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「さぁ、明くん。今日はご馳走だからたっくさん食べて。あ、私が取り分けてあげるわね」
テーブルの上には、身がぎっしり詰まったカニや、「極上」と書かれた寿司桶が鎮座し、新鮮なネタがまるで宝石のように輝いていた。
ウナギや肉の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
見たこともない洒落た料理まで、所狭しと並んでいた。
美緑の母親が俺の前の皿を手に取って、食事を分けてくれる。
「あ、ありがとうございます。あ、そんなには……」
「遠慮しなくていいのよ。ほら、じゃんじゃん食べて」
遠慮もなにもしていないのだが……。
問答無用で俺の皿は、彩り豊かな料理で埋め尽くされていく。
ふと顔をあげると、対面には美緑の父、母、姉。俺の隣には美緑本人が座って食卓を囲んでいた。
なぜこのようなことになっているのか、自分の記憶を遡った。
腕の治療を美緑にしてもらった後、二人一緒にソファで寝ていると、美緑母が帰ってきた。
その音で俺が起きると、美緑母が微笑ましそうに俺たちを見守っていた。
そして、美緑母が美緑父と姉に「美緑が大変なことになったから早く帰ってきて」などとほらを吹き、二人とも飛んで帰ってきた。
その後、美緑姉が今日はご馳走にしようと言い出し、色んな所に出前を頼みまくって今に至る。
「……陰浦 明くん、と言ったかな?」
「あ、はい……」
正面の美緑父に話しかけられた。
美緑父は髪をかき上げた七三分け。
若干釣り目気味の目じりには数本のしわ。
声は渋く、威厳があった。
厳格な印象を覚えた。
「私は夏葉 彰文だ」
「あ、それじゃあ、私も……。夏葉 三奈よ。よろしくね」
二人揃って名刺を俺に向かって差し出した。
「あ、どうも……。陰浦 明です。娘さんにはお世話になっております…………!?」
名刺を見た瞬間、俺はかつてない衝撃を受ける。
美緑母、弁護士。
美緑父、……検察官!?
いや待て、普通その二人は、法廷で戦う側だろ? なんで同じ食卓に座ってんだよ。なにこの家庭?
「お世話に……?」
美緑父の片眉がピクリと動いた。
「……。陰浦 明くん。今日は私たちの娘の美緑を助けてくれて、本当にありがとう」
美緑父が代表して俺に礼を告げ、座ったまま、できる限り深々と頭を下げてくれた。
美緑母と姉も、父に倣って頭を下げ、少し遅れて隣の美緑も頭を下げた。
「あ、いえ、頭を上げてください。たまたまそこに居合わせただけなので……」
美緑の友達をたまたま見つけ、たまたま電車に間に合って、たまたま助けることができただけだからな。
「そんなに謙遜することないわよ、明くん」
一番離れた席に座っている美緑姉が口を挟んだ。
「聞いたわよ。君、美緑のために苦手な早起きをして、美緑の登下校の時間に合わせて、気色の悪い変態ストーカーから守ってくれていたんでしょ?」
「……」
「そこまで話したのか」と隣に座っている美緑に視線を送ると、美緑は「つい……」というような苦笑いをした。
「それに、息を切らしてまで美緑を助けに来てくれたんでしょ?」
「やっぱり、感謝してもしきれないわねぇ。んー……」
美緑父と姉の間に座る母が呟き、顎に手を当てて考え始めた。
「ねぇ、お父さん、華帆。明くんへのお礼になにかないかしら?」
「そうだなぁ……」
美緑姉が顎に人差し指を当てて考える一方、値踏みするように俺を見ていた父が、ついに口を開いた。
「その前に、君は娘と……美緑とはどういう関係なのかな?」
「えっと?」
「毎日一緒に登下校しているみたいだが……それに、二年生になってから美緑がずいぶん楽しそうなんだ。もしかして……?」
美緑父は机に肘をつき、指を組んで顎の前に置き、ジッと俺を見据える。
まるでどこかの司令官のように、その目は笑っていなかった。
「嘘を吐けば即刻書類送検だぞ」とでも言いたげで、取り調べみたいだ。
受けたことないけど……。
「ちょっ、ちょっとお父さん!」
美緑が慌てて立ち上がる。
「落ち着いてください。美緑さんのお父さん」
俺がなだめようとすると――。
「君にお義父さんと呼ばれる筋合いはない!!」
返答を用意していた美緑父が過剰に反応した。
「ちょっと、お父さん!」
美緑がもう一度立ち上がってやめさせようとする。
「はい。ですから……『美緑さんのお父さん』と呼ばせてもらいました」
名刺をもう一度確認するのも失礼だし、名前はすでに記憶の彼方。
今、俺に残された唯一の安全策がそれだった。
「クッ……やるな……」
美緑父は悔しそうにビールをあおる。
「え? 二人って付き合っているんじゃないの? この前、美緑と出かけたときに偶然明くんと沙織さんと会ったんだけど、そこで二人で乳繰り合ってたじゃん」
その瞬間、美緑父の視線がギラリと光る。
俺の背筋を冷たいものが駆け抜けた。
あ、これは終わったかもしれない。
「……」
「映画館でも、カップルシートでお互い寄り添いあっていたじゃない。それに、結構いい雰囲気だったし……」
「!? 見てたの? というかいたの?」
「当たり前でしょ? お父さんの言った通り、最近楽しそうな美緑とアンタの彼氏くんとの進展が気になってたんだから」
美緑姉が投下した爆弾発言に、美緑が驚愕する。
ついでに俺も愕然とする。
美緑姉がついてきていたということは、つまり、ゴリラもいたということだよな?
……あ、これは死んだわ……。
「…………」
絶望している俺の前で、美緑父は組んだ両手に額を押し付け、顔を真っ赤にしてプルプルと震え出した。
変態ストーカーに刺し殺されかけ、ゴリラに蹴り殺される未来が確定し、親バ……もとい親バカである美緑父には社会的に殺されそうだ。
おっとぉ。どう足掻いても、俺は誰かに殺される運命みたいだ。
勘弁してくれ……。




