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初星  作者: 音音


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4/7

踏み出す

 


 学校に行けなくなってから十日。

 両親がアルバムを出してきた。


「小さい時に、夏休みにママのお姉ちゃんのとこに行ったの覚えてる? お祖父ちゃんとお祖母ちゃんのお家」


 花火をしている写真や一緒にスイカを食べている写真。

 川だろうか? 水遊びをしている写真もある。

 アルバムをまとめているのはパパで、ママ曰くパパはそういう作業が好きらしい。

 時々、ママがスマホに通知された思い出の写真を、懐かしい! 大きくなったよね〜とパパと私に見せてくると、その写真パパ知らない! と悲痛な叫びを上げてはママに送ってもらうことも結構多い。


 家族でお出かけした写真やわたしの写真専用のアルバムが何冊もあって、ママのお祖母ちゃん()で撮った写真とパパのお祖母ちゃんの家で撮った写真は、それぞれ一冊に纏められている。


 パパ曰く、これが大人の配慮というものだと胸を張っていたが、横でママが近所の幼稚園児を見るのと同じ目をしていることを気がついているのだろうか。


 ママのお祖母ちゃん()で撮った写真で纏められたアルバムを見ていく。

 毎年していることは変わらない。


 花火にスイカに水遊び。

 肝試しでもしたのだろうか? 幼い私が顔を真っ赤にして泣いているものもある。


 私が幼稚園の頃までの写真は従兄弟と四人で写っていた写真も、小学生になったあたりからの写真は三人だ。

 その切り替わりの時期の写真には、従姉妹に会えなくて悲しかったのか、半べその私のご機嫌を取ろうとしている従兄弟が一緒に写っている。


 うん。行くと会えた従姉妹のお姉さんに会えなくて駄々をこねたような記憶がある。


「少し夏休みには早いけど、今年の夏はママのお姉ちゃん()で過ごしてみない?」



 ママとパパの顔を見た。

 いつもの週末より、疲れている様な気がする。

 そういえば、仕事中の連絡も夏休みのときと比べて多い。

 しかも、スマホではなく、家にいることを確認するかのように家の電話機だ。


 心配させてる。

 不安にさせてる。


 たぶん、わたしが一人家にいることで、更に心配と不安が増えている。


 どうにかしなきゃいけないのは自分が一番わかっている。

 でも、わかっているのと、できるのは全くの別のことだ。


 きっと、学校に行けば少しは安心してもらえる。

 でも…… ムリだ。


 ―― 今ね、家に戻ってきるんですって。幼稚園まで凄い懐いていたの覚えてないかな?


 従姉妹のお姉さんの名前を言いながら、わたしと二人で写っている 写真を指差す。


 ママのお姉ちゃんの家。大丈夫かな? 平気かな? 家では大丈夫だし…… もしかすると大丈夫かも。


「ほら、小学校に上がってからは合宿とかに重なって会えなかったけど……」

「覚えてる……気がする」

 覚悟を決めるようにゴクリと唾を飲みこむ。

「行ってみる…… でも」

 両親の表情が少しだけほっとしたように緩む。


「無理だったら、すぐに戻ってきてもいい?」

「あたりまえでしょ」

「あたりまえだろう」

 ママとパパの声が重なる。

 思わず出た私の小さな笑い声に、ママとパパがくしゃりと顔を歪めた。


「よかった」

「やっと笑った」

 そう呟いてわたしを抱きしめてくれる。

 笑っただなんて大袈裟だ。いつも通り、わたしは過ごしていたはずなんだけど。




 ◇◇◇◇◇◇



 ママのお姉ちゃん、伯母さんの家に行くのに、ママとパパのどちらかが送っていってくれる予定だった。


 そのことに、少しだけじゃなく、ものすごくホッとしていた。


 だって、小学校三年生の夏に会ったっきりの親戚の家にお世話になるのだから。

 それが直前になって、パパもママも仕事を休むことができなくなってしまって、それを知ったわたしはスッと身体が冷えたように感じた。


 パパのほうは仕事でトラブルがあったため、休むことが出来なくなり、ママの方はコロナで出勤停止の職員がたくさん出てしまって、人手が足りなくて休めなくなった。


 パパが仮病を使って休んで送っていくと言い出したのを、ママとわたしが首を振る。

 さすがに、ちょっと、それは嫌だ。


 ママの方は、仮病をこの状態で使うのはまずいから、夜行バス使えば午前中の休みだけでどうにかなるかもと、伯母さんに駅まで迎えにこれるかの確認の電話をし始めた。

 それって、ママが凄い疲れるよね? 一人で行けるよという言葉を、口に出そうとして、でも、言えなくて、口元がモニョモニョとしている間に伯母さんとの電話がつながってしまう。


