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第7話 願いの記録

翌朝。

 七夕まで、あと三日。

 林田凛は、机の上に置いたノートをじっと見つめていた。

 昨夜、星の印が光ったページは、いつの間にか閉じていた。

 風もない部屋の中で、その表紙だけがかすかに震えている。

 まるで――まだ何かを伝えたがっているように。


   ◇ ◇ ◇


 登校途中、街の空気が少し違っていた。

 風がやけに多い。

 笹の葉が音を立て、電線がかすかに唸っている。

 商店街の短冊が、まるで生き物のように同じ方向へ揺れていた。

 「……風、強いな」

 凛が呟くと、横を歩く森永が言った。

 「ね。七夕近いし、神様が通ってるのかもね」

 冗談めかして笑うその言葉に、凛の胸が少しだけ締めつけられた。

 ――もし、それが“昴”だったら。


   ◇ ◇ ◇


 学校では、七夕祭の飾り付けが進んでいた。

 風で短冊が舞い、机の上に何枚も落ちてくる。

 拾い上げると、そこに見覚えのある文字があった。


 > 「願い:誰かの笑顔を守れますように」


 小さな字。筆跡が、昴のものに似ている。

 凛は息を止めた。

 偶然かもしれない――でも、胸がそうは言わなかった。

 ポケットの中で、ノートが微かに震えた気がした。


   ◇ ◇ ◇


 放課後。

 昴の席に座る。

 誰もいない教室で、窓の隙間から風が流れ込む。

 ノートを開くと、昨日は白紙だったページに文字が浮かんでいた。


 > 「願い:母が病気から回復しますように」

 > 「願い:弟の夢が叶いますように」

 > 「願い:彼女が笑顔でいられますように」


 凛は唇を震わせた。

 どの願いも、優しい。どれも“他人”のことばかり。

 昴は、自分の願いを一度も書いていない。

 彼は――誰かのためにだけ、生きていたのだろうか。


 ノートの端に、風で滲んだような小さな文字があった。

 > 《願いを集めるのが、僕の仕事》

 それが、昴の“答え”のように見えた。


   ◇ ◇ ◇


 夜。

 凛は机の上にノートを置き、ページをなぞった。

 指先に冷たい風が触れる。

 その瞬間、ページの上に微かな光が生まれた。

 やがて、誰かの声が囁くように響く。


 ――ありがとう。願いを、叶えてくれて。


 凛は息をのむ。

 昴の声ではない。けれど確かに、誰かの“感謝”の声だった。

 昴が叶えた願いの“余韻”が、まだこのノートに残っている。


 「昴……あなた、どれだけの人の願いを抱えてたの?」

 凛の問いに答えるように、風がそっとページをめくった。

 そこには、まだ誰の文字もない空白が続いていた。

 “次の願い”を待つように。


   ◇ ◇ ◇


 凛はペンを取り、ゆっくりと書いた。


 > 「願い:あなたの願いが、叶いますように」


 文字を書き終えると、風がふわりと吹いた。

 短冊が外で揺れ、遠くの空でひとつ星が光る。

 凛はその光を見上げながら、静かに微笑んだ。

 昴がいなくても、風の中にまだ彼がいる気がした。

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