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「それで、どうするの?」
「寝ている明は、叩いたり、揺すったりといった力業ではほぼ起きません。まぁ、例外はありますけど……」
陸斗が言う例外とは、明の姉である沙織による鉄拳制裁だ。
人差し指を立て、説明口調で頭の中にある明の取扱説明書を、本人の許可なしに読み上げる。
「じゃあ、どうしたらいいの?」
「くすぐってください」
「え、くすぐる?」
「はい。ただし、脇、腹、首、どれも効かないんで、ほとんどアストロン状態なんですよ。コイツ……」
「あ、あすと、ろん……?」
「無敵状態ってことです。そのターンの間動けない代わりに、物理も魔法も効かないんですよ。だけど、いてつく波動って技をすれば、その無敵状態も解除できるんです」
「さっきからなんの話をしているの?」
陸斗は、明と共に小さい頃からやりこんで遊んでいたゲームの技で、明の起こし方を伝えた。
だが、今までゲームをしたことがない小春には、陸斗がなにを言っているのかさっぱり理解できなかった。
「つまりですね、明の弱点は耳です。耳にいてつく波動……じゃなかった、息を吹きかけてください。そうすれば起きるはずです」
「そうなの? じゃあお願いするわ」
陸斗に明を起こせと、小春が一歩下がる。
「いやいや、男の俺が明にやったら、腐女子たちは大歓喜するでしょうけど、俺は女の子が好きなので、チェンジで……」
陸斗の言った通り、クラスに潜んでいた腐女子たちの視力と目力が倍増する。
「それに、またやらかしたら今度こそ明に殺されるので、はるちゃん先生、マジでお願いします」
体力測定で担任の小林 大樹と一緒に同じスターターをやっていた小春は、陸斗が明にちょっかいをかけ、明に倍以上の仕返しをくらったところを見ていた。
「他に……起こす方法は無いの?」
「んー、後は、明が痛がるほどの力で殴るしかないですけど、そんなことができる生物なんて、ゴリラか明の姉貴しかいないので、他に方法なんて無いですね」
「……わ、わかったわ。恥ずかしいけど、やってみる」
小春は頬と耳の先を赤らめ、中腰になった。
明の髪の毛の隙間から覗いている耳にそっと顔を近づけた。
自分の髪を耳にかけ、息を整える。
(こんなこと、生徒にするなんて……)
そう思いつつも、小さく息を吹きかける。
ふぅー……
「クソッ、羨ましい……」
「なんでアイツばっかり……」
「俺は唾をかけられたいなぁー」
「「「それだ!!」」」
「ん、んー……」
男子たちが嫉妬の声を漏らす一方、明が小さく身じろぎし、耳を押さえた。
陸斗の言葉通り、効果てきめんだ。
明が起きそうになっている証拠だが、いまだ覚醒はしていない。
「はるちゃん先生、もう一押しです」
陸斗に乗せられた小春は、もう片方の空いている耳にもう一度息を吹きかける。
ふぅー……
「んー……なんなんだ、さっきから……」
すると、明が目を擦りながら目を覚ました。
突っ伏して眠っていたせいで、明は大きく背伸びをして体をほぐした。
◇ ◇ ◇
「んー……なんなんだ、さっきから。ふぁーーあ。……まだ寝足りない……」
起き上がって背伸びをし、周囲を見渡す。
すると、男子生徒たちから大人気である――特にMな男子たちから――ウチのクラスの副担任が目の前に立っていた。
「おはよう」
「あ、おはようございます。…………先生。どうしたんですか? 顔が真っ赤ですよ?」
俺の指摘に、副担がさらに顔を赤くする。
「っ! だ、誰のせいだと思っているの!?」
「え?」
いきなり副担に怒られた。
なんのことだ? え、俺のせい? なんかした? 寝てただけなのに……?
周囲を見渡すと、陸斗は必死に笑いをこらえ、優等生は苦笑い。
他の女子たちには呆れた目で見られ、男子たちからは嫉妬の視線が集まる。
本当にどういう状況だ?
「そんなことより、今はなんの時間かわかっているの?」
「え? 休み時間だから……ふぁーあ。起こされたんじゃないんですか?」
頭が働いていないみたいだ。それに、まだとてつもなく眠い。
「逆よ、逆! 今が授業中だから起こしたの!!」
確かに、みんなの机には教科書とノートが開かれており、ホワイトボードにもなにか書かれている。
へぇー、この副担の担当科目は現代文なんだ。
「え? 今は何限?」
「今は三限目よ」
「え、まだ?」
時計を見ると、三限目が始まってまだ十五分しか経っていない。
「いやいや、もう三限目始まったばっかりだろうが……」
呆れ口調で陸斗がツッコんでくる。バカの癖に……。
俺の机には一限の数学の教科書とノートが広げてある。
「そう、今は三限目で現代文の授業中なのよ。陰浦くん、いつも授業中に寝ているけど、夜更かしでもしているの? 普段何時に寝ているの?」
昨日は何時に寝たっけな……? 確か……十九時くらいだっけ?
これを正直に言ったら、火に油だな。
だったら……。
「……すみません、先生。実は自分、いい大学に進学して、いい企業に就職したいんで、いつも夜遅くまで勉強しているんです……」
副担の質問に、俺は前もって用意していた言い訳を言い放つ。
「え、そうなの? それは偉いわね。でも、授業中に寝るのは良くないわよ。それだったら、ちゃんと授業を受けた方が効率はいいわよ」
「すみません、そうですよね。でも、実は、自分、現代文が一番苦手で……」
「本当に? その割には中間テストでは随分と高得点を取っていたじゃない」
副担は俺の現代文の点数を知っているみたいだ。
「それは先生のおかげなんです」
「……えっ?」
「先生の授業が丁寧でわかりやすいから、この前のテストでいい点を取れたんです。ありがとうございます」
俺は座りながら副担にお辞儀をする。
「そ、そう? でも、次からは授業中は寝ちゃダメよ」
「はい、すみません。……次から気を付けます」
副担は授業を続けるために教卓に戻って行った。
「チョッロ。あの副担……」
「お前なぁ……」
陸斗が盛大なため息をつく。
「なんだよ?」
「いやお前、はるちゃん先生の授業、一回も起きてたことねぇじゃん。それに、どーせまた、夜遅くまで勉強しているなんて嘘だろ?」
「当たり前じゃん」
俺は陸斗の疑いを、あっさり肯定した。
「ほどほどにしろよ? お前の嘘はマジでわかりにくいから、俺やお前と違って、超真面目なはるちゃん先生はすぐに信じてしまうぞ?」
「本当ですよ、陰浦さん。私なんて、もうすっかり毒されてしまっているんですから……」
陸斗から忠告をされ、優等生はさも俺のせいで自分が純粋でなくなったかのように言ってくる。
「あーあ、これはもう責任取らなきゃな……」
「本当ですよ」
陸斗がにやけ、優等生がふくれっ面になる。
「責任もなにも、もとから――」
「ちょっと! なにを喋っているの? 静かにしなさい!」
「す、すみません」
副担に注意されると優等生が謝罪し、それを受けて授業が再開された。
一限の教科書とノートを現代文のものと入れ替え、適当なページを開く。
もう一度寝たら、さすがに他の奴らに迷惑がかかるからやめておくか。
「はぁ……」
外を見ると清々しい青空が広がり、空いている窓からは心地のいい風が吹き込む。
幾度となく襲ってくる眠気を必死に我慢しながら、授業を聞き流した。