 パパも会話に参加できるように、スピーカーにしてされているママと伯母さんの会話。


『あら、ほんならうちの暇人、そっちに迎えに行かせるわよ』

 という伯母さんの言葉に、思わず、大丈夫わたし一人で行ける。一人で新幹線乗ってみたい! と思わず叫んでいた。


 だって、伯母さんの言う暇人が誰のことを指すのか、わからなかったし、誰が来たって初対面のような感覚だ。



 わたしの説得と、信じてあげなさいよ。 という伯母さんの言葉で折れたのはママとパパ。

 来年は高校生だから…… と繰り返して納得しようとしているママとパパは、もしかしなくても過保護なのかもしれない。



 新幹線に乗るところを見届けたいというパパの強い希望で、選んだ新幹線は始発。

 パパは指定席だから間違えたら大変だと新幹線の中にまでついてきて、座る席を確認していた。

 降りる駅は何度もすり込まれる用に伝えられたが、動き出した新幹線の中一人で座っていると、少しだけ不安になって、切符をバッグから取り出して座席番号と降りる駅を確認する。

 そこで、初めて切符に出ている金額に目がいった。


 え? 高い。

 思わず背筋が伸びた。

 絶対乗り過ごせない。


 眠いけど、乗り過ごすことを考えると眠ることもできない。

 スマホを触っていれば、時間はあっという間なのだろうけど、画面を見れば、未読の通知数がどうしても目に入るので開きたくなかった。




「お嬢さん。お隣、ご一緒させてくださいね」

 かけられた声に、下を向いていた顔を上げると、白髪の着物のおばあちゃんが、座席の番号を分かるように切符を見せて微笑んでいる。

 わたしは思わず立ち上がって、慌てて隣の座席に置いていた自分のバッグを抱えて頭を下げた。

 着替えのほとんどは先に送ってあるので荷物は小さめのバッグひとつとお土産の袋だ。

 お土産の袋は足下に置いていたのだが、切符を確認したときにバッグを隣の座席に置いたままにしてしまっていた。


「すみません」

「ありがとう。こちらこそ、驚かせてごめんなさいね」

 柔らかく微笑む、おばあちゃんに、わたしは座ると首を横に振って答える。


「お嬢さんは、どちらまで行かれるの?

 私は博多まで。

 孫に子供が生まれてねぇ。ひ孫に会いに行くのよ。

 ふふっ あら、こんな言葉娘や孫に聞かれたら私たちはおまけなのって拗ねられてしまうわ」

 楽しそうに、クスクスと笑うおばあちゃんの姿に、肩の力が抜ける。


 わたしが降りる駅をおばあちゃんに伝えると、「まぁ」と感嘆の声。


「とても素敵な場所だと聞いているわ。父の実家がそちらなのよ。私は行ったことはないのだけれど、子供の頃は色々と思い出話を聞かせてくれたわ。

 お一人で観光されるの?」

「いえ。駅まで母のお姉さんが迎えに来てくれて……」

 なんて続ければいいのだろう? 両親が一人で家にいることを心配して、親戚の家に行くことになった?

 事実だけれど、もっと、こう、突っ込まれることないような、興味を持たれないような、当たり障りのない伝えかたって……


「あら、もしかして、伯母様のお家で過ごされるの? それならお嬢さんも心強いかしら?

 ふふっ。きっと、お嬢さんより親御さんのが伯母様と合流するまでは、はらはらされているわねぇ。

 私たち夫婦のところに孫が二人で遊びに来るっていうときも、娘たち大騒ぎだったもの」

 にこにこと話すおばあちゃんに、思わずほっとする。


 だって、なんで子供が? っていう視線を、新幹線が動き出すまでの間に自分の座席を探す大人から、いくつも感じたから。

 もしかすると、このおばあちゃんは夏休みがもう始まっていると勘違いしているだけかもしれないけれど、その勘違いに救われている。


「もしかして、伯母様のお家に行かれるのは久しぶりなのかしら?

