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俺に青春は向いていない  作者: 真面堂 九世
第7章

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「ふぅ……。案外、空手も役に立つもんだな」


 俺は深く息を吐き、全身の力を抜いた。

 床に転がる電車男を見下ろし、落ちていたナイフを拾い上げ、誰も座っていない座席に置いた。

 そして、呆然と立ち尽くす優等生のもとへ戻った。


「大丈夫だったか? 怪我はないか?」

「……は、はい。大丈夫です」


 呆然としていた優等生が遅れて返事した。


「悪いな、避ける時、ちょっと乱暴に押したり引っ張ったりしてしまって」

「いえ、それも大丈夫です」


 ほっとした瞬間、左腕に少し違和感を覚えたが、今は気のせいだろうと流す。


「そうか、怪我がなくてよかった」


 俺は気絶している電車男を見たあと、優等生へ視線を戻した。


「それはそうと、次の駅であのオッサンを駅員に突き出さなきゃいけねーから、悪いけど、一人で帰れるか?」

「え……? あ、はい……。わかりました……」


 優等生は少し心細そうな顔をするが、了承してくれた。

 まぁ、危険な目に遭ってすぐに一人で帰るのは不安だろうな。

 一緒に来てもいいけど、あの電車男の顔なんて見たくないだろうしな。


「それは、私に任せてもらえるかしら?」


 人ごみの中から、鋭くよく通る女性の声が飛んできた。

 人ごみの中からパンツスーツを着こなした美女が現れ、その後ろに、二人組の女子高生がついてくる。


「え、お母さん!?」

「は? お母さん?」


 優等生が美女を見るや声を上げて驚き、優等生の発した言葉に俺が驚く。

 母親? 嘘だろ? 姉じゃなくて?

 と、ありきたりな反応をしてしまうほどに、優等生の母親は若くて美人だった。


 優等生が大人になったら、こんな美女になるんだろうなと思うくらい似ている。

 年齢不詳の美貌と、落ち着いた立ち居振る舞い。

 その存在感だけで、場の空気が一変した。


「ごめんね、美緑。すぐに助けてあげられなくて……」

「ううん、大丈夫。陰浦さんが助けてくれたから……」


 優等生とその母親は、互いに強く抱きしめ合った。

 どうやら、親子というのは間違いないらしい。


「それで、あなたが陰浦くんね?」

「はい」

「陰浦くん。美緑を助けてくれてありがとうございます」


 優等生の母親は、美しい所作で深々と頭を下げてくる。


「いえ、たまたまです。それより、任せてくれとはどういうことですか?」

「あぁ、それはね。あのゴミくず変態ストーカーを、駅員ないし、警察に私が突き出すから、あなたは美緑と一緒に帰ってもらっていい?」


 優等生の母親は、電車男のことをボロクソにけなし、ゴミを見るような冷たい視線を向けて指差した。


「いや、それなら母親のあなたが、娘さんと一緒に帰った方がよくないですか? 当事者の自分が一番事情を知っていますし、気絶しているあの電車男を運ぶのは大変ですよね?」

「確かにそうだけれど、想像してみて? 申し訳ないけど、見た目がちょっと不良っぽい男子高校生のあなたが、アレを引きずって連れて行く姿を……。はたから見れば、駅で堂々とおやじ狩りをしている不良って思われるわよ?」


 俺はもっともな意見を口にするが、優等生母は冷静に、しかし的確に俺へ返してきた。


「ちょっとお母さん、陰浦さんに失礼でしょ!!」

「確かに……。実際に狩ったわけだしな……」

「陰浦さんも否定して下さい!」


 遠慮なくド直球でいろいろ言われたが、容易に想像できたので反論できなかった。


「それに引き換え、私は社会人で女……。はたから見れば痴漢を捕まえたように見える。しかも美人!!」


 最後だけやたら強調して言ったなこの人。

 確かにめっちゃ美人なのだが、自分で言うか?


「ま、それだけじゃないんだけどね。この女子高生ちゃんたちが、さっきの一部始終を撮っていたみたいで、その映像を私のスマホに転送してもらったの」


 優等生母は、スマホ画面をこちらに見せて動画を流した。

 動画には俺が電車男を蹴り倒す映像が流れていた。

 あー、これは……確かにおやじ狩りだわ……。

 はたから見ればこうなっていたのか……。


「それに……」


 優等生母は持っているごつめのバッグから、金属質の小物を取り出し、スーツの胸元にピンでとめた。


「私、こう見えて弁護士なの」


 光を受けてきらりと輝くそれは、弁護士バッジだった。

 それを見やすく俺たちに見せつけてくる。


「なるほど、それなら任せた方がよさそうですね」

「そういうこと。あぁ、それと、あなたたち……」

「「は、はい」」


 優等生母は女子高生たちの方を向いた。


「いい? 君たち。この映像をネットに上げたり、他の人たちに転送したりするのは絶対にやめてね? でないと、あなたたちと今度会う場所は裁判所になるから……ね?」


 優等生母は女子高生たちに笑顔を向ける。だが、その目は笑っておらず、むしろ冷たかった。

 その笑顔に凍り付いた女子高生たちは、必死に何度も頷いた。


 優等生はよほど怖かったのか、いまだに子コアラのように、一方的に母親に抱き着いていた。

 優等生の耳元に母親が顔を近づける。


「ほら、美緑。陰浦くんと先に帰って、腕を手当てしてあげて」

「……え?」


 優等生の視線は自然と俺の左腕に移る。

 俺も左腕へ目を落とす。いつの間にか切られていた。


 流れ続ける血が制服を真っ赤に染めていた。

 血で張り付いた袖を見て、優等生の目が見開かれた。

 ゴリラ(姉貴)に知られたら「まだまだね。明」と鼻で笑われてしまうだろうな。


「いや別にいいですよ。この程度なら自分で手当てできるんで」

「あら、まさかとは思うけど、さっき怖い目に遭った美緑を一人で家へ帰すつもり?」


 優等生母は眉を寄せた。

 確かに、母親にしがみついている優等生はまだ震えている。


「……」

「美緑を助けてくれて本当にありがたいのだけれど、ご覧の通り、この娘はまだ怖がっているから、家まで送ってくれない?」

「……わかりました。確かに、一人で帰したりなんかすれば、姉貴たちに、今度こそ殺されるかもしれないんで送っていきます」

「そう、よかった。それじゃあ、娘をよろしくお願いします」


 優等生母はもう一度深々と頭を下げた。

 次の停車駅で、優等生母と数人の乗客たちが降り、電車男を外へ運び出して行った。

 優等生母に言い負かされた俺は、結局、優等生を家まで送ることとなった。

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