第14話 警備記録
観測卓の下で、古い端末が光っていた。
尚匡が配線表の下端を照らしたとき、机の奥から画面の光が見えた。低い位置に載っていたため、入口からは気づかなかった。観測卓の表示とは別で、外枠の黄ばんだ、小さな画面だった。
榎坂が椅子を引き、尚匡はその前へしゃがんだ。右手で机の縁を掴むと傷が痛み、左へ持ち替える。
画面の隅に、笹倉の札と同じ印が出ていた。
入退館記録、警備引継、資料閲覧。いくつかの項目が並んでいる。既に閲覧用の画面が開かれ、名前の一覧の途中が表示されていた。
自分たちが何もしないうちに、読める状態になっている。
尚匡は先に写真を撮った。ここで何かを押したあと、最初からそうだったか分からなくなるのが嫌だった。友乃葉が横から覗き、今の時刻を書き留める。
「開けてあったんですか」
「そう。誰かが読ませるつもりだったかもしれない」
友乃葉はその言葉を聞き、手を引いた。端末の中身が嘘だと言いたかったわけではない。札の実験で表示を一つ読めたから、次も信用していいということにはならなかった。
尚匡はまず、自分の名前を探した。
相良尚匡。昨年の空調点検依頼。
依頼元の会社名と、作業の区分が並んでいる。施設の名称だけでは気づかなかったが、依頼番号の頭に見覚えがあった。尚匡は携帯に残っていた古い仕事のメモを探す。番号の一部と、点検した月が合った。
今回が初めての関係ではなかった。
「昨年、外の設備を見てます。ここの会社から、別の名前で依頼が来てた」
声に出すと、友乃葉が自分の記録へ加えた。端末に書いてあることと、本人が覚えていたことを、別の行へ置いている。
尚匡は自分の名前の下を見た。
志摩野穂奈実。事故後の音声資料整理。
三戸部友乃葉。大学との共同研究に関する聞き取り対象。
榎坂慎。事故当日の救助要請先の所属記録。
笹倉壮平。警備勤務。
指を動かす前に、尚匡は五つの名が一緒に見えるところを撮った。札と棒を撮れなかった友乃葉は、今は何も言わずにその画面を見ていた。
「全員、ここに関係がある」
彼女が言った。
声が細くなっていた。大学との面談、と書かれた行から目を離せずにいる。自分の知らない場所で、したことの意味を決められる怖さがあるのだと尚匡は思った。
「関係があることと、何かしたことは違います」
穂奈実が先に言った。
友乃葉が顔を上げた。穂奈実は画面の自分の行を示す。
「私はこの資料の仕事、覚えています。録音の途切れや聞き取れない箇所を整理した。依頼書には研究施設の事故の資料とあった。でも、ここで何が起きたかの調査員ではありません」
尚匡は頷いた。彼女の仕事を、今初めて少し具体的に知った。音を聞き分けられるからといって、事故の秘密まで知っているわけではなかった。
友乃葉も、面談を受けたと言った。別の建物へ呼ばれ、音の聞こえ方や、時間の感じ方について質問されたという。研究名は記録の文面と少し違っていたが、担当部署の略称には覚えがあった。
「アンケートみたいなものだと思ってた」
彼女は言った。
「ここに入ったことは、ないです。今日まで」
尚匡は、それを端末の情報と一緒に残してほしいと頼んだ。本人が今話したことも、ここにある名前と同じ重さで残る必要があった。
榎坂は自分の行を見ていた。
尚匡は、その横の事故の日付を見た。自分が昨年の点検依頼を受けた時期とは違う。事故のあとに接点ができた人間もいる。六人の名前が同じ画面にあるせいで、同じ日に同じことをしたかのように見えかけていた。
穂奈実に確かめると、資料の整理を請け負ったのも事故後だった。彼女は日付を指し、そこを一緒に撮ってほしいと言った。友乃葉は少し肩の力を抜き、自分の面談日を探した。日付を揃えれば、少なくとも一つの場面へ全員を押し込めずに済む。
