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俺に青春は向いていない  作者: 真面堂 九世
第7章

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3

 ナイフを取り出したストーカー男が振りかぶった瞬間、明はいち早くそれを察知し、美緑を抱き寄せて距離を取った。


「きゃっ……!?」


 その勢いで美緑のスクールバッグが宙を舞い、床に落ちた。


「「「「「……キャーー」」」」」


 巻き込まれたくはない。だが、明たちの様子は気になっていた乗客たちは、数瞬遅れて悲鳴をあげた。

 ストーカー男から離れようと、我先に車両の両端へ逃げ、身を寄せ合う。


「はぁ、はぁ。……あっぶねぇー。おい、大丈夫か?」

「は、はい。大丈夫です……。陰浦さんは?」


 咄嗟に明に守られた美緑は、明から離れて自分の体に怪我がないか確かめて答えた。


「俺は大丈夫」

「フーッ、フーッ……。おいっ!! 僕の美緑ちゃんから離れろ!! 美緑ちゃんは僕のものだ!!」


 ストーカー男は刃物を人に向けたことがないのか、ナイフを構える手が目に見えるほど震えていた。


「はぁ……。悪いなおっさん。さっきも言ったが、コイツ……えー……」

「……陰浦さん……?」


 一瞬、美緑に胡乱な目で見られた明は、少し離れていた美緑の腰に手をまわしてもう一度抱き寄せた。


「えっ――!?」

「……美緑は俺のものだ。だから二度と近寄るな! この変態ストーカー」

「こ、このクソガキッ、死ねぇぇ!!」


 ストーカー男は明に駆け寄り、明の肩から腰めがけて切りつける。

 だが、明はストーカー男の手を払っていなした。

 手を払われたストーカー男は、体勢を崩したまま真横にナイフを振り切る。


「きゃっ……」


 明は美緑を後方へ押し、自らも後ろへ下がって躱す。


「クッ……」


 ストーカー男は何度も明に向かって切り付けるが、明はそのすべてを避け、躱し、いなす。


「クソッ、なんで当たらないんだっ!? チッ、死ねぇ!!」


 自棄になったストーカー男は明の心臓めがけ両手でナイフを突き出す。

 だが、明はその手首を掴み、軌道をずらしつつ、美緑を庇うように半身になって躱した。

 そして、がら空きになったストーカー男の顔面を、あらん限りの力で殴りつけた。


「ブフッ……!?」


 ストーカー男は痛みに顔を歪めて数歩よろめき、手からナイフを取り落とした。

 明は好機とばかりに、ナイフへ踏み出した。

 だが、ナイフはストーカー男の後方へ落ちていた。


(チッ……)


 ナイフがストーカー男の後方へ落ちたことに、明は内心舌打ちする一方、ストーカー男は鼻を押さえながら慌ててナイフを拾い、もう一度構えた。


「なぁ、そろそろ諦めたらどうだ?」


 仕切り直しとなってしまった今、もう一度、明が説得を試みる。


「うっ、うるさいっ!」


 ストーカー男は鼻を押さえていた手を勢いよく振った。

 すると、ストーカー男の足元に血が飛び散った。

 どうやら、明の強烈な一撃で、ストーカー男の鼻が折れて出血してしまったようだ。


「今なら、俺たちもなにもなかったことにするから……だから――」

「うるさいっ! うるさいうるさいうるさい!! 全部お前が悪いんだ! お前みたいな奴が……!」


 ストーカー男は明へ怒りをぶつけるように、言いがかりを並べた。


「今までまじめに働いてきたのに! お前みたいな奴に失敗を押し付けられて、会社をクビにされ、その上、財布を落として絶望してたところに、天使が――美緑ちゃんが現れたんだ!!」


 ストーカー男は独白し始めた。


「それなのに……それなのにっ!! 僕の一番嫌いなタイプのお前が、美緑ちゃんの彼氏だとぉ!? ふざけるな!! 美緑ちゃんは僕のものだ!!」


 明はため息を吐く。


「その同僚のせいで会社をクビになったことには同情するが、他はお前の言いがかりだろ? 俺、関係ねーじゃん」


 明の率直な感想に、ストーカー男が叫んだ。


「うるさい!! 全部お前が悪いんだ!」


(ダメだ。頭に血が上り過ぎて話が通じない)


