四次元ドミトリーで乾杯(中編)
「「「さーいしょーはグー! じゃーんけーんぽん!」」」
また教室だ。駿太郎とミヤビ、そしてクラスメイトの春日くんがじゃんけんをしている。
「ダーッ! また負けたー!」
「駿太郎、全敗やな〜」
「駿くんありがとうございま〜す」
「じゃあ、図書委員は駿太郎で決定な」
そう言って、優が黒板に駿太郎の名前を書き込んだ。
「あ、これ俺がじゃんけんボロ負けして図書委員になった時だ」
目の前で再生される過去の場面を見て、駿太郎が言った。
「じゃあ俺まだ転校してきてないじゃん」
過去の俺をこの部屋に連れてくる、それが優の考えた作戦だったのだが、この時なら、俺はたぶん、まだ島山高校一年一組の教室にいるはずだ。
「じゃあ、もう一回!」
そう言って駿太郎が一度扉を閉め、もう一度開いた。相変わらず、駿太郎はドアの開閉にまったく躊躇がない。
「もしかして、峰岸先生が言ってたバレー部の見学の人ですか?」
「はい!」
今度の場面は、俺が利根川先輩に話しかけられて、振り返っているところ。場所は、第三体育館前だ。
「あ、これ転校してきてすぐぐらいの時に、バレー部の見学行った時かも」
ドリンクボトルを入れたカゴを持った利根川先輩が、俺に笑いかけている。
「今日は来てくれてありがと~。バレー部でマネージャーやってます、二年D組、ウインド寮の利根川廉といいます」
「一年B組、X寮の藤巻零治です! 今日はよろしくお願いします」
「噂のキャンセル使いの子だよね。よろしく~。じゃ、早速中へどうぞ」
過去の俺が、利根川先輩について体育館に入ろうとする。
「あ、ちょっと待って!」
駿太郎が叫んで、一歩踏み出した。スゲー、過去に入れた⁉︎ そう思った矢先。
「い゛だーっ‼︎」
駿太郎が悲鳴を上げた。
「痛つつつ……。なにこれ、見えない壁がある!」
駿太郎は、ぶつけた額を右手でさすりながら、反対の手でパントマイマーのように何もない空間を叩いた。
「ほんとだ……」
俺も恐る恐る駿太郎の横まで進んで、手を伸ばしてみた。たしかに、見た目にはなにもないところに、硬い壁のような感触がある。
「なるほど、そういうことか」
背後から優の声がして、駿太郎が振り返る。
「どういうこと?」
「たぶんこれ、視覚的に過去の映像が見えてるだけなんだよ。幻覚みたいな感じで。過去の空間自体が広がってるわけじゃない」
「空間自体に異常はない……。つまり、この壁は、いつもの寮の廊下の壁⁉︎」
俺はそう言って、もう一度見えない壁を触ってみた。たぶん、と優が頷く。
「じゃあ、優の考えた作戦は実行不可能ってことなん?」
「いや、まだ可能性はある」
「あるの?」
俺は目を丸くして尋ねた。幻覚をどうこうするなんて無理なんじゃないのか⁉︎
すると優は、にこにこと笑って、駿太郎の背中をぽんと叩いた。
「俺たちには駿太郎がいるじゃねえか」
「え、俺? 零治じゃなくて?」
駿太郎がキョトンとする。
優が説明してくれる。
「駿太郎のタイムってのはつまり、時間に干渉する魔法だろ? 駿太郎ならこの過去の映像に干渉して、過去の零治を連れて来られるんじゃねえの?」
「おー! なるほど!」
俺はぽんと手を打った。
「んー、できるかわかんないけど……やってみる!」
駿太郎が力強く拳を握り締める。けど、俺にはちょっと気になることがあった。
「でもさあ、寮の構造を頭の中で想像しながら動かないと、さっきみたいに見えない壁に激突しちゃうんでしょ? ハードル高くね?」
優なら、それについてもなにか良い方法を思いついているのかもしれないと思いつつも、一応聞いてみたのだが。優は少し口籠もってからぼそりと呟いた。
「それはまあ……がんばろ」
「急に根性論!」
駿太郎が吹き出す。
と、その時、二〇四号室の中で座ったまま一連の様子を見ていたミヤビが、いきなり不敵な笑みで笑い始めた。
「ふっふっふ」
「え、なに?」
「それなら良い方法あるで」
「マジ⁉︎」
驚く俺たちに、ミヤビはひょいひょいと手招きをする。俺たちはミヤビの周りに集まった。
「その方法はズバリ……」
「「「ズバリ?」」」
ミヤビは、たっぷり時間をためて、興味津々の俺たちの顔をニヤニヤとして見回してから言った。
「これを使う!」
そう言ってミヤビが俺たちの目の前に突き出したのは。
「……スマホ?」
俺は首を傾げて呟いた。何の変哲もない、ミヤビがいつも使っているスマホだ。
「そ。ただのスマホ。けど、このカメラアプリを使うとあら不思議!」
俺たちはミヤビの後ろに回り込んで、スマホの画面を覗き込んでみた。スマホのカメラは、開け放したままの部屋のドアあたりを捉えている。……はずなのに。
「あれ! 普段の寮だ!」
