7
「美味しかったね、岳」
「うん!!」
岳はゴリラと繋いだ手を大きく振り、上機嫌に微笑む。
「それにしても明。あの子とは付き合ってんの?」
「あの子って誰だ?」
「わかってるくせに……岳の隣に座っていた胸のでかい子よ」
胸で人を判別するなよ。まぁ、わかるけど……。
「あぁ、優等生のことか」
「……あんたまさか、また人の名前を覚えてないんじゃないでしょうね?」
俺の反応に、ゴリラが胡乱な目を向けてくる。
「いや、まだ会って一ヶ月しか経ってないんだから、しょうがないだろ?」
「逆よ逆。もう一ヶ月経つの。いい加減覚えてあげなさい! まったく……女心をわかっていないんだから……」
ゴリラにため息をつかれ、盛大に呆れられる。
人の心もわからないやつがよく言うよ。
「まぁいいわ。でも、名前を覚えていない割には仲良さそうだったじゃない?」
「あれはアイツが話しかけてくるから、しょうがなくな」
今まで俺から話しかけたことはない。
「なに照れてんのよ? 結構ラブラブだったわよ。ねー岳」
「? らぶらぶぅ」
「はぁ……もうそれでいいや……」
なにをどう返してもおちょくられるから、話を流す。
「あ、ところで明、頼みがあるの。明日、私の買い物に付き合いなさい」
「は、なんで?」
「ちょっと荷物持ちをしてほしくてね」
「え、嫌だけど?」
「ダメよ。荷物持ちしなさい。蹴るわよ?」
それはもう頼みではなくて脅迫なんだが……。
「今日はバイトがあるから、明日ゆっくり休みたかったのに……」
「いつも休んでいるじゃない。ま、とにかく明日はよろしく」
「はぁ……わかったよ……」
ゴリラと岳との三人で家に帰った俺は、バイトの時間まで寝て休むことにした。
◇ ◇ ◇
「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
「店長、休憩から戻りました。代わります」
店長が客に頭を下げたところに、俺が声をかける。
「うん、じゃあ、僕も休憩してくるね」
「はい、ゴユックリー」
「あ、そうだ。またあの子、来てるよ」
店長の言葉に思わずため息が出た。
「……またですか」
「うん、僕もカメラで見ておくけど、気を付けてね」
「わかりました」
俺に一言忠告した店長はバックヤードへ消えた。
午後五時半。
レジから見えるガラス越しの通りでは、部活帰りの学生や会社帰りの社会人が途切れなく行き交っている。
店内の状況を確認する。
仕事終わりらしい男女が一人ずつ。
部活帰りの女子中学生二人。
地味でオーバーサイズの服装に前髪で顔がほとんど隠れた、俺と同い年くらいの長髪の女子が一人。
それぞれが店内のあちこちに散らばっていた。
中学生二人がレジにやってきて、カウンターに商品を置く。
「お預かりします」
「……」
「袋はどーしますか?」
「いや、いいです」
「えーっと、二点合計で五百三十四円になります」
中学生たちは、すっかり自動化されたレジに金を入れ、出てきたお釣りと商品を持ち、軽くお辞儀をして店を出て行った。
「あくぁwせdrftgしたー」
支払方法の違いはあれど、他の客たちも同じように繰り返す。
……まだ一人残っているな。どうするか……。
残っている客は地味な服装をした客だけだった。
この客がさっき店長の言っていた「あの子」だ。
コンビニで「あの子」という風に顔を覚えられているということは、知り合い以外では、常連か不審者の二択だが、今回は後者だった。
なぜ同い年くらいの地味目の女子が不審者扱いをされているかというと、今もそうだが、とにかく怪しいのだ。
商品を取る。表を見る。裏に書かれている文字を読むふりをする。棚に戻す。
そしてチラチラとこちらの様子を窺う。
これを約三十分。
店内の至る所で同じことを繰り返すから、目立ってしょうがない。
この怪しい客がこのコンビニに来るようになって、半年くらいになるんじゃないか?
