第三十三話
ハヤトが旅館を出て適当にぶらついていると、偶然ケイコと鉢合わせるのだった。
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「お、おう、ケイコか。アカネと一緒じゃなかったのか?」
「え、う、うん。部屋で一人になりたいって」
ケイコは少し考えながらもそう答えた。
アカネを問い詰めたのはまずかったか。
「そ、そうか。俺のせいかなあ……はぁ……」
「そ、そうかもね、ハヤトがもっとちゃんとしてれば……」
俺がため息混じりにそうつぶやくと、ケイコは少し不機嫌そうな顔をした。
アカネのことを心配しているのだろうか。
「なあ、ケイコ。俺ってダメなやつなのかな? アカネもルシアも傷つけてるのかな……」
「……他にも傷つけてる人がいるよ」
俺は昔のようにケイコに甘えていたのもしれない。
ケイコになら弱いところを見せても大丈夫だろうという安心感があった。
しかし、ケイコはそんな弱気な俺を見るなりキッと睨んできた。
「そ、そんな怖い顔すんなって。アカネのことはちゃんと考えてるって」
「……本当に鈍感なんだから」
ケイコは呆れた様子で下を向き黙ってしまった。
アカネのことを心配してるのかと思ったが違ったらしい。
「なんだよ、言いたいことがあるならハッキリ言ってくれよ」
「……! い、言えるわけ……ないじゃない! もう放っておいてよ!」
顔を上げたと思ったら、急に口調を荒げてそう吐き捨てた。
俺は何か気に障ることでも言ったのだろうか。
「お、おいおい、どうしたんだよ。何か気に障るようなこと言ったのなら謝るからさ」
「ハヤトは……悪くない。悪いのは私……そう、私なんだから……」
何を言ってるのかいまいちよくわからない。
ケイコは何やら悲しそうな表情で下を向いたまま、俺の顔を見ようともしない。
「なんだよ、アカネに何か言われたのか?」
「違う違う! 違うの! アカネは関係ない、私が全部悪いの……」
ケイコは目に涙を浮かべ必死にそう繰り返した。
なにやら話がかみ合わない。
何かあったのだろうか。
「わ、分かった、分かったから泣くなって。さっき自分でせっかくの温泉なんだから楽しもうって言ってたじゃないか」
「な、泣いてなんて……泣いてなんて……う、うう、うわああああ!」
俺が泣かせまいと言ったその言葉がなぜか引き金となってしまったらしく、ケイコはそのまま泣き崩れてしまった。
その姿を見て、俺はもう何かを言うのをやめた。
俺が何かを言うたびに、ケイコを苦しめている。
そんな気がして何も言えなくなっていた。
自然とケイコを抱き寄せて、よしよしと頭を撫でていた。
小学生のころに、ケイコが転んで泣いていたときのように。
そういえば、昔はよく一緒に泣いたり笑ったりしてたっけな。
いつからケイコと話さなくなったのだろう。
中学の頃に、ケイコが俺のことを好きだって噂が流れて……。
ケイコのことが好きだったのに、恥ずかしくて照れくさくて何も言えなくなった。
俺は、ケイコのほうから話しかけてくれるのを待っていた。
でもそれ以来、俺に話しかけてくることはなかった。
噂はデマで俺のことを本当は好きではない、そう思った。
だからそのせいで、俺を避けるようになったのだと。
俺はケイコのためを思って、それからは話さないようにした。
好きだったけど、好きだったからこそ、ケイコとは話さないようにした。
それなのに、今俺の胸の中で、子どもに戻ったかのようにケイコは泣き続けている。
ケイコが泣いている理由はわからない。
けど、一つだけ言えることは、ケイコは俺のことを嫌いになったわけではなかったということだけだ。