俺は思わず声を上げた。ドアの向こうは確かに過去の第三体育館前に繋がっているのに、ミヤビのスマホカメラを通して見ると、普通の廊下と壁が見えるのだ。
「なんで⁉︎」
駿太郎も不思議そうにドアの外とスマホの画面を見比べる。
「このアプリ、一見普通のカメラアプリやけど、実はマジックホリック社がリリースしてるやつやねん」
「マジホリ社って、ミヤビがいつも部活で使ってるカメラのか」
優がそう言うのを聞いて、俺も思い出した。
「あー! あの、透明魔法で透明になった物でもくっきり写るカメラ!」
寮対抗レクリエーション大会の時に、透明の箱を見つけたアレだ。
「そ。今日はあのカメラは手元にないんやけど、スマホでも代用できるねん。こっちはあくまで無料のアプリやから、あの一眼ほどくっきりとはいかんのやけど……。こんな感じで、このフィルターかけたら、魔法なしの状態に補正してくれるねん」
「スゲー!」
「これ使えるな」
俺と優は、感心しつつ早速アプリをインストールする。
一方、駿太郎は驚いた様子でミヤビに言った。
「え、俺これ普通に綺麗に撮れるアプリだと思って使ってたんだけど!」
すると、ミヤビはクスッと笑って頷いた。
「ふふ、そうそう。たしかに食べ物も景色も人もキレイに撮れるから俺もよう使うんやけどさ。つい最近も、イケメンコスプレイヤーって言われてる人が、自撮りの時はこのアプリ使ってますってSNSで紹介して一部ネットで話題になってたし。けどそれはあくまでオマケというか、表向きの機能なんよな。ほんまのメインの機能は、この魔法解除フィルター」
「へー、知らなかった〜! いろんなフィルター入ってて便利なアプリなのに、このフィルターだけ使い道よくわかんないな〜と思ってたんだよねー!」
駿太郎が目を丸くして言う。
俺も、インストールが完了したアプリを立ち上げてみた。いくつかあるカメラフィルターの中から、箒のアイコンのものを選んでカメラをドアの外に向けてみる。するとそこには確かに、普段の寮の廊下が写っていた。
「おー! これなら壁に激突せずに動けそう!」
「よし! じゃあもう一回再チャレンジしよっか!」
駿太郎が左手にスマホを構え、ドアを一旦閉じてからまた開いた。
「ごめーん、もうちょっとで一位だったのにー!」
扉の向こうでは、駿太郎がそう叫んだところだった。隣には、駿太郎に肩を貸す俺と、優、ミヤビがいる。四人とも体操服姿だ。
「ふふ、駿太郎は期待を裏切らないな、逆に」
「逆にね〜、逆に。大丈夫か〜?」
「うん、ケガは大丈夫」
「ドンマイドンマイ! 頑張ったんやからしゃーないやん! 決定的瞬間はばっちり撮っといたったで」
「マジ? 撮れた? 見せて見せて〜」
「見たいんかい」
このシーンはもしかして。
「お、体育祭やん」
駿太郎の後ろからドアの向こうを覗き込んだミヤビが呟く。
「よし、じゃあやってみるよ?」
そう言って、駿太郎がスマホを構えたまま一歩踏み出した。壁にぶち当たらないよう気をつけつつ、左に進む。
過去の俺たちは、リレーで盛大に転倒した駿太郎を救護テントに連れて行くべく、こちらへ向かって歩いてくる。そして、とうとう過去の俺が目の前まで近づいてきたその時。
「つかまえた!」
駿太郎の手が、過去の俺の腕を捕まえた。
「え⁉︎」
突然のことに、過去の俺が目を丸くする。
「ちょっと来て零治! 手伝ってほしいことあるから!」
駿太郎はそう言うと、ぐいぐいと過去の俺の腕を引っ張る。スゲー、マジで過去に干渉してる⁉︎
とうとう二〇四号室の前まで俺を連れてきてしまった駿太郎は、戸惑う過去の俺の背中を押して、部屋の中に招き入れた。
「え? え⁉︎」
過去の俺は、キョロキョロと部屋の中を見回す。
「うわ〜、マジでできてもうたやん。すご」
ミヤビが若干引き気味で言う。
「やっぱ俺じゃ触れないな。駿太郎じゃないと」
伸ばされた優の手は、空しく体操服姿の俺の肩をすり抜けた。
「な、なに⁉︎ これなに⁉︎ なんで俺がいんの⁉︎ なんで寮の部屋⁉︎」
一方、体操服姿の俺はわけが分からず大パニックである。
「ちょっと手伝ってほしいことあって! ちょっとここで待っててね! 体育祭の日の零治!」
駿太郎が体育祭の日の俺の両肩をぽんぽんと叩いて言う。
「はあ⁉︎」
過去の俺が困惑している姿を見て、俺は思わず、うわ〜なんか変な感じ、と呟いた。
「で? 何人ぐらいいればいけそう?」
優が聞いてくる。
「んー、さっき一人でやってみて失敗した時の感じを考えると……少なくともあと二人ぐらいはほしいかな……」
俺が言うと、駿太郎がどんと自分の胸を叩いて言った。
「オッケー任せて! 俺が零治あと二人連れてくる!」
がちゃり、と駿太郎がドアを開ける。
……ん? ここどこだ?