 こんなこと聞くから息子にはお喋りが過ぎるとか、口うるさいなんて言われるのよねぇ」

 おばあちゃんの心配の色をのせた視線が私に向けられる。


「ごめんなさいねぇ。少し、緊張されているように見えたから。

 若い人は親戚のお家よりもホテルに泊まるほうが気楽でしょう?

 あら、そう考えると、私も娘の家に泊まるより、ホテルに泊まった方が気楽だから、十分若いってことよね」

 とても良いことに気がついたとでもいうように、嬉しそうにおばあちゃんはパチリと口元で手を合わせて笑う姿に、六年ぶりなんですと答えていた。


「そうよねぇ。忘れそうになるけどコロナで何でも自粛だったものねぇ。

 私も一人目のひ孫が生まれたのが四年前だったから、会いに行けなくて寂しかったけれど、ほら、今は携帯で… 若い人はスマホというのよね。

 それで、写真も動画も簡単に送ってもらえるから可愛さを堪能できたわ。

 他所の子も可愛いけれど、身内だと更に可愛く見えるのだから不思議よねぇ。

 お嬢さんは高校生かしら?」


「いえ…… 中学三年生です」

 何か言われるのかと思って、小さな声で問いかけに答える。

「あら、そうなの? やっぱり最近の子は身長の高い子が多いのねぇ。

 この間、お友達がお孫さんと歩いていたときにお会いしてね。

 背は高いし、お洋服はとてもお洒落でお化粧もしていたから高校生なのかと思って、こんなに大きなお孫さんがいるとは知らなかったわって話をしたら、小学生でびっくりしたのよ。

 娘の小学校のころなんて、学校の体操着でゴロゴロしてるか、畑の中を駆け回って遊んで怒られてるかだったから。

 今の子供たちってテレビの中の人みたいなのが当たり前の時代なのねぇ。すごいわ」


 おばあちゃんの言葉に、学校にはメイクをしてはいかないが、友達と遊ぶときメイクをするのを疑問に思ったことはなかったことに気がつく。

 小さいときはおもちゃのメイクセット。

 はがせるネイル。

 高学年になったら、百均や雑貨店。

 お小遣いの範囲内で、友達と相談しながら何を買うのか決めるのが楽しかった。

 雑誌に動画と目にするなかで、メイクするのが普通だと思っていた。


 高学年になると、遊ぶときはメイクしてくる子が増えてくる。

 色付きリップだけの子もいるし、もちろんノーメイクの子もいる。

 そのことで友達同士で何かを思ったこともない。

 ママが駄目っていうから、パパがまだ早いって言うからとノーメイクの子とはメイクの話題もするけれど、興味がなくてノーメイクの子とはメイク以外の話しかしない。


 今は伯母さんの所へ行くのに朝が早かったこともあって色つきリップをしているだけだ。

 化粧品を入れたポーチのなかには、色つきリップが二本。お気に入りのアイライナーとアイシャドウとチークも入れてあるが、それを伯母さんのところで使ってメイクするのかはわからない。


 ママからメイクすることをダメだと言われたことはない。

 言われたのは、おしゃれを楽しみたい気持ちは分かるから化粧するのは止めないけれど、肌が若くて綺麗なんだから、日焼け止めは必要だけどファンデーションは使わないこと。メイクをした後はしっかり落とすこと、化粧水で保湿することだけである。

 日焼け止めに関しては、頻繁に「若いときの行動を後悔するのは三十を過ぎてからよ。日焼け予防大切」と言われ続けている。




 ◇◇◇◇◇◇




「あら、中学三年生ってことは、もう修学旅行には行ったのかしら?」

「はい。USJ…… ユニバーサルスタジオジャパンと京都です」


「楽しかったようでよかったわ」

 わたしの戸惑いが伝わったのだろう、おばあちゃんは上品に笑う。


「お嬢さん。表情豊かだから、わかるのよ。とっても楽しそうな顔をしていたもの」

「そ…… そうですか?」

 思わず自分の顔を触ってしまう。

 触った頬が熱い気がして、もしかして顔が赤くなっていたりするのかなと、そっと新幹線の窓ガラスに映る自分の顔を見たが、恥ずかしさから赤く染まっているのかはわからなかった。


「私の頃はねぇ。修学旅行のときに、お米を持って行ったのよ」

 懐かしそうに話し出したおばあちゃんに、新幹線の窓ガラスに映る自分の顔から、おばあちゃんの顔へ視線を戻した。


「お米ですか?」

「そう。お米を持って行くと宿泊料金が安くなるからって、お米を二合持ってくるようにって言われてね、持っていった記憶があるわ。

 まだ今のように食べ物がたくさんあった時代じゃなかったからなのかしらね?

