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第三十五話

 無言のままアカネの部屋を出たハヤトは一人ぼんやりと旅館のロビーにあるソファーに腰掛けていた。


---


 結局、逃げるようにアカネの部屋を出てきてしまった。

 あんな風に後ろから抱きつかれるなんて初めての経験だ。

 もしあそこで振り返っていたら、俺は理性を保っていられたかわからない。

 だからそのまま部屋を出た。仕方がなかったのだ。

 

 俺がこんなだからアカネやケイコを傷つけてるんだろうなあ。

 でも伝えたいことは伝えたし、これで良かったんだよな?

 といっても伝える前からもうすでにわかっていたみたいだけど。

 これから俺はどうするべきなのだろう?


 こんなときにケータなら、俺になんてアドバイスをくれるのだろう?


「おやおや、珍しく落ち込んでますね」

「え、か、カズミ? なんでこんなところに!?」


 気配を消す能力でもあるのだろうか。

 いつの間にか俺の横にちょこんと座っていた。


「なぜこんなところに、といわれましてもね。風に呼ばれてやってきた、とでも言っておきましょうか」

「はあ? なんだそりゃ」


 突如現れたカズミは、なんだかわけのわからないことを口走りながら俺を見つめてくる。

 はて、真面目な大人しい子だと思っていたけど、不思議ちゃんだったのかな?


「ふふ、ハヤトはそんな風に笑っていたほうが素敵ですよ」

「な!? そ、そんな俺が勘違いするようなことを言うんじゃねえよ」


 カズミが何を考えているのかさっぱりわからない。

 まさか俺に気があるわけじゃないよね?

 これ以上はもうさすがに勘弁だぜ。

 

「残念ながら勘違いですね。私にそんな気はさらさらありません」

「ちっ、じゃあなんだよ。俺をからかってるつもりなのか?」


 と思ったら、真っ向から否定された。

 横にちょこんと座りながらちらちらと俺の顔を見上げてはニヤニヤして気持ち悪い。


「そんなことより、二人の関係は上手くいってるのですか? 今日は同じ部屋なのでしょう?」

「うげ、そこまで知ってるのかよ!? まさか魔法で今までの話を聞いていたとかじゃないだろうな?」


 二人の関係、ってルシアとのことだよな?

 俺とルシアが同じ部屋であることを知ってるなんてどう考えてもおかしい。


「魔法なんて使えませんよ。それより、私の質問に答えてくださいよ、あれから二人はどうなんですか?」

「どうって言われても特に変わりはないよ。いつも通りって感じかな。まあつまり進展もしてないってことだけど」


 魔法は使えないらしい。なら超能力者か?

 それにしても、やけに俺とルシアのことを聞きたがるな。

 カズミのやつめ、何を企んでるんだ?


「ハヤトは進展させるつもりがあったのですか! それならば話は早いです! 私は二人を応援しるんですよ! だから、頑張ってください!」

「えっ!? あ、いや、まあ今日はせっかくのチャンスだし頑張るつもりではいるけどさ」 


 何かを企んでいるなんて疑った俺が悪かった。

 カズミはめっちゃいいやつじゃないか。

 何故かやたらとカズミのテンションが高い。


「いやー、そうなら最初から言ってくれれば良かったのにー! 私ったらてっきりハヤトがルシアさんのことを好きなのかと思って、わざわざアカネさんたちまで呼んだのに意味なかったですね!」

「へ?」


 カズミがハイテンションのままわけのわからないことを言い出した。

 あれれ? 応援してくれてたんじゃなかったの?

 俺は意味が分からず変な声を出してしまう。


「え? だから、ハヤトはユウジのことが好きなんでしょう? それなら何も問題は……」


 カズミがさらにとんでもないことを言い出したため、思わず吹き出しそうになった。

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