尚匡は画面に寄って撮るのをやめ、見出しと日付が入る距離へ戻った。
「所属は、合ってる」
榎坂はそれだけ言った。
救助要請先に所属したことと、本人が事故の現場へ来たことは同じではない。尚匡は先を訊こうとしてやめた。今、榎坂の手は机の縁を強く握っている。笹倉のところへ戻れなかった人間に、過去の救助の説明まで同時に求めるべきではなかった。
笹倉の欄には勤務の期間があった。棒と札だけでは推測だった接点が、記録にも出ている。それでも、彼がなぜ仕事を隠したのかは、そこに書かれていなかった。
尚匡は棒を押さえていた両手を思い出した。
皆を先へ行かせた。そのことを、間違った操作をした事実と一緒に残したかった。自分だけ助かろうとした男ではない。知っていたから助けられるはずだと思い、その知識が今とは合っていなかった。
友乃葉が、笹倉の勤務期間を読み上げた。今の新しい銘板が取り付けられた時期と、どちらが先かは分からない。彼が改修を知らなかったという考えはできるが、端末にその答えまではなかった。
尚匡は棒の操作を知っていた、とだけ口にした。友乃葉もそう書いた。なぜ隠したか、なぜ急いだかという欄は作らなかった。
榎坂が画面から目を離した。端末の中の笹倉は、警備勤務の一行のままだった。先ほどまで扉の前で踏ん張っていた重さを、その一行へ全部戻すことはできなかった。
端末の一覧には、御厨の名だけがなかった。
友乃葉が御厨を見た。彼は椅子の後ろに立っている。画面へ近づこうとはせず、時刻の表示に目をやった。
「私は、別の部署の手配で来ていますから」
御厨は答えた。
「この一覧が全部とは、限らないでしょう」
尚匡もそこは否定できなかった。来訪者、業者、職員。区分が違えば出ない可能性はある。名前がないだけで、閉じ込めた側だとは言えない。
御厨が腕を伸ばした。
画面の横に、一覧を切り替える小さなキーがある。尚匡はその手へ自分の手をぶつけず、先に声を出した。
「まだ閲覧中です」
御厨が止まった。
「先に、今の画面を残します。それから、何を見たいか教えてください」
少し間があった。御厨は腕を下げた。
「管理している人間が、どこにいるか分かるかと思ったんです」
尚匡はその言葉を聞き、自分でも管理者の欄を探した。事故資料の見出しの横に、閲覧制限とある。その下に担当者の名らしい行があった。画面の端が暗く欠け、一部の文字が潰れている。
御、という形が見えた。
続きは読めなかった。最後の文字も、吾に見えなくはない。尚匡は顔を近づけたが、欠けた画面は角度を変えても戻らなかった。
読めたつもりになれば、名前を一つ作れてしまう。
尚匡は写真を撮った。友乃葉にも、そのままを残してもらう。御厨の名だとは読み上げなかった。
御厨は壁の表示を見た。
「残り、二時間二十二分です」
十時三十八分だった。
尚匡は画面をもう一度見た。自分たちは偶然集まった六人ではないのかもしれない。ここへ連れて来るための接点を、誰かが前から拾っていたのかもしれない。
それは、自分たちに罰を受ける理由があるという意味ではなかった。
穂奈実が友乃葉へそう言い、尚匡も頷いた。そこを飛び越えれば、置き去りにしろと言った電話の声へ、別の理由を与えてしまう。
榎坂が椅子を元の位置へ戻した。尚匡は端末の前を空けたが、誰も画面を切り替えなかった。
尚匡は最後に、開かれていた画面をもう一枚撮った。自分たちが見たことで変わった部分と、最初からあった部分を、あとで辿れるようにしたかった。
五人は中央へ続く廊下へ出た。友乃葉の携帯には、六人分の名前が残っている。御厨の欄は、接点未確認になっていた。




