第四十三話
居場所を失ったハヤトは一人屋上へとやってきた。
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「はあ、何やってんだろうな俺」
屋上の柵から校庭を見下ろす。
もうすぐ夏だというのに、心地良い風が吹いてくる。
俺の苛立った心を慰めるように。
俺が悪かったのだろうか。
ルシアが帰ったのは、俺のせいだったのだろうか。
思い当たることはなにもない。
伝えるべきことは伝えた。
俺がやるべきことはもう何もない。
何もないはずなんだ。
「ハヤト、やっぱりここだったのね」
声がして振り返ると、そこにはアカネがいた。
屋上になんてめったに来ないのにどうしてここがわかったのだろうか。
俺が何も言わないでいると、アカネがすぐ隣に来て同じように校庭を見下ろしていた。
「良いところだね、学校にこんなところがあったなんて知らなかったよ」
アカネは、そういうとニコッと微笑んだ。
「ああ、頭を冷やすにはうってつけの場所だ」
俺は、そういうと、あることを思い出した。
そういや先週は、今とは全く逆でユウジが屋上にいたっけな。
あの時のユウジは、今の俺と同じように怒っていたのだろうな。
俺に気を使わせまいと冗談っぽくいってたが、今ならわかる。
「ユウジは、謝ってたよ。ハヤトに申し訳ないことをしたって。ただ何も言わずに帰ったルシアさんが許せなかったんだと思う。いえ、それ以上に、ハヤトがユウジに何も相談してくれなかったことが悲しかったんだと思う」
アカネは淡々とそう言った。
俺はルシアが帰ったことを一人で抱え込み、その日は泣いていただけで何もしなかった。
ユウジだって、他のみんなだって、ルシアとあんなに仲良くしていたんだもんな。
ユズだってそうだ、悲しみを必死に隠して俺を励ましてくれた。
みんな、みんなルシアがいなくなって寂しいんだ、辛いんだ、悲しいんだ。
それなのに俺は、一人悲劇の主人公にでもなったつもりでいた。
ユウジや他の人のことを考えてやることができなかった。
だからこそ、ユウジは俺を殴ったんだろう。
そんな情けない俺に喝を入れるために。
それなのに。
俺はユウジを殴り返してしまった。
「俺のほうこそユウジに謝らないとな、ついカッとなって殴り返しちまったし……」
俺は照れながらそう言った。
俺はまだまだ未熟だった。
ルシアがいなくなって、精神が不安定だった。
「まあ、たまにはそういう風に怒ったりするのもいいと思うけどね。私もルシアさんとよく口論してたけど、本当はそんなにルシアさんのことを嫌ってたわけじゃないし」
アカネが思いがけないことを言ってきた。
ルシアのことを目の敵にしてるとばかり思ってたのに。
「だからね、私は、ハヤトとルシアさんがお似合いだって、そう思えるようになった。やっと、やっと気持ちの整理ができたと思ったのに、こんなことになるなんて――」
アカネは校庭を見下ろしながら寂しそうにしていた。
てっきり、ルシアがいなくなって喜ぶのかと思ったら意外とそうでもないらしい。
もし、俺がいなかったら、アカネはルシアと友達になれたのだろうか。
「まさか、こんな突然帰ってしまうなんてな。突然すぎて俺もなんだかわけがわからない。なんでルシアが帰ったのか、釈然としないんだ。帰る方法がわからないなんて言ってたルシアがどうして急に帰るなんて言い出したのか。しかも、その当日に、だ。ユウジたちにだって別れの挨拶くらいしてもいいはずなのに、どうして――」
そう、ずっと引っかかっていたことだ。
ルシアは、元から帰ることになっていた、という感じで言っていたが本当にそうなのだろうか。
「はいはーい、その疑問にはあたしが答えてあげまーす」
突然、聞きなれない声が後ろから聞こえてきた。
しかし、振り返っても誰もいない。
空耳だろうか、としばらく考えていると急に一人の少女が目の前に現れた。
「お、お前は……だ、誰だっけ?」
「ちょっとぉ、ひどいですぅ。あたしは魔界の戦士レグシーですよー。こんな美少女を忘れるなんて、勇者さんはルシアさんのことしか見えてなかったんですかねえ」
あー、思い出した。
異世界で魔界の王子にくっついてた子だ。
あまり話す機会もなかったからすっかり忘れてたぜ。
「それより、なんだよ、答えって。お前何か知ってるのか?」
「ふっふっふー、聞いて驚くなかれ! ルシアさんはロギ様と結婚することになったのだー、ぱんぱかぱーん!」
な、なんだってー!?
「あ、今そういうのいいから。真面目に聞こうとした俺が悪かった。んで、本当の理由は?」
「だから、本当ですってばー。勇者さんって意外と疑り深いのですねえ。さて、勇者さん、あなたには二つの選択肢がありますぅ。一つ、私と一緒に異世界に行き、二人の結婚をぶち壊す。一つ、このまま黙って何もなかったことにする。さあ、どっちがいいですかぁ?」
レグシーは、さも前者を選んでくれと言わんばかりな態度だ。
だが、俺は……。
「うーん、このまま黙って何もなかったことにする」
「ちょ、ちょっと、どうしてですかー! 私がわざわざこっちの世界に来た意味がないですぅ……。勇者さんはルシアさんのことが好きなんでしょう? なら答えは当然、結婚を止める、違いますかー? そもそもこの結婚は、魔族と人間の争いをやめさせるための政略結婚みたいなもんなんですぅ、ルシアさんもこんなの本当は望んでいないんですよぉ?」
そ、そりゃあ俺だってルシアのことは好きだし、今でも忘れられない。
けど、ルシアが自分で選んだ道だ。
俺が口を挟める問題ではないはずだ。
「俺は、もう振られたんだよ。今更、異世界に乗り込んでいったってルシアを困らせるだけだ、そうだろう?」
俺がそういうと、パシンと平手打ちされた。
アカネに、だ。
「ちょっと、黙って聞いてればさっきから何を弱気なこと言ってるのよ! ハヤトがそんな情けないやつだなんて思わなかったわ! ルシアさんが帰った理由がはっきりしたんだから、ここはその異世界とやらに乗り込んで、結婚をやめさせなきゃ、そうでしょ? ルシアさんだって、本当はハヤトと一緒にいたいはずだからッ!」
アカネがそんなことを言うなんて意外だった。
でも、俺は自信が持てなかった。
ルシアを追って異世界なんかにいって本格的に拒絶されたら、そう思うと怖かったのだ。
でも、これが本当に最後のチャンスだ。
これを逃したら、もう一生ルシアに会うことはできないだろう。
「わかった、行こう。異世界に!」




