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筋肉先輩と俺はコートの端、エンドラインへと向かう。
筋肉先輩からのバウンドパスを、俺も同じように返す。それが1on1開始の合図だ。
筋肉先輩が力強いドリブルの音を響かせ、反対側のゴールへ向かってじりじりと歩を進める。
俺は腰を落とし、両手を広げて食らいつく。
――だが、一瞬のフェイント。
センターラインに達する前に、俺のディフェンスはあっけなく崩された。
気づいたときには、すでに背中を追うことすら出来ない。
筋肉先輩は一直線にゴールへ駆け抜け、鮮やかにレイアップシュートを決めた。
あっけない俺の醜態に、期待して見ていた部員たちが落胆する。
「さすがですね、先輩」
「どうだい? これでバスケ部に――」
「嫌です」
即答。
「次は自分の番ですね」
俺は転がっていたゴール下のボールを拾いに、筋肉先輩はセンターラインへそれぞれ向かう。
「それじゃあ、始め!!」
「……」
筋肉先輩の開始の合図で、俺はハンドリングやドリブルでボールの感触を確かめながらコート内に入る。
手に伝わる重さや、ざらつき、ドリブルの感覚、ボールの弾む音。どれも懐かしい。
たまには悪くない。そう錯覚してしまう。
バレーコートから視線を感じる。
「頑張ってくださーい」
「「おーい、明ー」」
「……」
目が合った優等生が声を張り上げ、陸斗と海藤が揃って手を振る。
その後ろ、一人の見知らぬ女子部員がそんな息の合う二人を後ろから見ていた。
「さぁ、来い!!」
センターラインの手前で筋肉先輩がギラギラした視線を向けて待ち構えている。
俺は俺で、こんなものはさっさと終わらせたかった。
だから、すぐに行動に移る。
ドリブルをしていた手を止め、ボールを両手でがっしりと掴んだ。
筋肉先輩はそんな俺を見て、思わず構えを解く。
「おいおい、もう一度ドリブルをするとダブルドリブルだぞ!? しょうがないな。まだ全然動いていないから、そこから始めていいぞ! 久しぶりだもんな。しょうがないよな」
俺が立っているのはフリースローライン。狙うゴールは反対側だ。
コート全体の長さが二十八メートル。俺が狙うゴールまでは約二十三メートル。
当然、一歩で届く距離じゃない。
まだまだ距離があるのにもかかわらず、ボールを持った俺に先輩はチャンスをくれたが、俺は無視する。
つまり、俺がとるべき行動はたった一つだけ。
俺はボールを持ったまま、ゆっくりと膝を曲げ、シュート体勢に入る。
「まさかっ!?」
周囲の空気がざわつき、筋肉先輩も声を漏らした。
その瞬間、俺は床を蹴り、膝を一気に伸ばして跳び上がる。
左手を添え、右手でボールを解き放つ。
大きく弧を描いたボールが、吸い込まれるようにリングへ向かっていく。
ボールはリングに当たることなく、サクッ、とネットだけを揺らした。
この音を聞くのは、随分と久しぶりだ。
やっぱり、気持ちがいい。
一瞬の静寂。
次の瞬間、あちこちから驚きの声が上がった。
筋肉先輩は口を開けたまま固まっている。
俺が近づくと、筋肉先輩がようやく我に返った。
「いやー、驚いたよ!! まさかあの距離からスリーを決めてくるとはな! よし!! 次は俺の番だな! 覚悟してくれよ!?」
筋肉先輩が意気揚々とボールを拾う。
「は? なに言っているんですか? もう終わりですよ。自分の勝ちです」
「えっ!?」
「『一回でもシュートを決めたら自分の勝ち』って、そう言いましたよね?」
「確かに……。だがっ!」
筋肉先輩は苦渋の表情を浮かべる。
「もしかして、約束を破るつもりですか?」
俺は約束という言葉を少し強調させる。
「バスケ部のキャプテンともあろう人が……? 別に勝負の続きをしてもかまいませんが、それで自分がバスケ部に入部することになっても、『嘘つき』のあなたのことなんて、一ミリも尊敬できませんけど、それでもいいのでしたら……」
この体育館には全校生徒九百人中、たった数十人とはいえ、そのほとんどが俺たちを見ていた。
その数十人の目の前で、勝負前の約束を持ち出し、筋肉先輩を追い詰める。
「ぐっ……わかった。諦めるよ……」
そして、少なくともバスケ部の部員のみんなから尊敬、信頼されているはずのキャプテンが約束を破ると、チームとしての士気にかかわるかもしれない。
それを理解した筋肉先輩は、歯を食いしばりながら引き下がる。
「では……」
悔しそうな先輩を残し、足早に体育館を去ろうとすると――。




