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「ふぁーあ……」
美緑が上品に大きな欠伸をする。
「そろそろ寝るか」
「!! ……そ、そうですね」
急に美緑が緊張しだした。
あー忘れてた。美緑母と姉に、余計すぎる世話を焼かれていたことを。
「予備の布団かなんかあるか?」
「えーっと……たぶん、ない、ですね」
「そうか、じゃあ、テキトーにそこらへんで寝るよ。カーペット敷いているし、十分だ」
俺はその気になればどこでも寝られるんだよな。
「それは駄目です!!」
美緑が声を上げると共にローテーブルをバンッと叩いた。その音が夜の静けさに響いた。
その真剣さに、俺は一瞬圧倒された。
「お、おう……。じゃあ、机と椅子を貸してくれ。学校でも寝ているから、俺の中では第二のベッドと言っても過言ではない」
「それもダメです!!」
俺が出した第二、第三のベッド案も、あっさり却下された。
「そんなところで寝るくらいなら、私のベッドを使ってください」
「いや、でもなぁ……」
俺は寝られればどこでもいいが、母親や姉の余計な老婆心に振り回されている今の美緑が、俺とでなくとも異性と寝るなんて無理な話だ。
「だ、大丈夫です!」
「そうか? そこまで言うなら、寝るか」
「は、はいっ!」
大丈夫じゃなさそうだ。
美緑は体を強張らせながらベッドを整えてくれ、二人でベッドに入る。
ベッドに入ると、肩が少し触れた。
静かな空気の中、美緑の呼吸だけが速い。
その息遣いが伝わってきて、俺まで変に意識してしまいそうになる。
「…………」
「おぉ……!! これは、コーヒー飲んでても寝られそうだ」
やはりベッドも高級なものなのか、すっごい寝やすい。
だが、枕に違和感を覚えた。
枕の下に手を入れると、硬い箱の感触。
引っ張り出してみれば、0.01とでかでかと書かれた箱。
またか……。
箱を裏返す。
『美緑、明くん。さすがに高校生で妊娠はまずいかもだから、用意しておいてあげるわ。さすがに足りるとは思うけど……。あ、私の部屋、隣だからあんまり激しい行為はやめてね。じゃないと私も混ざるからね。お姉ちゃんより』
と美緑姉が書いたらしきメモが貼られていた。
はぁ……母といい姉といい、本当になにやってんだよ。
「!? ……や、やっぱり……す、するの、ですか?」
ゴムを俺が持ち込んだものだと思った美緑は、さらに緊張して不安そうに俺を見た。
「しねぇよ」
「ほ、本当にしないのですね……?」
俺が否定すると、ほっと息を吐いた。
けれど、ほんの一瞬だけ視線が伏せ、どこか寂しそうにも見えた。
「あのなぁ。そっちから『抱いてくださいお願いします。なんでもしますから』って懇願してくるなら、渋々してやらんこともないが……」
「なっ!?」
「二人きりならともかく、俺は他の誰かがこの家にいる状況で、そういうことをする趣味は無い」
「そ、そうですよね」
「それに、母親と姉が盗み聞きをしているこの状況で、手を出すわけないだろ」
「!?」
美緑は勢いよく布団を飛び出し、扉をバンッと開ける。
「お母さん! お姉ちゃん!」
直後、ドタバタッと廊下を駆け逃げる音。「キャー逃げろ!」なんて声まで聞こえてきた。
「……本当にすみません。母と姉が……」
美緑は恥ずかしそうに肩をすくめ、ベッドに戻る。
「いいよ別に。もう寝ようぜ」
「そ、そうですね」
「ふぁーあ……。お、眠くなってきた。んじゃ、俺は寝るわ、おやすみぃ……」
「あ、はい、おやすみなさい……」
返事の声は小さく震えていた。
布団の中で、美緑の肩がそっと寄ってくるのがわかった。
だが、俺は気にせずまぶたを閉じた。
◇ ◇ ◇
(どうしよう、全然眠れない……)
時刻は午後十時を回っていた。
普段なら、美緑はとっくに眠りについている。
だが、今夜は胸の鼓動がうるさく、隣から伝わる寝息と体温が、眠気を遠ざけていた。
そっと隣を見ると、すぐ横で仰向けの明が静かな寝息を立てていた。
(男の人と……しかも、陰浦さんとだなんて…………)
思わず顔を両手で覆い、体を揺らして身もだえる。
「んー……」
ベッドが軋み、明が寝返りを打った。
「っ!?」
顔が近い。
吐息が頬に触れるほどの距離に、胸が一気に跳ね上がった。
(学校ではだらけてばかりで、息をするように嘘をついちゃうし……。普段は生気の宿っていない目なのに、ときどき鋭く怖い目になったり……)
美緑は息を詰めたまま、目の前の寝顔をじっと見つめた。
(あまり印象がよろしくない人かと思えば、運動神経がよくて、頭もよくて、それに料理や家事もできる……。本当に不思議な人……)
そう思いながら、そっと指先を伸ばし、明の頬をツン、とつついた。
(あ、まつ毛が長い……。それに、寝顔は、優しい顔をしているんだ……。ふふっ、可愛い……)
そして、今日あった電車でのことを思い出した。
(本当に……本当に、今日はカッコよかったなぁ……)
「……私にはこのくらいしかできませんけど……」
そう言って美緑は目の前にある明の顔に、自分の顔を近づけた。
近づくにつれて自分の顔が熱を帯びていることを感じる。
美緑は、唇が触れる直前で、ほんの一瞬ためらった。
(いけないけど……。でも、今だけは……)
明の唇にそっと重ねた。
想像よりも柔らかく、美緑の胸がキュッと締め付けられた。
「私の、ファーストキスです……。助けてもらったお礼……でもこれじゃ、私が嬉しいだけですね。アハハハ……」
キスをした美緑は、名残惜しそうにゆっくりと唇を離した。
いつまでも触れていたい気持ちを胸の奥にしまい込み、その余韻をかみしめながら、一人ではにかんだ。
「明くん。大好きです……。おやすみなさい……」
返事はなく、明の寝息が夜の静けさに溶けていく。
その音を子守唄のように聞き、美緑は頬を赤く染めたまま、ゆっくりとまぶたを閉じた。




