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改札を抜け、駅から学校までの道を二人で歩く。
時刻はまだ七時半過ぎ。通学路に学生の姿は無く、あるのは通勤中のサラリーマンやOLたちが、ときたますれ違うだけだ。
俺がこんなに早い時間から、自主的に登校するなんて初めてだ。
「さっきはごめんな」
「本当ですよ! びっくりしすぎて、心臓が止まるかと思いましたよ!!」
優等生は胸元を押さえてジト目で睨んでくる。
「ごめんって」
「次から言ってくださいね。自分で取るので……」
「え? あぁ、ゴミのこと? あれは嘘だぞ?」
「え?」
「「……」」
「「え?」」
お互い、相手がなにを言っているのかわからず、顔を見合わせる。
「ま、まさか、ほ……本当に私に、キ、キキキキスをしようとしていた、ということですか……?」
優等生はまた顔を赤らめて、上目遣いでチラチラ俺を伺う。
「あぁ」
「――」
優等生は俺に背を向け、両頬に手を当てて声にならない声で悲鳴を上げる。
「いや、わかっていると思うが、本当にキスをしようとしていたわけじゃないぞ」
「へ?」
頬に手を当てたまま顔だけ振り向いた。
「い、いやまぁ? そのようなことは、わかっていましたよ?」
バレバレな知ったかぶりを無視して、俺は話を続ける。
「さっき電車に、昨日もいた気持ちの悪い男……長いな。じゃあもう、電車男で……」
「で、電車男ですか……?」
「そう、電車男がいたろ?」
「はい」
優等生は急に神妙な面持ちとなり、俺の話を聞く。
「アイツに俺と付き合っているって勘違いをさせて、諦めてもらうためにやったんだよ」
「なるほど、てっきり、からかわれているのかと……」
優等生は恥ずかしがりながらも、納得した。
「だけど、俺なんかで悪いな。こういう役は、そっちに釣り合うイケメンがやればよかったんだが、あの場には俺しかいなかったから……」
「そういうことなのですね。でも……」
優等生が一瞬、にやけると、今度は下を向いて恥じらうふりをした。
「私は、か……陰浦さんでしたら……キス……しても、いいですよ……?」
「……」
「なーん――えっ?」
「冗談でした」とごまかされる前に、優等生に近寄り、もう一度優等生の頬に手を当てる。
「そうか。じゃあ遠慮なく……」
もう一度、俺は自分の唇を優等生の艶やかな唇に近づける。
通勤途中の人たちがチラチラとこちらを見ていた。
さっきの電車の中とは違うが、同じ公衆の面前の、それも人通りも車通りも多い歩道で、朝っぱらっから、男女の高校生二人がキスをしようとしているのだから当然だ。
「え? ええええ!!」
他人の視線を気にしている余裕のない優等生がおろおろしだした。
「あの! ちょっ――」
俺は構わず顔を近づける。
お互いの唇は、あとわずかというところまで迫る。
今にも唇が触れそうなところで顔を離すと、優等生はさっきと同じように目を強く瞑っていた。
「痛っ……!」
意外と満更でもない優等生の額を指ではじくと、優等生は両手で額を抑えた。
「冗談だよ。俺をからかうには十年早い」
「……もう! 陰浦さん、嫌いです!!」
額を抑えながら、ぐぬぬと悔しがる優等生は、スタスタと足早に学校へ向かって行った。
その背中を見ながら、思わず笑ってしまった。
◇ ◇ ◇
「陰浦くん!! 起きて! 陰浦くん!!」
とある日の三限目の現代文の授業中。
C組の副担任で、現代文を担当している桜庭 小春は、いつも通り授業を行っていた。
明もまた、机に突っ伏して熟睡していた。
教卓から小春が声を張り上げるが、明は微動だにしなかった。
そして、それもまた日常だった。
ほぼ毎時間繰り返されるため、クラスメイトたちは完全に慣れてしまっていた。
他の教師たちはとっくに諦めたが、まだ新任の小春だけは、今日もめげずに明を起こそうと奮闘していた。
「陰浦さん、起きてください。桜庭先生が怒っておられますよ」
美緑もまた、無駄だとわかっていながらも寝ている明へ呼びかける。
美緑が声をかけても、明は全く起きない。
そろそろ我慢の限界が来た小春が、明の席まで移動し、無理やり起こしにかかった。
「いいなぁー、俺も先生に起こされたい」
「俺は夏葉さんに優しく起こされたい」
「できれば俺は先生のヒールで踏んで起こされたい」
「「「お前、天才か!?」」」
他の男子生徒たちは、小春と美緑の美女二人に起こされている明に、やはり嫉妬の視線を向け、ある男子生徒の発言に他の男子たちが賛同した。
そんな馬鹿な男子たちを気にも留めずに、小春は明を起こすことに尽力する。
「陰浦くん!! 起きなさい!」
机を叩き、机を揺らし、肩を叩き、肩を揺する。
あらゆる手を尽くすが、明は全く起きる気配がない。
「しょうがないなぁー。はるちゃん」
「先生と呼びなさいって言っているでしょ。岡田くん」
今まで見守っていた陸斗が満を持して口を開く。
「この私目が、明を起こせるとっておきの秘技を教えて進ぜよう……」
陸斗が仰々しく片手を胸元に、もう片方を腰に当て、頭を下げた。
「起こせるの?」
「えぇ、そりゃあもう……効果てきめんです」
「そう、じゃあ教えてくれる?」
「その代わり、明が起きた暁には、私の成績を上げていただきたく……」
陸斗が成績アップの交換条件を引き合いに出し、小春に対してゴマをする。
「考えておきます」
「よっしゃあ!」
陸斗がガッツポーズをした。