……仕事をしたいんだけどなぁ。
まだしばらく動く気配はないし、仕事するか……。
気付けば、弁当やパンの入ったケースが山積みになっていた。
いつも通り商品を棚に並べていくと、さっきの怪しい客が少し離れた距離を保ったまま近づいてくる。
怪しい客の近くの棚へ商品を並べようとすると、今度は同じだけ距離を取る。
なんなんだよコイツは……。すっげー仕事の邪魔。
「あの……」
しびれを切らしてしまった俺は、ついにその怪しい客に声をかけた。
「ひ、ひゃい!」
俺に声をかけられた怪しい客は、ビクッと肩を揺らして声が裏返る。
「なにかお探しですか?」
「イ、イエ、ダイジョウブデス」
そう早口で断られ、またちょっと遠くに離れていった。
「はぁ……マジでなんなんだよ……」
思わず口に出してしまったが、その間もその怪しい客がチラチラとこちらを見てくる視線を感じながら、俺は仕事を黙々と続けた。
商品の陳列を終わらせつつ、来店した客をテキトーにさばいていると、ようやく怪しい客が動き出した。
怪しい客はカゴに何点か商品を入れてこちらにやってくる。
「お、オネガイシマス」
カゴをカウンターに置いて早口で頼んできた。
「お預かりします。……三点合計、三百八十五円です」
中身はお茶二本と小さなお菓子。三十分以上もうろついてそれだけかよ。
「袋はどうしますか?」
「ダイジョウブデス。……コ、コレデオネガイシマス……」
怪しい客はバーコードが表示されたスマホを差し出し、俺がそのバーコードを読み取って支払いを完了させた。
「アリガトウゴザイマス。…………」
支払いを終えたところで、やっと帰るかと思ったが、立ち去る気配もなく、モジモジ、チラチラ。
「?」
その様子が怪しすぎて、俺はつい目を細めて睨んでしまった。
するとその怪しい客は、前髪の隙間から覗く目が嬉しそうに輝き、口元も少しだけ緩んだように見えた。
「あ、ありがとうございます!! これどうぞ!」
「えーっと……? って、いないし……」
怪しい客は、俺にお茶を一つ差し出してぱっと頭を下げ、気づけばその姿はもうなかった。
「本当になんだったんだ?」
誰もいない店内で呟くと、バックヤードの方から視線を感じた。
「……」
「店長。休憩は終わったんですか?」
店長はなにも答えず、体を半分だけバックヤードから出してニヤニヤしている。
「……」
「店長? なにをしているんですか?」
「いやー、青春だねー」
店長は妙に感慨深げに頷いた。
「は?」
なにを言っているんだこの人も。まぁいいや。
「ところで、実際のところ、どうだったんですか?」
「あぁ、うん。万引きしていたってことはなかったよ」
「そうですか。じゃあ結局、なんだったんですかね?」
「え? ……若いっていいねぇー」
好意に気づいていないのか? みたいな雰囲気の「え?」だったが、なんとなく色恋といった感じではなかった気がするんだが……。
「いや、そういうのじゃないと思いますけど?」
店長はなにか考え込むように顎へ手を当て、小さく笑った。
……この人、絶対余計なことを考えているな。
「あ、もう時間なんで帰ります」
「えー、もうちょっと働いてくれると助かるんだけどなぁ」
「無理です。明日はちょっと用事があるので」
「そっかー。無理言ってごめんね」
店長がしょんぼりした声を出す。
「いえ。それでは、お疲れ様です」
「うん、お疲れー。気を付けて帰ってね」
「はい……」
今日は、いろいろありすぎて疲れた。
俺はさっき貰ったお茶を飲みながら家路に就いた。
家に帰りつき、風呂に入り、夕食を取ったのち、早めに寝ることにした。




