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第四十一話

 ルシアが異世界に帰った、その事実を受け入れられないハヤト。

 ハヤトが一人で家に帰ると、ユズがすぐさま近寄ってきた。


---


「おかえりー、随分遅かったね! 告白、ちゃんとしてきたんでしょうね? あ、あれ? ルシアさんは?」


 何も知らないユズは、無邪気に笑いながらそう言ってきた。


「帰った……」


 俺は、ただ一言、そう言い残すと勢いよく階段を上り自分の部屋へと逃げ込んだ。

 ルシアがいなくなった事実を認めたくなかったのだ。


 そんな俺を心配したのか、ユズが部屋の扉を勢いよく叩く。


「ちょっと、お兄ちゃん? もしかして、振られちゃったの? ねえ! ルシアさんはどうしたのよ!?」


 気を使うということを知らないのだろうか。

 ルシアがいない、その事実を認めたくなかった。

 ユズの言葉で、ルシアが異世界に帰ったという事実が再び俺を襲い始める。


 思い出すのはルシアの笑顔ばかり。

 その笑顔を見ることはもう二度とできない。


 そう考えると、胸が張り裂けそうで、俺はただただその現実を直視できないでいた。


 何も返事をしない俺を見かねて、ユズが扉を開け入ってきた。

 どこまでもおせっかいな妹だ。


「いったい何があったの? ちゃんと言いなさいよね!」


 不思議と殴っては来ない。

 いつもだったら、ユズが怒ってる時はなりふり構わず殴ってくるのに。


 俺は、自分の気持ちを整理するようにルシアが帰ったことをユズに伝えた。

 泣きそうになるのを必死に堪えて、ゆっくりと、淡々と伝えた。


「な、何よそれ! そんな急に帰っちゃったわけ!? おかしいじゃない、だって、異世界に帰れないはずじゃなかったの?」


 ユズが口調を荒げながら、拳を握りしめて怒っていた。


「知らねえよ! 俺だって、俺だってわけわからないんだよ。いきなりそんなこと言われて! もうこっちの世界には来ないなんて……もう、もうルシアに会うこともできないなんて――」


 俺はついユズに八つ当たりするように怒鳴り散らしてしまった。

 ユズはそんな俺を不安げな表情で見つめていた。


「……そ、そうよね。お兄ちゃんも、辛いんだよね。ご、ごめん。取り乱したりして。お兄ちゃん、私を殴ってくれてもいいんだよ?」


 急にしょぼんりした様子で、ユズはおかしなことを言い出す。


「何言ってんだよ、頭でも打ったのか? 殴れるわけないじゃないか」


 俺は気を紛らわすかのように、ハハッと笑う。

 冗談、でも言ってくれてるのだと、そう思ったのだ。


「私は、本気だよ? 昔、お兄ちゃんがそう言ってくれたんじゃない。親が離婚して一人泣いてたあたしに、辛いことや悲しいことがあったら俺を殴って忘れればいい、むかついたことがあったら気が済むまで俺を殴ってくれていい、だから、そんな顔しないで笑ってくれって、そう言ってくれたんだよ?」


 そういえばそんなこともあったなあ。

 もう大分昔のことですっかり忘れていた。

 妹がことあるごとに殴ってくるのは自分のせいだったのか。

 

 あれはまだユズが小学生の頃に親が離婚することになったときのことだ。

 お兄ちゃんと離れたくない、とポカポカと殴りつけてくる妹にそう言ったんだった。

 本当は俺は父親に、ユズは母親に引き取られる予定だった。


 けど、そんな妹を放っておくことはできなかった。

 だから俺も母親と暮らすことに決めたのだ。

 まあ他にも理由はあるけど――。


「あー、あったな、そんなこと。まあ気持ちだけもらっておくよ。ありがとう。少し一人にしてくれないか」


 とはいえ、いくらなんでも妹を殴れるはずがない。

 それに、これ以上、ユズに心配をかけるわけにもいかない。

 俺は、もう大丈夫、と言わんばかりに平静を装って強がって見せた。

 ユズは、そんな俺を見て少し頷き無言で部屋を出て行った。


 一人になった俺は、ベッドに横になりながらルシアのことを思い出していた。


 一週間前に突然現れたルシア。

 

 部屋で二人きりとなり無言のまま気まずそうにしていたルシア。

 アカネと言い争う少し怒った顔や雨の中、俺に駆け寄ってきたときの悲しげな顔。

 ゲームをやってるときの無邪気なあの笑顔や服を買ってあげたときの喜んだ顔。

 そして、俺のことを好きだと言ってくれたあの笑顔も全て鮮明に思い出せる。


 そんなルシアにもう二度と会うこともできない。

 そのことを考えると、自然と涙が込み上げてくる。

 一人になった俺は、泣いた。

 泣き続けた。


 ルシアはもともと異世界の王女。

 一週間だけでも一緒にいられたことを良しとしようじゃないか。

 何度も、何度も、自分にそう言い聞かせた。


 けど、溢れ出す涙が止まることはなかった。


 ルシアのいない夜は、一秒が一時間に感じられるくらいに長く、長く感じた。

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