「ふふふ、かわいいなあ、アンジェリカ」
ソファに座った優が微笑んで、擦り寄ってきた黒いネコの顎の下辺りを指で撫でた。
バタン、と現在のほうの優がドアを閉めて言った。
「これは関係ねえな」
どうやら優の家でのリラックスタイムを覗き見てしまったらしい。そういえば以前、家で飼っているというネコちゃんの写真を見せてもらったことがあった。優がばつが悪そうな顔をして、ぽりぽりと頬をかく。こういうパターンもあるのか。
俺たちは、気を取り直してもう一度ドアを開いた。
「落ち着け……。大事なのは、集中力とイマジネーション……」
俺が、植え込みの陰になったところでそう呟き、魔力を込めた手でバンバンと全身を叩いた。
「あ、これ夏休みに幼なじみのピアノのコンクール見に行った時だ」
俺が言った。
「よっしゃ!」
変身魔法に成功した過去の俺が、ガッツポーズをする。これは間違いなく、アユにお守りを届けるため、タキシード姿に変身した場面だ。
過去の俺が、お守りを握りしめて走り出す。駿太郎がチラリとスマホに視線をやって安全を確かめてから、一気に飛び出した。
「ストーップ!」
「わっ!」
過去の俺が、駿太郎に激突して声を上げる。
「タキシード零治かくほー! ちょっとこっち来てね〜?」
駿太郎はさっきと同じ要領で、過去の俺を部屋へと連れて行った。
「え? え⁉︎」
相変わらず過去の俺は困惑した様子だ。
「あと一人やな」
ミヤビがそう言う間も、タキシード姿の俺は、『これなに⁉︎』と大騒ぎだ。
「ちょっと手伝ってほしいことあるから、二人で待っててね!」
駿太郎がそう言うと、体操服の俺とタキシードの俺は困ったように顔を見合わせる。二人を残して俺たちがまた部屋を出て行こうとすると、体操服の俺とタキシードの俺は、声を揃えて、『おい!』とこちらに手を伸ばして叫んだ。置いていくのはちょっと心苦しいが、この作戦が上手くいけばこの二人もここから消えて元通りになるはずだ。たぶん。
俺たちは、二人の俺を残して、次の過去へと向かった。
「おっ、次は文化祭やな」
ミヤビが言った。たしかに、色とりどりのチャイナ服を身に纏った俺たち一年B組の面々の姿と、そして何より、パンダの着ぐるみパジャマを着た優!
これは間違いなく文化祭の時の、俺たちの模擬店だ。
「まずは二、三年で教室展示系やってるクラス優先で探してみてくれ」
パンダ姿の優が言った。これは多分、二階堂先輩の妹の、希ちゃんを探しに行こうとしているところだな。
「了解!」
過去の俺は、頷いて教室を飛び出す。
「あー、行っちゃう!」
現在のほうの駿太郎が、慌てて追いかける。
「待って零治ー! 待って!」
過去の俺がポスターで各クラスの出し物を確認している間に、現在の俺たちは、過去の俺に追いついた。
「零治……」
駿太郎が手を伸ばしたその時。
「駿太郎ストップ!」
優が叫ぶ。駿太郎の身体がぐらりと傾いた。
「わっ!」
「駿太郎っ!」
俺は慌てて駿太郎の腕を掴んだが、一緒にバランスを崩してしまった。咄嗟に右足を踏み出して踏ん張ろうとするが、そこに地面はなかった。
まずい! つい過去の映像に気を取られて、現実世界では階段のところまで来ていたのに気付いていなかった。このままじゃ二人揃って転げ落ちる……!
次の瞬間。ガクンと体の落下が止まった。さらに、ふわりと体が浮き上がる。
「どういたしまして」
優がそう言って、にやりと笑った。
「「ありがとうございますー!」」
俺と、同じくふわふわと宙に浮いた駿太郎は、優に向かって叫んだ。




