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俺に青春は向いていない  作者: 真面堂 九世
第8章

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7

「ふぁーあ……」


 美緑が上品に大きな欠伸をする。


「そろそろ寝るか」

「!! ……そ、そうですね」


 急に美緑が緊張しだした。

 あー忘れてた。美緑母と姉に、余計すぎる世話を焼かれていたことを。


「予備の布団かなんかあるか?」

「えーっと……たぶん、ない、ですね」

「そうか、じゃあ、テキトーにそこらへんで寝るよ。カーペット敷いているし、十分だ」


 俺はその気になればどこでも寝られるんだよな。


「それは駄目です!!」


 美緑が声を上げると共にローテーブルをバンッと叩いた。その音が夜の静けさに響いた。

 その真剣さに、俺は一瞬圧倒された。


「お、おう……。じゃあ、机と椅子を貸してくれ。学校でも寝ているから、俺の中では第二のベッドと言っても過言ではない」

「それもダメです!!」


 俺が出した第二、第三のベッド案も、あっさり却下された。


「そんなところで寝るくらいなら、私のベッドを使ってください」

「いや、でもなぁ……」


 俺は寝られればどこでもいいが、母親や姉の余計な老婆心に振り回されている今の美緑が、俺とでなくとも異性と寝るなんて無理な話だ。


「だ、大丈夫です!」

「そうか? そこまで言うなら、寝るか」

「は、はいっ!」


 大丈夫じゃなさそうだ。

 美緑は体を強張らせながらベッドを整えてくれ、二人でベッドに入る。

 ベッドに入ると、肩が少し触れた。

 静かな空気の中、美緑の呼吸だけが速い。

 その息遣いが伝わってきて、俺まで変に意識してしまいそうになる。


「…………」

「おぉ……!! これは、コーヒー飲んでても寝られそうだ」


 やはりベッドも高級なものなのか、すっごい寝やすい。

 だが、枕に違和感を覚えた。

 枕の下に手を入れると、硬い箱の感触。

 引っ張り出してみれば、0.01とでかでかと書かれた箱。

 またか……。

 箱を裏返す。


『美緑、明くん。さすがに高校生で妊娠はまずいかもだから、用意しておいてあげるわ。さすがに足りるとは思うけど……。あ、私の部屋、隣だからあんまり激しい行為はやめてね。じゃないと私も混ざるからね。お姉ちゃんより』


 と美緑姉が書いたらしきメモが貼られていた。

 はぁ……母といい姉といい、本当になにやってんだよ。


「!? ……や、やっぱり……す、するの、ですか?」


 ゴムを俺が持ち込んだものだと思った美緑は、さらに緊張して不安そうに俺を見た。


「しねぇよ」

「ほ、本当にしないのですね……?」


 俺が否定すると、ほっと息を吐いた。

 けれど、ほんの一瞬だけ視線が伏せ、どこか寂しそうにも見えた。


「あのなぁ。そっちから『抱いてくださいお願いします。なんでもしますから』って懇願してくるなら、渋々してやらんこともないが……」

「なっ!?」

「二人きりならともかく、俺は他の誰かがこの家にいる状況で、そういうことをする趣味は無い」

「そ、そうですよね」

「それに、母親と姉が盗み聞きをしているこの状況で、手を出すわけないだろ」

「!?」


 美緑は勢いよく布団を飛び出し、扉をバンッと開ける。


「お母さん! お姉ちゃん!」


 直後、ドタバタッと廊下を駆け逃げる音。「キャー逃げろ!」なんて声まで聞こえてきた。


「……本当にすみません。母と姉が……」


 美緑は恥ずかしそうに肩をすくめ、ベッドに戻る。


「いいよ別に。もう寝ようぜ」

「そ、そうですね」

「ふぁーあ……。お、眠くなってきた。んじゃ、俺は寝るわ、おやすみぃ……」

「あ、はい、おやすみなさい……」


 返事の声は小さく震えていた。

 布団の中で、美緑の肩がそっと寄ってくるのがわかった。

 だが、俺は気にせずまぶたを閉じた。



 ◇ ◇ ◇



(どうしよう、全然眠れない……)


 時刻は午後十時を回っていた。

 普段なら、美緑はとっくに眠りについている。

 だが、今夜は胸の鼓動がうるさく、隣から伝わる寝息と体温が、眠気を遠ざけていた。

 そっと隣を見ると、すぐ横で仰向けの明が静かな寝息を立てていた。


(男の人と……しかも、陰浦さんとだなんて…………)


 思わず顔を両手で覆い、体を揺らして身もだえる。


「んー……」


 ベッドが軋み、明が寝返りを打った。


「っ!?」


 顔が近い。

 吐息が頬に触れるほどの距離に、胸が一気に跳ね上がった。


(学校ではだらけてばかりで、息をするように嘘をついちゃうし……。普段は生気の宿っていない目なのに、ときどき鋭く怖い目になったり……)


 美緑は息を詰めたまま、目の前の寝顔をじっと見つめた。


(あまり印象がよろしくない人かと思えば、運動神経がよくて、頭もよくて、それに料理や家事もできる……。本当に不思議な人……)


 そう思いながら、そっと指先を伸ばし、明の頬をツン、とつついた。


(あ、まつ毛が長い……。それに、寝顔は、優しい顔をしているんだ……。ふふっ、可愛い……)


 そして、今日あった電車でのことを思い出した。


(本当に……本当に、今日はカッコよかったなぁ……)


「……私にはこのくらいしかできませんけど……」


 そう言って美緑は目の前にある明の顔に、自分の顔を近づけた。

 近づくにつれて自分の顔が熱を帯びていることを感じる。

 美緑は、唇が触れる直前で、ほんの一瞬ためらった。


(いけないけど……。でも、今だけは……)


 明の唇にそっと重ねた。

 想像よりも柔らかく、美緑の胸がキュッと締め付けられた。


「私の、ファーストキスです……。助けてもらったお礼……でもこれじゃ、私が嬉しいだけですね。アハハハ……」


 キスをした美緑は、名残惜しそうにゆっくりと唇を離した。

 いつまでも触れていたい気持ちを胸の奥にしまい込み、その余韻をかみしめながら、一人ではにかんだ。


「明くん。大好きです……。おやすみなさい……」


 返事はなく、明の寝息が夜の静けさに溶けていく。

 その音を子守唄のように聞き、美緑は頬を赤く染めたまま、ゆっくりとまぶたを閉じた。

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