 農家だったから、お米には困っていなかったからね、母が一合枡に…… あら、一合枡って知っているかしら?」

「知らないです」

 首を横にも振って知らないことを告げる。


「そうよねぇ。今じゃ見ないもの。日本酒を飲んだりもするのだけれど……。

 あぁ、豆まきのニュースって見たことあるかしら?

 歌舞伎役者さんとかが豆まきするときに手にしている木製の入れ物なんだけれど」

「あ! それならわかります」


「嬉しいわ。その枡で、お米一合分が入るサイズの小さいのがあるのよ。それに山盛りにして、今みたいにビニール袋なんて無かったから布の袋に、母が一合、二合、三合と山盛りに入れるの」

「持って行くのは二合なのにですか?」


「やっぱり疑問に思うわよねぇ。私も母に聞いたのよ、持って行くのは二合なのよって。そうしたら母がね、いくつかのお(うち)がこうやって少し多めに持たせれば、持ってこれなかった人がいても足りるでしょうって。

 旅館に着いたら、用意してあるゴザの上に持ってきたお米をそれぞれ自分の袋から出していくんだけれどね」

 柔らかく微笑んで話すおばあちゃんの表情が、急にキッと険しくなる。


「全員出したあと、そこの女将さんが私たち生徒の見ている前で量って袋にいれていくの。

 見せつけるように量るそれがものすごく私は腹立たしくてねぇ。

 重さを量るぐらいなら仕方ないと思うけれど、一升枡で量って、少なくなってきたら一合枡で量るの。

 未だに思い出すと腹が立つわ」


「それで足りたんですか? お米」

「余裕で足りたわ」

 そう言って笑うおばあちゃんはどこか誇らしげだ。

「宿泊する人数よりも数人分多いお米があったのよ。

 途中から女将さんが戸惑っていたのを見て、とってもスッキリしたもの。

 米農家が多かったから、うちの母と同じ考えのお家がほかにも何件かあったってことなんでしょうねぇ」

 そう言って懐かしむように目を細める。


「多かったお米ってどうしたんですか?」

「あら…… 考えたことなかったわ。

 そうねぇ、戻されたって記憶はないから多めに炊いて出してくれたのかしら? 育ち盛りでしたもの」

 楽しそうにおばあちゃんが笑う。

「ごめんなさいね。こんなおばあちゃんの話に付き合わせちゃって」


「いえ、聞いていて楽しいです」

 聞いていて楽しいのは本当だけれど、それよりも自分のことを根掘り葉掘り聞かれないことにホッとしている。


「最近の若い人は、みんな優しくて嬉しいわ。

 同居している息子なんて、ちょっと昔話をすると『母さん、その話は前に聞いた』ですもの。

 本当、失礼しちゃうわ」

 拗ねたように言うおばあちゃんに思わず笑ってしまう。

 おばあちゃんの表情から、息子が可愛いんだろうなというのが伝わってくる。


「息子さんのこと大切なんですね」

 思わず口にしてから、おばあちゃんの息子ってことは、わたしのパパと同じくらいか年上? と気がついて、失礼だったかもしれないと慌ててしまう。


「そうねぇ。いい年したおじさんですけれど、いつまでも子供は子供ですもの、大切よね。

 それでもね、ときどきお嫁さんに愚痴っちゃうのよ。

 幼い頃は、あんなに可愛らしくてミルクの匂いがしていたのに、今では加齢臭でしょうって。

 こう、髪の毛だけが赤ちゃんの頃にもどられても、なんかショックだわって愚痴ったときはお嫁さん呼吸困難になるまで笑っていたわ」

 次男のお嫁さんって笑上戸なのよ。と、おばあちゃんはのんびりと続けた。




 ◇◇◇◇◇◇




 おばあちゃんはわたしのことを聞いたりしなかった。

 自分の子供の頃の話を、若いときの話を流れるように話してくれる。


 高校の時、あまりに授業を脱線して世間話をする先生に嫌気がさして、クラスメイトそろって授業をボイコット。図書室で勉強していたら、ボイコットした先生に泣かれたし、他の先生には気持ちはわかるけど、その前にすべきことがあっただろうと叱られたこと。

