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「「……」」
美緑母が去っていくのを見送り、俺たちの間に沈黙が流れた。
「ちょっ、ちょっと待っていてください」
「わかった」
美緑は部屋の扉を少しだけ開け、その隙間から中を覗き込んだ。
「よかった。本当に隠してくれてる……」
そんなに見られたくないものがあるのか? 逆に気になるんだが。
「ど、どうぞ。陰浦さん。入ってください」
案内されるまま部屋に入った。
部屋は白やベージュで統一され、整然としていた。
本棚には、大小さまざまなペンギンのぬいぐるみが所狭しと並んでいる。
よっぽどペンギンが好きなんだな。
女子高生らしい部屋だとは思うが、ところどころに明らかに他人の手が加わった跡がある。
「「……」」
部屋のライトは薄暗く調光され、ベッドには「YES」としか書かれていない枕が二つ。
その近くにはティッシュ……それに、小さい箱。そこにはメモが挟まれていた。
『一応、一箱用意しておいたけれど、足りるかな? 足りるよね? まぁ、足りなかったら生でヤッてもいいからね。あ、安心して、デキても私たちがサポートするから。
追伸、あんまり激しい行為は遠慮してね。防音とはいえ、声が響くと気になって眠れなくなるから』
ふざけたメモを、美緑がクシャクシャに丸めてゴミ箱に投げ捨てた。
そして、乱暴にリモコンを押した。部屋が一気に明るくなり、妙な雰囲気も日常へと引き戻された。
美緑母が細工していたベッドを、美緑が素早く元の状態に戻す。
途中、小箱を手に取って少し悩んだ末、机の引き出しの中にしまった。
いや、しまうのかよ。
「はぁ、はぁ……」
荒い呼吸を整えた美緑は、頬を赤く染めながらも、必死に冷静さを取り戻そうとしていた。
「き、気にしないでください」
そう言って視線を逸らしたあと、美緑は無理やり話題を変えるようにタブレットを手に取った。
「そういえば、今日は数学と化学の課題が出ていましたね。さすがにまだやっていませんよね?」
「出てたのか? 寝てたから知らんかったわ」
「私もまだやっていないので、一緒にやりましょう」
「そうだな。どうせコーヒーのせいで眠れないしな」
「母と姉がすみません……」
「あー、うん。別にいいよ」
美緑がローテーブルを引き寄せると、鉄製の脚が床をかすかにきしませ、俺たちは隣り合って座った。
美緑がタブレットでメールを開き、課題のPDFを表示した。
今表示されている教科は化学だ。
「へぇー、ここかぁ。今回の課題は」
「陰浦さん、もしわからない所があればお教えしますよ」
いつも授業中に寝ている俺を気遣ってくれる。ありがたい申し出だ。
「あぁ、わかんなかったら頼むけど、ひとまず自分でやってみるよ。教科書を貸してくれるか?」
「あ、はい。どうぞ」
「ありがとう」
受け取った教科書は、まるで新品のようにきれいだった。
俺たちは静かにペンを走らせた。
さっきまでの騒がしさが嘘のように、部屋には穏やかな空気が流れていた。
「……なんだ、化学は簡単だな……」
「そうですね。ほとんど穴埋めでしたね」
それほど時間もかからず、俺たちは化学の課題をほぼ同時に終わらせ、次は数学に取り掛かった。
「なるほど、こういうことか」
「……陰浦さんってやっぱり頭いいですよね。少し教科書を見ただけですぐに理解するなんて」
「頭いいのかわかんないけど、俺的には、数学ってパズル感があるんだよな。数字をはめ込む感じ? だから案外いける」
「……えっ、そのように考えるのですか?」
「まぁな。あ、美緑」
シャーペンを指先でくるくる回しながら、ふと名前を呼んだ。
すると、美緑は一拍遅れて返事をした。
「……えっ? あ、はい!」
「どうした? そんなに驚いて」
「す、すみません。まだ陰浦さんに名前を呼ばれることに慣れていなくて……」
美緑は耳まで赤く染めて、シャーペンのキャップをいじる。
「なに言ってんだよ? そっちが名前で呼べって言ってきたんだろ?」
「そ、そうですけど」
「まぁいいや、それより、そこ、間違ってるぞ」
「え?」
借りたシャーペンの先で、美緑のルーズリーフを指す。
「そこの問8。x=5じゃなくて3だと思うけど……。あ、ここも……」
「あ、本当ですね。私としたことが」
よほど疲れていたのか、それとも眠いのか、単純な計算ミスをいくつもしていた。
美緑はすぐさま間違っている箇所を訂正していく。
「ふぅ、終わったな……」
「そうですね。終わりましたね」
数学の計算式と答え、それに化学の解答を書いたそれぞれのルーズリーフを写真に撮ってメールで送信した俺たちは、一息をついた。




