1
樽井東高校グラウンドには、体力測定のため二年生全員が集められていた。
クラスごとに整列し、各種目へ移動していく。
三年は体育館で体力測定、一年は学校所有の山奥の施設で宿泊オリエンテーション中らしい。
「あーーーーダリィーーーーー」
グラウンドのあちこちから、教師のホイッスル、生徒たちが繰り出す音、楽しげな笑い声が響く中、俺たち二年C組は五十メートル走を順番に走っていた。
クラスメイトたちが走っているところを眺めながら不平を漏らしていると、生気のない目をした優等生が近づいてきた。
「おはようございます、陰浦さん。今日も気だるそうですね……」
「おはよ。俺はいつも気だるげだぞ。そういうそっちも心なしか目が死んでるぞ?」
優等生は「ははは……」と空笑いをする。
「あれ、陰浦さんのペアの方はどちらに?」
「あぁ、アイツはあそこでバスケ部の連中と喋っているよ」
俺が指を向けると、陸斗は別のクラスの部活仲間と盛り上がっていた。
体力測定の記録勝負の話でもしているんだろう。
「そういう、そっちのペアは?」
「えーっと……あちらです」
優等生は気まずそうに視線を送る。
その先では、離れた場所からこちらをチラチラ窺う気の弱そうな女子生徒がいた。
またか……。
「よう! お二人さん」
背後から声がして振り向くと、陸斗がニヤニヤしながら戻ってきた。
「……」
「おはようございます。岡田さん……」
「なんだなんだ? 二人とも元気ねーなー」
「お前は運動になると一段とうざったいな」
「楽しいからな。それで、どうしてお前たちは元気がないんだ?」
「はい……。実は——」
優等生が昨日の部活決めでのことを、陸斗にでもわかるように簡単に説明した。ついでに自分が運動音痴であることも。
「アハハハ。そういうことか。体育館でやけに張り切っていたのはそれだったんだな。それにしても面白いな、それ」
「面白くないですよ」
「張り切ってねーし、まったくおもんねーよ。ぶっ殺されたいのか?」
陸斗の悪気なく笑う様子に、優等生は頬を膨らませ、俺は陸斗へやんわり抗議する。
「はいはい。でも、興味あるんだよ」
「なんですか、さっきから。バカにしているのですか?」
陸斗の態度が癇に障ったようで、優等生が陸斗を恨みがましく見て、陸斗が俺を見る。
「悪い悪い。夏葉さんをバカにしたんじゃないんだよ」
じゃあ、言いたいことがあるのは俺の方か。
「じゃあなんだよ?」
俺が陸斗を睨むと陸斗は飄々と笑う。
「いやだって、お前、今までこれに限らず体育の授業も体育祭も、なんなら部活も全力で取り組んだことないだろ?」
「実力を隠してました系の主人公みたいに言うな。俺はいつだって本気だったぞ」
「嘘つけよ。ただ、だるすぎてやる気が出なかったってだけだろ?」
バカの癖に俺の性格をよくわかっている。さすがは腐れ縁というべきか……。
「それに、たとえ俺が本気を出せたって、大した記録にはならないと思うぞ……」
「またまたー。自分からフラグ立てちゃってー」
陸斗がにやけながら俺をつついてくる。
うぜー……。
「夏葉さんも興味あるだろ? 明の実力」
「ま、まぁ、確かにそれはすごく興味ありますね」
「だろ? ん゛っ、ん゛ー……。陰浦さん。私、気になります!!」
わざとらしく咳をした陸斗は、声のトーンを目一杯あげ、誰かしらのモノマネをする。
「チッ……ほら、さっさと行けよ鬱陶しい……」
「お! そうだな。よっしゃ、やったるぞー。一番狙ってやるぞー」
陸斗はぴょんぴょんと飛び跳ね、大きく準備運動をしながらスタート地点へ向かって行った。
スタート地点には男女二人ずつ並び、開始の合図を待っている。
まだ出番が先である俺はその場に座り、ボーっと眺める。
「瑞希ちゃーん、頑張ってくださーい」
優等生は俺の隣に座り、自分のペアの女子に声援を送ると、その女子はあまり自信がないように手を小さく振る。
「位置について、よーい……」
ピッ!!
担任のホイッスルが鳴る。
走者四人が一斉に走り出す。
スタートの瞬間、陸斗は持ち前の反射神経で誰よりも早く地面を蹴った。
他の三人を置き去りにし、独走。
陸上部でもない陸斗の走りに、教師も生徒も驚きをあらわにする。
「!! 岡田さんって、あんなに足が速いのですね?」
「まぁな」
そして、あっという間に陸斗が一番にゴールし、他の三人も遅れてゴールしていく。
ゴール地点でタイマーを持った記録係の生徒から、自分の記録を聞いた陸斗は、満面の笑みを浮かべながらこちらに戻ってくる。
「何秒だった?」
陸斗のペアである俺は陸斗を見ず、持っている陸斗の記録用紙に視線を固定し尋ねる。
「何秒だと思う?」
「何歳に見える?」みたいなクッソめんどくさいことを聞いてくる。
「さぁな、見てなかったから、二十秒にしとくわ。キリがいいしな。よかったな、お前が一番だぞ。逆の意味で」
「いや、それは俺が望んでた一番じゃないから。悪かったって」
陸斗が胸を張る。
「俺の記録は、なんと! 自己最高の六.〇五秒!! これは誰も俺に勝てないだろ」
優等生だけが感心したように拍手する。
「本当に速いですね。驚きました」
「へぇ、ヨカッタナー」
俺は淡々と記録用紙に書き込んだ。