 子供の頃は玉子一個とあんぱんの値段が同じくらいだったから、玉子が高いと騒がれても昔と比べればまだまだ安いと思ってしまうこと。

 普段は穏やかだった母が、妊婦の奥さんを連れてきた業者が奥さんを乱暴に扱ったことに激怒して叩きのめしていたこと。

 自分の父親が母親と結婚するために家出したこと。それでも家族のことが心配で親友に近況を教えてもらっていたが、妹の結婚の知らせを機にしばらくして親友と連絡を取るのを止めたこと。


 時系列はバラバラなのだと思う。話題をコロコロと変えながら、おばあちゃんは楽しそうに、どこか懐かしそうに私に話してくれる。


「もう、ほんとお喋りなお婆さんでごめんなさいね」


「そんなことないです。

 あの…… お、あ…… えっと」

 おばあちゃん と、呼びかけようとして言葉に詰まる。


 おばあちゃんの子供の頃にも修学旅行があったなら、給食だってあったよね? と考えたら聞きたくなって、呼びかけようとして失敗した。

 会話を始めるのに、おばあちゃんのことをなんて呼べばいいのだろう?


 自己紹介はお互いにしていない。おばあちゃんは、わたしのことをお嬢さんと呼び、わたしは一度も呼びかけていない。


「おばあちゃんでも、おばちゃんでも、好きに呼んで良いわよ。

 私もお嬢さんのことお嬢さんって呼んでいるもの」

 人生経験のなせる技なのだろうか、わたしが言葉に詰まった理由を(ほど)いてくれる。


「おばあちゃんの頃って給食ってありましたか?」

 修学旅行の思い出のように、おばあちゃんの給食の思い出も聞きたくなった。

 給食でも、修学旅行のお米の話のように、嫌だと思ったことがあったりするんじゃないだろうかと。


「給食ねぇ……」

 少し困ったように、おばあちゃんは笑う。


「最初から給食があったわけじゃないのよ」


「はい」


「ただねぇ……」

 おばあちゃんは頬に手を当て考え込む。


「あの……」

「あぁ、ごめんなさいね。

 給食ってどこに住んでいても、メニューは違っても同じように食べられるものだと思うでしょ?

 でも、同じ学年の出身が違う方とお話していると、始まった時期がまちまちでねぇ」

 困ったように小さくため息をこぼす。


「年単位で違うからそれぞれ思い違いという訳でも無いと思うのだけれど、入学したときからあったわよってお話しするお友達もいてねぇ。

 私の記憶があやふやなのかしらねぇ」

「えっと……」


「あらやだ。こんなこと言われても困ってしまうわよね」

 気にしないでとおばあちゃんは笑う。


「でもね、最初から給食がなかったのは確かなのよ」

 自分を納得させるように、おばあちゃんは一人頷く。


「小学校の頃、近所の男の子で学校に行くのが好きではない子がいてね」

 おばあちゃんの言葉に心臓が跳ねて締め付けられるような気がした。


「近所の子たちで集まって学校に行くのだけれど、途中に神社があったのよ。

 神社といっても大きなものではなくて、道の脇にある小さなお(やしろ)なんだけれどね」


 道の脇にお社?

 おばあちゃんの言葉に、修学旅行の事前学習での内容をおもいだす。

 色の塗られていない、小さくて素朴な感じの建物の写真を思い出した。

 あんな感じの建物だろうか?

