第三話 廻る鍵
※このお話は、収録作品の中でホラー要素が強めになっています。苦手な方はご注意ください。
とある町外れ。
そこには窓ガラスがほとんど割れ、ドアもない、三階建ての廃アパートがあるらしい。
だが、三階の階段から一番離れた一室だけ、毎週金曜日にドアが出現するらしい。
けれども鍵が掛かっていて、中に入ることはできないらしい。
「らしい」ばかりなのは、人づてに聞いた話だからだ。
多分、誰かが面白おかしく考えた冗談だろうと思っていた。
それを見るまでは……。
金曜日の朝、郵便受けに見覚えのない封筒が入っていた。
差出人の名はない。切手も、消印すらもなかった。
中身を確かめると、古びた鍵が一本、こつん、と手のひらに落ちてきた。
誰かの悪戯だろう。そう思って、私は鍵を机の引き出しに放り込んだ。
それきり、忘れるつもりだった。
異変は、その晩から始まった。
夢の中で、私は町外れの道を歩いていた。
街灯もない、伸び放題の雑草だけが足元を掠める道を、まるで誰かに手を引かれるように進んでいく。
やがて視界の先に、あの廃アパートが浮かび上がった。
三階建て。窓ガラスはほとんど割れ、玄関にはドアすらない。
私は吸い寄せられるように、外階段を上っていく。
一段、また一段。
三階に着く手前で、決まって目が覚めた。
心臓だけが、夢から持ち帰ったように激しく鳴っていた。
同じ夢を、次の日も、その次の日も見た。
日を追うごとに、階段を上る歩数が増えていく。
五日目の夜には、三階の通路の突き当たり――あの一室の前まで、辿り着いてしまった。
ドアの前に立ち、私は自分の手を見下ろす。
手のひらには、あの鍵が握られていた。
目が覚めると、金曜日だった。
一週間が経っていた。
気づけば私は、家を出ていた。
引き出しから取り出した鍵を握りしめ、夢で見た道を、今度は自分の足で歩いていた。
街灯もない道。伸び放題の雑草。
やがて、廃アパートが目の前に現れた。
昼間のはずなのに、その建物の周りだけ空気が薄暗い。
私は誘われるように外階段を上った。
一段ごとに、夢で聞いた自分の足音が重なって響く気がした。
三階の通路の突き当たり。
そこには、確かにドアがあった。
木目の浮いた、古い木製の扉。
ここまで来て、私はようやく気がつく。
この期に及んで、まだ「本当にあるわけがない」とどこかで思っていたのだと。
鍵を鍵穴に近づける。
だが、手が震えて、どうしても差し込めない。
冷たい汗が背中を伝った。
早く帰ろう。そう思うのに、足が動かない。
その時、背後の通路に――誰かがいる気配がした。
微かな衣擦れの音。息遣いのようなもの。
私は弾かれたように振り返る。
誰もいない。
割れた窓から差し込む光の筋と、埃だけが、静かに舞っていた。
ほっとした、その瞬間だった。
背中で、ぎい、と音がした。
振り向く間もなく、ドアが独りでに開き――何かに腕を掴まれるように、私は部屋の中へと引きずり込まれた。
視界が、黒く塗りつぶされた。
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目を覚ますと、見慣れた天井があった。
自分の部屋。自分のベッド。
全身にじっとりと汗をかいていて、心臓はまだ早鐘を打っている。
夢だったのか。そう思うと同時に、深い安堵が全身を包んだ。
けれど、体を起こした私の目に、机の上のものが映った。
あの封筒と、あの鍵。
きちんと並べて、置かれていた。
私は震える手でそれを手に取る。
鍵は――冷たく、確かに実在していた。
これ以上、関わってはいけない。
頭の中で、誰かがそう囁いている気がした。
私は鍵を封筒に戻し、封をすると、そのまま家を出て、近くのポストにそれを投函した。
二度と、あの道を歩かないように。
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金曜日。
ある家の郵便受けに、一通の封筒が届く。
差出人の名はない。切手も、消印すらない。
「何だ、これ」
郵便受けから取り出した青年が、封を開ける。
中から、こつん、と古い鍵が転がり出た。
「封筒に……鍵?」




