第四十二話
ルシアがいなくなったことで、一睡もできなかったハヤト。
外が明るくなったのを確認すると、下の階へと降りて行く。
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「おはよう、ユズ」
「え、お、お兄ちゃん!? もう大丈夫なの?」
俺が辛い気持ちを押し隠して言うと、妹は心配そうにこちらを見ている。
一晩中泣いていたせいか、多少はスッキリとしていた。
ただ大丈夫か、と言われたらそうでもない。
ルシアのことを思い出すたびに、泣きそうになる。
涙は枯れることなどないらしい。
「ああ、もう大丈夫だ。昨日はすまなかったな」
「う、ううん。でも良かった、このままお兄ちゃんがめそめそ泣いてたら殴ってやろうかと思ってたところよ!」
せっかく格好つけて大丈夫って言ったのに意味がない。
また盗み聞きでもしてたのだろう、俺が女々しく泣いてたことを知っているようだ。
情けないやら、恥ずかしいやら、なんだか不思議な気分だ。
でもルシアがいない、その事実はまだ俺の中では受け入れられていない。
心にぽっかりと穴が開いたような、そんな気分だ。
「ハハ、もうお前も中学生なんだから人を殴るのはやめにしようぜ? な?」
「何よそれー、殴られたくないとでもいうわけー? このっ! このっ!」
昨日、妹が殴る理由がはっきりしたため俺は冗談っぽくそういった。
そんな俺を笑いながら叩いてくるユズ。
たぶん、俺を元気付けようとしてくれているんだろう。
その拳にはいつものような力強さはなく、優しく感じた。
明るく笑っているユズだが、俺に気を使ってるというのがひしひしと伝わってくる。
俺のために、精一杯に無理して笑っているのだ。
「さて、じゃあそろそろ学校行ってくるよ。ルシアのことも皆に伝えないといけないしな」
何かをしていないと落ち着かなかった俺は、いつもより早く学校に行くことにした。
ユウジやアカネはどういう反応するんだろうか。
ユウジのことだから、俺の代わりに怒りそうだな。
なんで帰ったんだーって。
アカネはそうだな、意外と喜ぶかもしれないな。
ルシアのこと、嫌ってたみたいだしな。
言いづらいなあ。
クラスの連中だって、やっとルシアと打ち解けて来たっていうのに。
ルシアをしきりに剣道部に誘ってたナツキなんかもショックを受けそうだな。
そんなことを考えているともう教室まで来ていた。
俺は深呼吸して、教室へと入る。
まるで、入学式の時のように緊張していた。
まだ時間も早いせいか、人は少なくガランとしていた。
俺は、とりあえず自分の席に静かに腰を下ろす。
ふと、隣の席を見ると、ルシアが居眠りしている姿を思い出してしまう。
忘れようと、思っても忘れられるものでもない。
ルシアがいなくなった、その事実がどうしても俺の心を揺さぶってくる。
「お、おはよう、ハヤト」
俺が隣の席を見てボーッとしているとケイコが話しかけてきた。
「おう、おはよう。ケイコはいつもこんな早くに来てたのか?」
悲しみを押し隠し、俺は明るくそう言った。
「うん、それよりルシアさんはどうしたの?」
ドキッとした。
いつもルシアと一緒にいたから、そのルシアがいないことはやはり気になるらしい。
「あ、ああ……ルシアは異世界に帰ったんだ」
なんて言うか迷ったが、普通にストレートに話すことにした。
ケイコは一瞬戸惑った表情を見せてそのまま黙ってしまった。
ケイコもルシアがこんな急に帰るなんて思ってなかったんだろう。
「そ、そう……ハヤトはそれで良かったの?」
少し間をおいて、ケイコがそう言ってきた。
良かったか、と言われても困る。
俺は、ルシアと離れたくはなかった、むしろずっと一緒にいたかった。
けど、ルシアは自分で帰ることを選んだ。
いや、元から帰る約束だったのだろう。
「まあ、寂しいけど仕方ないさ。ルシアはもともとこの世界の人間じゃないんだし」
俺は、自分に言い聞かせるようにそう言った。
仕方のないことなんだ、と。
「おい、今の話どういうことだよ? ルシアちゃんがどうしたって!?」
いつの間にかユウジが俺の後ろに立っていた。
予想通りというかなんというか、ユウジはものすごく不機嫌そうな顔してこっちを睨んでくる。
俺がルシアが異世界に帰ったことをユウジにも伝えると、そのまま俺に掴みかかってきた。
「なんだよそれ! ハヤト、お前ルシアちゃんのこと好きだったんじゃねえのかよ!? 守るんじゃなかったのかよ!?」
そしてそのままユウジが俺に向かって怒鳴ってきた。
怒るだろうな、とは思ってたが想像以上だ。
「お、おい落ち着けって。守るっていってもルシアは自分の意志で帰ったんだぞ? 俺がとやかくいう問題じゃな……」
俺が言い終わる前にユウジが俺に殴りかかってきた。
殴られた拍子に椅子から転げ落ちた俺は、ユウジのほうを見上げる。
「見損なったぞハヤト! お前がそんなんだからルシアちゃんに愛想尽かされちまったんだろ!」
何言ってんだよ、ルシアが帰ったのが俺のせいだとでも言うのか?
俺は理不尽に殴られた怒りで頭に血が上っていた。
「うるさい! お前に何がわかるってんだッ!」
気付いたらユウジに掴みかかり、殴り返していた。
そんな風に、言われる筋合いはない。
やり場のない怒りがつい溢れ出したのだ。
「ちょ、ちょっとやめなさいよ! 何やってるのよ!」
教室に入ってきたばかりのアカネが慌てて止めに来た。
俺はふーふーと息を吐き、自分を落ち着かせる。
何やってんだよ、俺。
こんなはずじゃなかったのに。
学校に来れば、ルシアがいなくなったことを忘れられるんじゃないかって。
どこかでそう期待していたのかもしれない。
それなのに、俺が悪者みたいな空気になっていた。
ルシアが帰ってしまったのも俺のせい、そういう目をされた。
俺は、その場に居辛くなり、教室から出ることにした。