 確か清水寺のどこかにある建物で、けれど実際に見た記憶はないので、限られた時間内での見学で、見逃したのか回れなかったのかまではあやふやだ。


「そこへ、その男の子は学校へ向かうみんなの輪から抜けて入って行くの。

 みんなで学校から帰ってくると、男の子も社から出てきて、また一緒に帰っていくのよ。

 だから、給食が出ていれば学校に来ていたと思うのよねぇ。

 給食が無くて、お弁当があったから、社の中で学校に行かずに過ごしていたのじゃないかしらって思うのだけれど」

 最初から給食がなかったと思った理由を説明するために、おばあちゃんが学校に行かなかった男の子の話をしたのだとわかってホッとした。


「私たちが子供の頃は、今みたいに電話なんて一人一台どころか、家に一台もない時代でしたからねぇ。

 電話がないのが当たり前だから、何かあれば家庭訪問なのよ。

 家まで行かないと親御さんと話せないからね。

 それで、先生があまりに学校に来ないからと家庭訪問したら、

 親は元気に学校に行ってる。

 先生は学校に来ていません。

 で、親も先生も混乱したみたいよ。

 先生は農作業の手伝いで学校に来ていないのだとばかり思っていたみたいでね。

 それで、当時、なにか知らないかって母に聞かれたことも覚えているのだけれど。

 私たち子供らにとって、その男の子が学校に行かないでお社の中で過ごしているのは知っていて当然のことで、なんで大人は知らないの? ぐらいのことだったのよね。

 それからは学校に来ていないと先生がお社まで自転車で迎えに行っていたわ」

 懐かしむようにおばあちゃんは目を細める。


「そうそう、給食のことよねぇ……

 鯨と脱脂粉乳しか覚えていないわ」


「鯨と脱脂粉乳」

 聞いたことはあるけれど、どちらも口にしたことがない。


「私は、その二つが得意じゃなくてね。だから覚えているのでしょうねぇ。

 孫が教えてくれたのだけれど、今は給食を残すのも当然の権利なのでしょう?

 でも、私たちの頃は残すことを許してもらえなくてね。

 だから、近くの席の男の子に食べてもらっていたわ。

 先生が見ていないときに、手早く食器を交換するのよ。こうやって」

 クスクスと笑いながら、おばあちゃんは手をササッと交差するように動かす。


 食べ終わった食器と食べ終わっていない食器を交換する動きに感じたのは拒否感。

 わたしなら…… と考えて、どちらもできそうにないなと答えをだした。

 クラスメイトの前にあった給食のお皿を受け取って、それを食べるのは無理だし、手を付けていないとはいえ、誰かに、それを食べてと渡すのも嫌だと考えてしまう。


「美味しくないんですか?」

 わたしが期待していたような内容ではなかったけれど、気になって聞いてしまう。


「好みと認識の問題じゃないかしら。

 脱脂粉乳は、親戚で牛飼っているお家があって牛乳を届けてくれてたから牛乳のが良いって気持ちがどうしても勝ってしまっていたし」


「牛?」

 おもわず聞き返してしまう。牛って普通に飼えるの? 昔だから? 生の牛を見たことがないけれど…… 犬や猫とは違うことがわかる。


「えぇ。牛。

 さすがに私も子供の頃のことだから、牛乳を出荷してたのか、家で飲む為だけに飼っていたのか、お肉として出荷するためになのかは記憶にはないのだけれど、たぶんこれくらいの大きさの瓶に入れて持ってきてくれてたのよ。

 一リットルぐらいかしらね?」

 ただねぇ〜 とおばあちゃんは続ける。


「小さい頃って、なんでも大きく見えるでしょう? もしかすると、もう少し小さいかもしれないし、もっと小さいかもしれないわ」

 イタズラっぽく笑う。


「年を取ると、なんであの頃はこんな事に悩んでいたのかしらなんて懐かしく思うことも、なんで自分の意志を通さなかったのかしらって悔しく思うこともあるけれど……」


「えっと、なんかあったりしたんですか?」

 うまく質問することができない自分にもどかしさを感じる。


「こんなこというと、珍しいって思われるかもしれないけれどねぇ。勉強が好きだったのよ」


「勉強が好き?」

 確かに珍しい? の、かな?

