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「——ら! ——きら! あきら! 起きなさい!! 今日始業式でしょ!?」
誰かが俺の体を揺らす。
「シギョウシキ? なにそれ? ……あぁ、始業式か。けど、まだ春休みだろ? もっと寝かせてくれよ」
「アンタなに言ってんの? 今日は四月六日。今日から学校でしょうが! いいから起きなさい!!」
うっせぇ……。せっかく気持ちよく寝ていたのに……。誰だよ、睡眠を妨害してくるやつは。
まぶたがまるで縫い付けられているかのように重く、開かない。
無理やりこじ開けて声の主を確認する。
そこにいたのは、腰に手を当てて仁王立ちをしている俺の実の姉。
父さん似の釣り目。
髪はブロンドベージュのショートカット。
服はTシャツにデニムのショートパンツ姿で、やたらとスタイルが良い。
身長は百七十センチと女性にしては結構でかい。
見た目だけなら勝ち気ギャルそのものだが、一児の母でもある。
「姉貴かよ」
「明! 起きなさい!!」
結婚して家を出たはずなのに、なぜか俺の部屋にいた。
「無理、眠い……。ってか、いつの間に帰ってきたんだ? 出戻り?」
次の瞬間、腹にとてつもない威力の衝撃が走った。
「うっ……!?」
頭が働いていなかったから状況を理解できなかったが、どうやら姉貴が俺の腹に拳を叩きこんだらしい。
すっげー痛い。
今まで姉貴にボコボコにされてきた俺じゃなかったら、目覚める前に永眠してるぞ、これ……。
「これでも起きないつもり? なら、私の渾身の蹴り技、食らってみる?」
膝を軽く持ち上げて見せる仕草に、背筋が凍る。
そんなの食らったら冗談抜きで死ぬ。
「いえ、もう起きました。蹴らないでくださいお願いします。……イッテーなぁ、早く旦那のところに帰れよ」
「なんか言った?」
やっべ、聞かれてた。
「なにも言っていません」
さすがは地獄耳。これ以上、姉貴を怒らせないほうがいいだろうな。
俺と姉貴は昔、空手を習っていた。
姉貴は黒帯持ちで全国大会優勝者。蹴り技が大得意で、姉貴よりでかい熊みたいな大男を何人も病院送りにしてきたのを俺は見てきた。
だから、怒らせたら本当に命が危うい。
腹を押さえながら、仕方なくベッドから起き上がる。
そのまま姉貴の後についてリビングへ向かった。
リビングに入るなり姉貴はさっきまでの怖さは消え去り、朝食を上品に食べている母さんの正面に座って幼い子供のように泣きついた。
「ねぇ、お母さん聞いてよー。明に出戻りって言われたー。ほんとムカつくー」
「あら沙織、あながち間違っていないじゃない。実際戻ってきているんだもの」
母さんは家事や食事のときには長い栗色の髪をまとめている。
父さんとは対照的な垂れ目と穏やかな表情でいつもニコニコして優しい雰囲気を漂わせているが、実は物事をはっきり言うし、割と毒舌だ。
「もぉ、お母さんまでそんなこと言わないでよぉ。私はまだ離婚したわけじゃないんだからね」
「そうよね、あなたたち喧嘩は多いけれど、なんだかんだラブラブだものね。毎週必ずデートしているんでしょ?」
「ちょっとやめてよぉ。私はまだ許したわけじゃないんだから。そもそも——」
聞きたくもない姉貴夫婦の痴話喧嘩を背に、さっさと朝食を食い終えた俺は家を出た。
◇ ◇ ◇
「ふぁーーあ……。あーーーーーーダリィーーーーー」
二年C組。新しい学年、新しい教室の自分の席でボーっと座っていると、鬱陶しいやつが近づいてきた。
「よっ! 明。相変わらず眠そうだな」
俺とは対照的に明るく話しかけてきやがったコイツは岡田 陸斗。
不本意ながら俺の旧友であり悪友だ。
おしゃれスポーツ刈りに程よく焼けた肌。
少年のようにキラキラした目。
日本人にしては少し彫りの深い作りをしたイケメン。
だが、言動がバカすぎて思ったほどモテない。
「明にしては学校に来るの早かったな。どうしたんだ? 二年生になったから張り切ってんのか?」
確かにいつも俺が学校に到着する時間帯は、朝のホームルーム直前だったり直後だったりなんだが、今日は確かにいつもより四、五十分も早い時間に着いてしまった。
「んなわけあるか。姉貴に殴り起こされたんだよ」
「姉貴って、どっちの?」
「ゴリラ」
「よく……死ななかったな……」
陸斗は、昔から俺と一緒に姉貴にボコられ続けてきた。
そのため、俺の姉貴の凶暴さを知っている陸斗は、俺の肩に手を置いて同情してきた。
そこで、ふと疑問を覚えた。
「そんなことより、なんでお前が俺の前の席に座っているんだ?」
「なんでってそりゃ、お前と同じクラスで、ここが俺の席だからに決まってんだろ?」
「チッ、クソッ、最悪だ……。同じクラスかよ」
「そんなつれないこと言うなよー。いいじゃねーかよー。幼なじみだろー」
俺の肩に手を回して俺の体を揺らしてくる。
鬱陶しい……。
「ていうか、気づくの遅くね? 体育館に行く道中でも、始業式の最中でも、俺と話してただろ」
「え? 始業式はこれからじゃないのか?」
「は? なに言ってんだよ。とっくに終わったぞ」
いつの間に……。
「あー記憶ねーわ。寝てたみたいだ」
家を早々に出て、駅に着いたぐらいまではなんとなく記憶はあるが……それ以降の記憶がねえ。
「え、なんなのお前? 寝ながら歩ける上に会話もできんの? すごくね? 『あぁ』とか『そうか』みたいなそっけない返事しかしなかったけど、ちゃんと会話が成立してたぞ?」
「へぇ、全く覚えてねぇな」
ずっと寝ているせいで、酷いときは一日なにをしていたか覚えていない。
「あ、そうだ! 多分これから自己紹介があるだろうから特技として言えよ。アハハハハ」
「うっせーなぁ。お前こそ、『朝っぱらから友人がドン引きするほど元気です!!』って特技として言えよ、鬱陶しい……」
「あのな——」
陸斗が口を開きかけた瞬間、ガラッと教室の扉の音が響くと同時に教師たちが入ってきた。




