。先程までケイトと戯れていた個体と見て良さそうだが、
録に魔法も撃てないような奴等を呼んで何をするつもりか……大技のための足止めでもするつもりなのだろうか。
【表面的に捉えすぎだ小娘。常に相手が何をするのか、気を配れ。目を向けろ。】
忠告を含んだ念話と同時に、スカベシアンの目がギラリと不気味に光った。何かのスキルか……?一体何をするつもりなのだろうか。
《道連れ》
《道連れ》
《道連れ》
《道連れ》
《道連れ》
《《《《《《《《道連れ》》》》》》》》
[デッドレコード]から、無慈悲で冷たい《道連れ》の3文字の通知が延々とされ続けている。体温が冷えたような、熱がフッと消え入るような感覚に背筋が凍りついた。
何をするつもりなのか、ずっと考えていた問いの答えが考えうる限りの最悪の形で伝えられることになった。
いやまておま、流石にこれはふざけすぎてるだろ。
『『ブゥゥゥゥゥゥゥルドッグウウウウ!!』』
不気味な笑みを浮かべた無数のファンブルドッグが不自然に宙に浮き、こちら目掛けて襲いかかってきたのだった。