 友達もクラスメイトも、受験に向けて勉強をしていてグチをいったりしあうけれど、勉強を好きだといった声は聞いたことがない。

 わからない問題が解ったときは嬉しいということを話したことはあるが、それは好きとは違う気がする。

 志望する高校に受かるために勉強しているし、人によっては先の大学受験も見据えて勉強に力を入れている子もいるけれど、それも勉強が好きだからしているわけではないと思う。

  ただ、勉強が好きな子がいたとしても、堂々と言ったりしないかな? とは思った。


「知らないことを学ぶことが楽しくてね。大学に行きたかったのよ。

 でもねぇ。ちょうど学生運動が盛んな時期でね、そんな危ないところには行かせられないと親に言われてね諦めるしかなかったのよね。

 これが、女だから大学は必要ないって言われたら反発もしたのでしょうけれど、反対された理由が私の身の安全を心配してのものだから受け入れるしかなかったわねぇ。

 学生運動をしたかったわけでもないから、仕方がないと諦めたのよね。

 弟と妹がいるのだけれど、二人の頃は学生運動も収まっていて大学に行かせてもらえているから、反対された理由は本当に学生運動だけだったのだと思うわ」


 そうなんですね。それくらいの相づちしか、わたしは返せなかった。

 学生運動がなんなのかわからない。社会でならった記憶がないが、デモ的なものなのかなと考える。


「大学にいっていたらとかって考えたことありますか?」

「あるわよ。高校は女子校だったのだけれどね、お友達で大学に行った方も少ないながらいましたから。 

 若い頃は、もし、大学に行っていたらって考えたことはありますけれどねぇ。

 大学に行っていたら。

 こうしていれば。

 でもね、たられば を考え続けることほど自分の生きてきた時間や選んだものをを否定するようで、いつか考えるのはやめていたわ。

 危ないから駄目だという両親の言葉を受け入れて、最終的に行かないという判断をしたのは自分自身で、落ち着いた頃に大学へ進学しようとしなかったのも私だもの」


 落ち着いた頃というのが、学生運動なのか、おばあちゃんの仕事や生活のどちらを指すのかわからない。

 ただ、おばあちゃんを見ていると、両方なのかもしれないと感じた。


「もし、こうだったら。

 こうしていれば。

 私の人生、そう考えたくなるほど理不尽で、取り返しのつかないことは無かったのよ。

 恵まれた人生だったのだと思うわ」


 それでも、近くの売り場で宝くじの一等が当たったって話を聞くと、買いに行っていれば当たったかもしれないなんて思ってしまうから、まだまだ人生経験が足りないのかもしれないわ。と言って、少しは若い人の役に立てたかしら。と、おばあちゃんは茶目っ気たっぷりに微笑んだ。



 私の降りる駅への到着を告げるアナウンスが流れる。

 思わず、わたしも おばあちゃんも上をなぜか見上げて顔を見合わせて笑ってしまった。

 放送を聞くのに、上を見上げた方がなぜかよく聞こえるような気がするのよねと笑うおばあちゃんに、わたしも同意する。


「ありがとうございました」

 笑顔で別れの挨拶をするわたしに、おばあちゃんもにっこりと笑ってくれる。

「私も、お嬢さんとお話できて楽しかったわ。お互い良い旅にしましょうね」

 優しく手を振るおばあちゃんに一礼して後にした。




 新幹線を降りて、ママのお姉ちゃん。伯母さんと合流できなかったらどうしようという不安は、新幹線の改札口を出たところで吹き飛んだ。


 歓迎とわたしの名前を書いたデコうちわを両手に持った、アルバムの写真で確認したときより、少しだけふっくらした伯母さんがウチワを振っていた。

 めちゃくちゃ周りの視線を集めているし、近づくのに勇気がいったが、伯母さんがわたしに気づいて名前を呼んだので、周囲の視線がわたしにも向くのがわかった。

 伯母さんに慌てて近づいて挨拶すると、伯母さんも恥ずかしかったのか持ち運びに使ったのであろう紙袋に素早くしまっていた。


 このお出迎え方法は誰の案なんでしょうか? 気になったけれど聞けなかった。




 そこから二時間ぐらいのドライブは従兄姉弟(いとこ)たちの黒歴史発表会だった。


 わたしの黒歴史もママから伯母さんに筒抜けだったりするんだろうか? 


「そこ曲がったらもうすぐやけん。あ、お昼パスタでも良い(ええ)? 」

「すみません。新幹線で食べてきてしまって……」

 反射的に嘘が出た。

 少し考えれば嘘だとわかるのに、伯母さんは肯定してくれる。

「朝が早かったけんお腹すくよねー。小腹空いたら言うてね。遠慮せんでね」


 どこかママに似た笑顔に、キュッと胸が苦しくなった。





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