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放課後。帰り支度をしていると、優等生に話しかけられた。
「陰浦さん」
「んー?」
「今日は瑞希ちゃんと一緒に帰ります。あ、電車も一緒の方向ですので……安心してください」
「俺も今日は弁当の材料を買いたかったからちょうどいい。でも、気を付けて帰れよ。危なかったら助けを呼べよ」
ここ数日、俺は優等生と登下校を共にしていた。
「? どういうこと?」
俺たちの変なやり取りに優等生の友達が首をかしげる。
どうやら、誰にもあのことは言っていないらしい。
「なんでもないよ。わかりました、気を付けます。それではまた明日」
「また明日」
二人は楽しく談笑しながら帰って行った。
「陰浦、ちょっといいか?」
俺もバッグを持って帰ろうとしたところで、ホワイトボードを掃除し終えた担任が俺を呼び止めた。
「なんですか? えーっと……先生?」
やはり、この担任の名前を思い出せない。
「お前、今日はなにをしたんだ?」
担任にため息交じりに問いかけられる。
「? なんのことですか? 俺はいつも通り、まじめに授業を受けていただけですけど?」
「誰が『いつもまじめに授業を受けている』だ? 毎時間寝ているやつが……」
担任が呆れながら言う。
「まぁいい。今日、化学の渡辺先生が、お前がどうのって言って泣いていたぞ。お前まさか、渡辺先生を怖がらせたんじゃないだろうな?」
化学って言ったら四限目か。
……あー、あれか。
「違いますよ。今日、三限目で起こされて、そのまま四限目も起きてたんです。そしたら、俺が起きている姿を見た瞬間、先生が泣き出したんですよ」
もっと言えば、先生はその場で泣き崩れ、授業が十分ほど始まらなかった。
……いや、泣くほどのことなのか?
「そういうことか。渡辺先生はいつも悩んでるんだぞ。お前が寝ているのは授業がつまらないせいだって」
「なんすかそれ? 結局、寝てていいんすか? ダメなんすか? いいなら、遠慮なく寝ますけど」
寝てても泣かれて、起きても泣かれるなんて、もう、どうしようもないだろ……。
まぁ、そんなの関係なく寝るんだがな。
「お前なぁ……。ダメに決まっているだろ」
「話はそれだけですか? そろそろ買い物に行かないといけないんで」
「はぁ……もういいぞ。気を付けて帰れよ。それと、明日の授業も寝るんじゃねーぞ」
「……さよなら」
担任の最後の言葉を聞かなかったことにして、俺は荷物を回収して教室を出た。
◇ ◇ ◇
明はバッグを肩にかけ、下駄箱に向かっていた。
「あれ? 陰浦くん、今帰り?」
「あぁ、そうだが、一人か? 優等生と一緒に帰ったんじゃないのか?」
美緑と一緒に帰ったはずの仲村 瑞希が、なぜか学校に戻り、下駄箱でスリッパに履き替えようとしていた。
「うん、途中まで帰っていたんだけど、私が忘れ物をしちゃって……。美緑ちゃんには一人で帰ってもらったよ。ついてきてもらうのも申し訳ないし……」
「はぁ? マジか!?」
「ひっ」
明が突然声を上げ、瑞希に詰め寄った。
その剣幕に瑞希は思わず一歩下がった。
「あ、悪い……」
明は、猛烈に嫌な予感を覚えた。
「う、うん、大丈夫。なにかあったの?」
「それはあとだ。優等生と別れたのはいつだ?」
普段、飄々としている明の焦った様子に、瑞希は驚きながらも答える。
「えーっと……確か、七分くらい前かな?」
「マジか……。次の電車が来るまで、あと五分もない。ギリ、間に合うか……?」
明は息をのみ、即座に判断した。
「悪い、これ俺の机に置いといてくれ! じゃあな」
「え? う、うん……」
瑞希が返事を終えるより早く、明はバッグとブレザーを瑞希へ押し付け、風のように駆け出して行った。
◇ ◇ ◇
シワひとつのないパンツスーツを身に纏い、低めに結んだポニーテールの女性が、電車のつり革を握っていた。
(はぁ……疲れた。早く帰ってお酒飲もっと。明日は休みだし……)
時刻は十六時。
いつもより早く仕事を終えたその女性は、揺れる電車の中でぼんやりとそんなことを考えていた。
ふと、近くで話す女子高生たちの声が耳に入る。
「ねぇ」
「なぁーにぃ?」
「あれ、やばくない?」
一人が指差した先をもう一人が覗き込む。
パンツスーツの女性もつられてその方向を見る。
座席の隅。
女子高生の隣に座っている男が、明らかに、その女子高生との距離を詰め過ぎていた。
男の体で女子高生の表情は見えないが、女子高生が身を引こうとしている様子から、嫌がっているのは明らかだった。
そして男は、その女子高生の肩に触れようと手を伸ばしている。
「ねぇ、助けた方がよくない?」
「えー、やだよ。関わりたくないし……」
近くにいた女子高生たちは、言い寄っている男の様子を見ながら話を続ける。
「まぁ、確かにね。それに、今度はアタシらに言い寄って来られても気持ち悪いしね」
「あ、それならさぁ、動画を撮って、後で警察に見せよ」
「いいね、それ。なんなら、ネットにアップしよっかぁ」
「それだわ!」
女子高生たちは持っていたスマホを構え、撮影を始めた。
女子高生たちが動画を撮っている中、職業柄、そして一人の女性としても、このようなことを見逃すことのできない彼女は、その男へ注意しに行こうとした。
「ちょっ――」
距離がまだ少しある中、パンツスーツの女性が声を張った瞬間――。
ガンッ!!
突然、女性の後方――車両同士の連結部分の貫通扉が乱暴に開かれる音が響いた。
「!?」
金属がぶつかる鋭い音に、乗客たちは一斉に肩を跳ねさせ、そちらを振り返った。
開いた扉から現れたのは、ネクタイを緩め、シャツのボタンを外し、袖を雑にまくった目つきの悪い男子高校生だった。
(なんだ……。ただのイキった高校生か)
と乗客の誰もがそう思った。
注目を浴びても、その男子高校生は周囲の視線など一切気にせず、一直線に歩き始めた。