「諦める気はないのか?」


 明はストーカー男に最終確認を取った。


「当たり前だろ! お前を殺して、美緑ちゃんは僕と一緒になるんだ!!」

「そうか……」


 そこで、ふと五年前の記憶という名のトラウマを思い出した。



 □ □ □



「明。もし、手ぶらの状態で、凶器を持った相手に遭遇した時はどうしたらいいと思う?」


 明は通っていた空手の道場で、姉の沙織といつも組手をさせられていた。


「そんなもん、相手の攻撃をくらわないようにボコればいいんじゃないのか?」


 急な質問に明は適当に答える。


「ハズレ」

「うっ……いってーな」


 望む答えとは違う答えを返すと、沙織の問答無用の蹴り技が襲い掛かった。

 同じ道場の屈強な男たちを何人も沈めてきた蹴りを両腕で防ぐが、沙織の蹴りの威力の前では、ガードなど無意味だった。


「悪くはないけど、最善ではないわね」

「じゃあ、どうすればいいんだよ?」

「簡単よ。相手を一撃で再起不能にすればいいのよ」

「結局ボコるんじゃねーか」


 明が腕をさすりながら反論した。


「なに言ってんの? ボコるのと一発で相手を沈めるのでは全く違うわよ」

「そりゃ、それが出来たら一番いいけど、具体的には?」

「まぁ、見てなさい……」


 沙織が実際に技を披露しようとした。


「お、おい、待――」

「フッ……!」


 明は沙織の攻撃から逃れようとするが、すでに遅かった。

 沙織は明の構えていた手を蹴り、そのまま半回転したのち、流れで跳び上がる。

 威力を乗せた回し蹴りが、明の顎をかすめた。

 沙織がやった技は回転跳び回し蹴りだった。


「チッ、避けるな、明」

「あっぶねー……。避けなきゃ死ぬだろ!」

「死にはしないわよ、たぶん……。でも分かった? まず、相手の手首を蹴って凶器を落とさせるのよ。そして、動揺している相手の顎を蹴り砕いて脳を揺らす。これで相手は再起不能。ね、簡単でしょ?」

「簡単じゃねーよ。そんな都合よく顎を狙えるか」

「それじゃあ、今からその練習ね。顎以外の場所を蹴るごとに、私が蹴りをお見舞いするから覚悟しておいてね」


 その後、明は繰り返し練習をさせられ、そのたびに沙織の蹴りで気絶をさせられた。



 □ □ □



(はぁ……嫌なことを思い出してしまった。だけど、これしかないか……)


 明はいつもの気怠そうな雰囲気からガラッと変わり、ストーカー男を鋭く睨みつけた。


「人を殺そうとしたんだ、死んでも文句言うなよ?」

「ひ、ヒィィ……」


 ストーカー男は、まるで蛇に睨まれた蛙のように体を硬直させた。


「陰浦さん……」


 明が一歩踏み出そうとした瞬間、その裾を美緑が心配そうに力なく掴んだ。

 引き留められた明は安心させようと微笑む。


「大丈夫だ」


 一言告げ、裾を掴む美緑の手にそっと触れる。すると、美緑は不安そうに手を離した。

 そして、明はもう一度歩き始めた。


「く、来るな!」


 明が再び動き出したことで、硬直が解けたストーカー男は、近寄らせまいとナイフを振り回した。

 だが、明は構わず一歩、また一歩と距離を詰める。

 そして――最後の一歩を強く踏み込んだ。


ダァン!!


 踏み込みと同時に、車両内へ鈍い衝撃音と振動が走る。

 成り行きを見守っていた乗客たちや美緑は、思わず肩を震わせた。

 まして真正面で対峙するストーカー男が平静でいられるはずもない。

 背筋をこわばらせ、振り回していた手が止まり、思わず半歩後ずさった。


 その一瞬の隙を、明は見逃さなかった。

 踏み込んだ左足を軸に体をひねると、右足を鋭く振り抜く。

 狙いはただ一点――ナイフを握る手首。


「いっ……」


 手首を蹴り抜かれた衝撃で、ナイフが乾いた音を立てて床へ落ちた。

 だが、明は止まらない。

 回転の勢いをそのまま乗せて跳び上がり、威力を乗せた回し蹴りをストーカー男の顎へ叩き込んだ。


「ふっ……」


 蹴りは寸分違わず、顎先を捉えた。


「うっ……」


 ストーカー男の焦点が揺らぐ。

 足が二、三歩もつれる。

 やがて膝から崩れ落ち、そのままうつ伏せに倒れ込んだ。


 車両内を重い沈黙が包む。

 明はゆっくりと息を吐き、力んでいた全身の筋肉を弛緩させた。

 そして倒れた男を一瞥した。

 その瞳には、怒りも興奮もなく、ただ静かな冷たさだけが残っていた。

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